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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第27話 異世界でもチーム医療

 昼下がり。


 Forest亭の食堂は、昼の忙しさがようやく落ち着いたところだった。


「ルマ、これ外にお願い」


「はーい!」


 ママから布の入った籠を受け取って、裏口から外へ出る。


 今日はよく晴れている。


 洗濯物を干すには絶好の日――だったのだけれど。


「っ……痛てぇ!」


 ガタンッ!


 大きな音がして、振り返る。


 道端で荷物を運んでいた男の人が、地面に片膝をついていた。


 その横には倒れた木箱。


「どうしたの!?」


 駆け寄って――私は息を呑んだ。


 男の人が腕を押さえている。


 その指の隙間から、赤い血が流れていた。


「転んだとき、そこの木に引っかけたみたいだ」


 地面には、先の割れた木片が転がっている。


「みせて!」


「お、おう」


 押さえていた手を少しだけ退けてもらう。


(……深い)


 前腕に、ぱっくりと開いた傷。


 しかも転んだ拍子に地面へ腕をついたらしく、傷の周りだけじゃない。


 中にも土や細かな木くずが入り込んでいる。


(まず、出血)


「これで押さえて!」


 籠の中から綺麗な布を取り出し、傷に当てる。


「ぎゅーってして、離さないでね」


「分かった」


 男の人に圧迫してもらいながら、出血の様子を見る。


 しばらくして、そっと布を持ち上げた。


(さっきより落ち着いた)


 でも、このまま傷を閉じるのは嫌だ。


 土も木くずも残っている。


「次、洗うね」


「洗うのか?」


「うん。中もよごれてるから」


 これは、もう知っている。


 前にも怪我をした人の傷を洗った。


 そのときアネシアさんも、先に綺麗にしておくのは大事だと言っていた。


 でも、あのときとは違う。


 今の私には――。


「お水出すよ」


「え?」


 私は片手を傷の少し上へ向ける。


 意識を集中させると、手のひらの先に小さく水が集まった。


 そして。


 さらさら――。


 澄んだ水が流れ出す。


「おお、水魔法か」


「ちょっとしみるかも」


 勢いを強くしすぎないように。


 傷の中の汚れを流すように、少しずつ水を当てていく。


 透明だった水が、血と土で濁って地面へ落ちた。


(便利……)


 前は水を持ってきてもらった。


 でも今は、その場で出せる。


(生活魔法、優秀すぎる)


「何してるんだい?」


「あ!」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。


「アネシアさん!」


 そこに立っていたのは、治癒士のアネシアさんだった。


「怪我かい?」


「うん。けっこう深い」


 アネシアさんの表情が変わる。


「見せてみな」


 男の人の横にしゃがみ込み、傷を確認する。


「……派手にやったねぇ」


「土と木くずが入ってたから、洗ってたの」


「そうかい」


 アネシアさんは傷の中まで慎重に確認した。


「まだ少し残ってるね。ルマちゃん、もうちょっと水を頼めるかい?」


「うん!」


 もう一度、水を出す。


 私が流して。


 アネシアさんが傷を確認する。


「もう少しこっち」


「ここ?」


「ああ。そうそう」


「はーい」


 何度か繰り返して。


「……よし。これならいい」


 私は水を止めた。


「できた!」


「出血も先に押さえたのかい?」


「うん。いっぱい出てたから」


「…………」


「?」


 アネシアさんが、少しだけ笑った。


「前よりずいぶん頼もしくなったね」


「えへへ」


「じゃあ、ここからは私の仕事だ」


 アネシアさんが傷の上へ手をかざす。


 淡い光が広がった。


(やっぱり綺麗だなぁ)


 初めて見たときみたいに、もう驚いて固まったりはしない。


 それでも。


 深く開いていた傷が少しずつ閉じていく光景は、やっぱりすごい。


 私には適性がなかった、治癒魔法。


 使えたらいいなと思っていた時期もあったけれど。


(こうやって見ると、やっぱりちょっと羨ましい)


 やがてアネシアさんが手を離す。


 さっきまでぱっくり開いていた傷はなくなり、薄い赤みが残っているだけになっていた。


「はい、おしまい」


「助かったよ」


「今日はその腕、あまり無理して使うんじゃないよ」


「分かった」


「…………」


 私はしゃがんだまま、地面を見た。


 血と一緒に流れ落ちた土。


 細かな木くず。


 傷は閉じた。


 ちゃんと洗った。


 でも――。


(これだけ汚れてた傷……)


「アネシアさん」


「ん?」


「感染は?」


 アネシアさんが私を見る。


「感染?」


「うん。いっぱい土ついてたでしょ?」


「ああ」


「ちゃんと洗ったけど……それでも残ってたら?」


「そうだねぇ」


 アネシアさんも、治したばかりの腕を見る。


「治癒魔法で傷は閉じられる。でも感染そのものまで治せるわけじゃない」


(やっぱり)


 それは、前に教えてもらったことともつながる。


 治癒魔法は万能じゃない。


 病気も。


 傷も。


 魔法だけで全部解決するわけじゃない。


「…………あっ!」


 突然、頭の中に前世の言葉が浮かんだ。


(抗菌薬!)


