第25話 薬とロウと、好奇心
朝食が終わったあと。
「あ、そうだ」
食器を片付けていたママが、棚の扉を開けた。
「この前ルマが風邪ひいたときに、お薬使ったでしょう?」
「うん」
「もうほとんど残ってないのよね」
棚の奥から、小さな包みを取り出す。
中には、ほんの少しだけ粉薬が残っていた。
(あ。これ飲んだやつ)
あのときは喉も痛いし、身体もだるいしで、薬のことまで気にしていなかったけれど。
改めて見ると――。
(これ、何からできてるんだろ)
「ロウさんのところで、またもらってこようかしら」
「ロウさん?」
「薬師さんよ」
「薬師……」
ぴくり。
元看護師の何かが反応した。
「ママ!」
「なに?」
「ルマも行く!」
「え?」
「いっしょに行く!」
「いいけど……お薬をもらいに行くだけよ?」
「いいの!」
(むしろ、それがいいのです)
◇ ◇ ◇
ママに手を引かれて町を歩き、しばらくして一軒の店の前で立ち止まった。
「ここよ」
「おお……」
扉を開けた瞬間、独特の匂いが鼻をくすぐった。
乾いた葉っぱのような匂い。
少し苦いような匂い。
その中に、ほんのり甘い香りも混ざっている。
壁一面には棚が並び、大小さまざまな瓶や壺が置かれていた。
天井からは、見たことのない葉や花が束になって吊るされている。
(薬局……)
いや。
前世の薬局とは全然違う。
(薬草屋さん……? 調剤室……?)
なんとも言えない。
でも。
(めっちゃ楽しい)
「いらっしゃい」
店の奥から、一人の男の人が顔を出した。
「ああ、フルコ。今日はどうした?」
「この前、ルマが風邪をひいたでしょう? あのときに薬を使ったから、また置いておこうと思って」
「なるほど」
男の人の視線が私に向く。
「じゃあ、この子がルマか」
「うん!」
「もう風邪はいいのか?」
「元気!」
「それならよかった」
この人が――。
(薬師のロウさん)
「こんにちは、ロウさん!」
「ああ。こんにちは」
ロウさんはそう答えると、棚からいくつかの容器を取り出した。
「ちょっと待っててくれ」
「はーい」
小さな秤のような道具を置いて、中身を少しずつ取り分けていく。
「…………」
さらさらした粉。
細かく砕かれた葉っぱ。
小さな実のようなもの。
「…………」
「ルマ」
「なに?」
「近いぞ」
気づけば私は、ロウさんの手元ぎりぎりまで顔を近づけていた。
「見たい」
「見ていいけど、触るなよ」
「はーい」
私は両手を背中に回した。
「それなに?」
「これ?」
「うん」
「熱があるときによく使う薬草だ」
「へぇ……じゃあロウさん、こっちは?」
「喉の痛みを和らげる」
「これは?」
「咳だな」
「じゃあこれは?」
「腹を壊したときに使う」
「これは?」
「ルマ」
ママが呆れたように私を見る。
「質問しすぎよ」
「だって気になる」
ロウさんが小さく笑った。
「別にいいさ。興味があるならな」
(いい人!)
