第29話 Forest亭に秋が来た!
朝、Forest亭の扉を開けた瞬間。
「さむっ」
思わず肩をすくめた。
少し前まで、外に出れば暖かい空気がまとわりついていたのに、今朝の風はひんやり冷たい。
道の端には、赤や黄色に染まった葉っぱ。
風が吹くたび、カサカサと乾いた音を立てて転がっていく。
(秋だなぁ)
「ルマー!」
「はーい!」
振り返ると、ママが小さな籠を持っていた。
「おつかいお願いしてもいい?」
「おつかい?」
「野菜店まで。今日は一人で行ってみる?」
「ひとりで?」
「もう五歳だもの。できそう?」
「できる!」
即答した。
(前世三十歳をなめないでいただきたい)
「ふふ。じゃあお願いね」
ママから籠とお金、それから小さな紙を受け取る。
紙には、じゃがいも、にんじん、玉ねぎの絵。
その横に数が書かれている。
(おつかいメモ……かわいい)
前世ならスマホに入力していた。
今世では、ママが描いたじゃがいもである。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい。寄り道しすぎないでね!」
「はーい!」
◇ ◇ ◇
一人で歩く町は、いつもと少し違って見えた。
軒先には薪を積んでいる家。
市場には、丸々とした秋の野菜。
どこかから、甘い焼き菓子のような匂いも漂ってくる。
カサッ。
足元で葉っぱを踏む。
「……きれい」
真っ赤な葉っぱを一枚拾った。
(ママにあげよ)
その近くには、小さな茶色い実が落ちている。
丸い実の上に、帽子みたいな殻。
「……どんぐり?」
「あ、それコロの実だよ」
近くにいた子が教えてくれた。
「コロの実?」
「うん!」
「へぇ……」
手のひらの上で転がしてみる。
(どう見ても、どんぐり)
少し先には、鱗みたいなものが重なった大きな実も落ちていた。
「これは?」
「トゲマツの実!」
(そして、こっちは松ぼっくり)
異世界にも似たものがあるらしい。
「かわいい……」
一個。
二個。
赤い葉っぱも。
黄色い葉っぱも。
「あ、こっちも!」
しゃがみ込んで――。
「…………」
手に持った籠を見る。
(おつかい)
「やば」
危うく目的を忘れるところだった。
◇ ◇ ◇
「こんにちはー!」
「あら、ルマちゃん。今日は一人?」
「うん!」
「すごいじゃない」
「えへへ」
ちょっとだけ胸を張る。
「これください!」
ママのメモを見ながら、野菜を一つずつ籠へ入れてもらう。
お金も自分で渡した。
「はい。おつかい成功ね」
「ありがとう!」
(余裕です)
そう思ったのは、店を出るまでだった。
「……重っ」
野菜の入った籠が思った以上に重い。
(前世三十歳)
持ち上げる。
(現在五歳)
腕がぷるぷるする。
(身体能力がついてこない)
「……魔法使お」
籠に意識を集中させる。
ふわっ。
「おお」
少しだけ籠が浮いた。
完全に浮かせると危ないから、軽くなる程度。
「これならいける!」
私はゆっくりForest亭へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ただいまー!」
「おかえり!」
ママが笑顔で迎えてくれる。
「できた!」
「ちゃんと買えた?」
「もちろん!」
籠を渡して、それからポケットをごそごそ。
「あと、これ」
「まあ」
赤い葉っぱと、コロの実。
「ママにおみやげ!」
「ありがとう。綺麗ね」
「まだあるよ!」
拾ってきた木の実をテーブルに並べていると。
「なにー?」
リトがやってきた。
コロの実を見た瞬間、目が輝く。
「いっぱい!」
「これで飾り作ろっか」
「つくる!」
細い枝と紐を用意して、赤や黄色の葉っぱを並べる。
(こういうの、前世でもあったなぁ)
丸く組んだ枝に葉っぱを付けて。
木の実を飾って――。
「リト、それ貸して」
「いや」
「じゃあ、それそこに付ける?」
「ここ!」
リトは大きな実、小さな実、大きな実、小さな実と順番に並べていく。
「……またやってる」
「じゅんばん!」
「はいはい」
(やっぱり、こういうの好きなんだなぁ)
出来上がった飾りは、思っていたよりずっと可愛かった。
「できたー!」
「できた!」
二人でママのところへ持っていく。
「ママー! 見て!」
「リトつくった!」
「ルマも作りました!」
「まあ! 可愛い!」
ママがForest亭の入口に飾ってくれた。
赤い葉。
黄色い葉。
コロの実とトゲマツの実。
いつもの入口なのに、それだけで少し違って見える。
そこへ、お客さんが入ってきた。
「お、秋らしくていいな」
「!」
秋らしい。
その言葉が、頭に残った。
(そっか)
春には、春のもの。
夏には、夏のもの。
秋には、秋のもの。
そして冬には、冬のもの。
(季節ごとにForest亭を変えたら、楽しそう)
「今日は秋の野菜でスープにするか」
厨房からパパの声がする。
「それも秋!」
「それも?」
「飾りも秋! ごはんも秋!」
「なんだそれ」
パパが笑った。
でも。
(いいかも)
季節ごとに飾りが変わって。
その季節の美味しいものが食べられる。
何度来ても、少しずつ違うForest亭。
(……楽しそう!)
また一つ。
やってみたいことが増えた。
◇ ◇ ◇
その日の夕食。
テーブルには、私が買ってきた野菜がたっぷり入った温かいスープ。
「ルマが買ってきてくれたお野菜、美味しいわ」
「ほんと?」
「おいちー!」
リトも大きな口で食べている。
「ルマもおいちー?」
「うん。おいちー」
窓の外では、冷たい風に赤い葉っぱが舞っていた。
入口には、私とリトが作った秋の飾り。
今日、私は一人でおつかいをした。
前世の私なら、なんでもないこと。
でも。
五歳の私にとっては、ちょっとした冒険だった。
自分で歩いて。
自分で買って。
自分で帰ってきた。
(ひとりでできた)
温かいスープをもう一口。
自分で買ってきた秋の味は。
いつもより、ちょっとだけ美味しかった。