「お薬!」


「え?」


「感染に使うお薬、ないの?」


「あるにはあるよ」


「じゃあ、治したあとに飲んだらいいんじゃない?」


 思いついたまま口にして。


 すぐに、もう一人の顔が浮かんだ。


(……いや、待て)


 前世だって、汚れた傷なら何でも抗菌薬を飲んでいたわけじゃない。


 必要かどうかは、傷やその人の状態による。


「……でも、いるかどうか分かんないね」


「おや」


「カロナ先生に診てもらった方がいい?」


 アネシアさんの眉が、少し上がった。


「ああ。必要かどうか判断してもらうなら、その方がいいだろうね」


「それで、お薬がいるなら……ロウ?」


「そうなるね」


「…………」


 私は指を一本立てた。


「カロナ先生が診る」


「うん」


 二本目。


「必要だったら、ロウがお薬を作る」


「ああ」


 三本目。


「アネシアさんが傷を治す」


「そうだね」


 三本の指を眺める。


 カロナ先生。


 ロウ。


 アネシアさん。


 できることが、それぞれ違う。


 だったら。


「三人で力合わせたら、もっといいね!」


「……え?」


「だって、みんな得意なこと違うんでしょ?」


「まあ、そうだね」


「一人でできないことでも、三人で相談したらできるかもしれないじゃん」


「…………」


「できないところは、できる人にお願いしたらいいの!」


 アネシアさんが黙った。


「?」


「アネシアさん?」


「……ルマちゃん」


「なに?」


「それ、誰かに教えてもらったのかい?」


「え?」


「三人で一緒に考えるってこと」


「…………」


(まずい)


 前世では、当たり前だった。


 医師がいて。


 看護師がいて。


 薬剤師がいて。


 それ以外にも、いろんな人がいた。


 一人で全部できる人なんていない。


 だから、それぞれが知っていることを持ち寄る。


 私にとっては、ごく普通のことだった。


「……なんとなく?」


「なんとなく、ねぇ」


 アネシアさんがじーっと私を見る。


(その顔やめてください)


「だって、ルマも治癒魔法できないもん」


 私は自分の手を見る。


「でも、お水は出せる!」


「ああ」


「だから今日は、洗うの手伝えたでしょ?」


「そうだね」


「ルマにできないことはアネシアさんがやって、アネシアさんにできないことはカロナ先生とかロウにお願いしたらいいじゃん」


「…………」


「そしたら最強!」


 アネシアさんが吹き出した。


「最強かどうかは知らないけどねぇ」


「最強だよ!」


「はいはい」


 笑いながら、アネシアさんの手が私の頭に乗った。


「でも」


「?」


「あんた、面白いこと考えるね」


「そう?」


「ああ」


 ぽんぽん、と頭を撫でられる。


 前にも、こうして褒めてもらった。


 でも今日は。


 なんとなく、あのときとは違う目で見られている気がした。


「今度、カロナ先生とロウにも話してみようかね」


「三人で?」


「ああ」


「いいと思う!」


「言い出した本人がずいぶん軽いねぇ」


「?」


「なんでもないよ」


 アネシアさんが笑った。



     ◇ ◇ ◇



「ルマー!」


 Forest亭から、ママの声が飛んできた。


「布はー?」


「…………」


 布。


「…………あ」


 足元を見る。


 そこには。


 最初に頼まれたまま、完全に忘れ去られていた籠。


(やば)


「いまやるー!」


「もう! 何してたのー?」


「ケガー!」


「ええっ!?」


「もう治ったー!」


「何の話!?」


 慌てて籠を抱える。


「アネシアさん、またね!」


「ああ。またね」


 Forest亭へ向かって走り出す。


 途中で一度だけ振り返ると。


 アネシアさんは、まだそこに立っていた。


 何かを考えるような顔で、こちらを見ている。


(……なんだろ?)


 まあ、いっか。


「ママー! 干すの手伝ってー!」


「ルマが頼まれたんでしょう!」


「えへへー!」


 私はそのまま走った。


 治癒魔法が使えなくても。


 私にできることは、ちゃんとある。


 そして。


 一人でできないなら。


 できる人と、一緒にやればいい。


 そんな当たり前のことが。


 この世界では、まだ少しだけ。


 新しい考え方なのかもしれない。

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