「ロウさん、これ混ぜたらお薬になるの?」
「ああ。ものによっては煮出したり、すり潰したりもする」
「へぇー……」
じっと手元を見つめる。
「じゃあロウさん、これは――」
「ちょっと待て」
「?」
ロウさんが手を止めた。
「さっきから思ってたんだけど」
「なに?」
「その『さん』、いらないぞ」
「……さん?」
「ああ。ロウでいい」
「え?」
思わずママを見る。
「いいの?」
「本人がいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」
「でも……」
前世三十年。
年上の人を、出会ったその日にいきなり呼び捨て。
(中身が全力で抵抗している)
「ほら」
「…………ロウさん」
「変わってない」
「ロウ……さん」
「分けても同じだ」
「むずかしい!」
「そんなに難しいか?」
「むずかしいの!」
ロウさんが小さく笑った。
「じゃあ、そのうちでいい」
「…………ロウ」
「ん?」
「!」
(言えた)
「なんだ、その顔」
「言えた!」
「そんな大仕事だったか?」
「大仕事です!」
「よく分からんな」
ロウはそう言って、また薬草をすり潰し始めた。
私はその横顔を見ながら、もう一度心の中で呟く。
(ロウ)
……うん。
まだちょっと変な感じ。
「ロウ、これは?」
「慣れるの早いな」
「ふふん」
「それはさっき聞いただろ」
「……そうだっけ?」
「質問が多すぎて自分で忘れてるじゃないか」
「…………」
ママが吹き出した。
◇ ◇ ◇
「ロウは、お薬ぜんぶ作れるの?」
「全部は無理だな」
「薬師なのに?」
「薬師だからって、何でも作れるわけじゃない」
「そうなんだ……」
「薬にもいろいろあるからな」
ロウは手を動かしながら答えてくれる。
「じゃあ、病気になったらみんなロウのところに来るの?」
「いや。軽い風邪なんかで、いつもと同じ症状なら直接来る人もいる。でも、何の病気か分からなかったり、具合がひどかったりしたら医師に診てもらう」
「カロナ先生?」
「ああ」
カロナ先生。
病気を診る、医師。
「じゃあ、カロナ先生が診て、ロウがお薬作ることもある?」
「あるぞ」
「へぇ……」
「医師が何の薬を使うか決めて、こっちで用意することもある」
(なるほど)
「じゃあアネシアさんは?」
「治癒士はまた別だ」
ロウが調合した粉を丁寧に包んでいく。
「怪我なんかは治癒士に頼った方が早いこともある。傷を治したりな。治癒魔法でできることと、薬でできることは違う」
「ふーん……」
医師のカロナ先生。
薬師のロウ。
治癒士のアネシアさん。
病気を診る人。
薬を作る人。
治癒魔法を使う人。
(ちゃんと、それぞれ違うんだ)
前世にも医師や薬剤師、看護師がいて、それぞれに役割があった。
でもこの世界には、そこに治癒魔法まである。
(面白いなぁ)
◇ ◇ ◇
「できたぞ」
「もう?」
「ああ」
ロウが完成した薬をママに渡す。
「これ、この前ルマが飲んだのと一緒?」
「だいたい同じだ」
「だいたい?」
「症状によって少し変えることもある」
「へぇー……」
私は薬の包みをじっと見つめた。
そういえば。
「ロウ」
「今度はなんだ?」
「子どもも同じお薬?」
「使う薬草は同じことが多いな。ただ、子どもには量を少なくする」
「どれくらい?」
「年齢や身体の大きさを見ながらだな」
「身体の大きさ……」
前世の知識が、頭の中からひょこっと顔を出す。
「重さは?」
「重さ?」
「身体の重さ」
「ああ。それも見ることはある」
「ふーん……」
前世では、子どもの薬の量を考えるとき、年齢や体重はとても大事だった。
でも。
(この薬と、前世のお薬は違うもんな)
見たことのない薬草。
知らない作り方。
効き方だって、前世の薬と同じとは限らない。
知っているからといって、知らないものまで分かったつもりになるのは危ない。
だったら――。
(知りたいな)
「ロウ」
「なんだ?」
「また来てもいい?」
「薬をもらいに?」
「お薬見に!」
「…………」
ロウが私を見る。
「見るだけ?」
「質問もする!」
「それは面倒そうだな」
「なんで!」
「邪魔しちゃ駄目よ、ルマ」
「邪魔しないもん」
「さっき俺の手元に顔突っ込んでただろ」
「見るためです」
「それを邪魔って言うんだ」
「むぅ……」
ロウは呆れたように息を吐いた。
でも、その口元は少し笑っていた。
「まあ、暇なときなら来てもいい」
「ほんと!?」
「ああ。ただし、勝手に薬には触るなよ」
「触らない!」
「薬草も」
「触らない!」
「瓶も」
「触らない!」
「質問はほどほどに」
「それは約束できない!」
「そこは約束しろ」
ママが声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
帰り道。
私はママと手を繋ぎながら、さっき見たものを頭の中で思い返していた。
医師。
薬師。
治癒士。
薬草。
治癒魔法。
前世にはなかったもの。
前世と似ているもの。
そして、まだ私が知らないもの。
この世界で五年暮らして。
少しずつ分かってきたつもりだったけれど。
(知らないこと、いっぱいあるなぁ)
でも。
それがなんだか、嬉しい。
「ママ」
「なあに?」
「またロウのところ行っていい?」
「邪魔しないならね」
「しないよ!」
「本当に?」
「たぶん!」
「たぶんなの?」
ママが笑う。
私もつられて笑った。
五歳。
またひとつ。
私に、知りたいことが増えました。




