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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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21/82

第21話 5歳の実力は、こんなもんです(ドヤっ)

 ある日の朝。


「ルマ、おつかいお願いしてもいい?」


 ママのその一言に、私はぴたりと動きを止めた。


「……おつかい?」


「そう。野菜店でいくつか買ってきてほしいの」


 そう言って差し出された、一枚の紙。


「…………」


 見覚えがある。


 一年前。


 同じように紙を渡され、意気揚々とForest亭を飛び出した私。


 そして途中で気づいた。


(文字、読めないんだった)


 結局アーリに全部読んでもらった、あのおつかい。


 しかし。


「ママ」


「なあに?」


「まかせて!」


 私は胸を張って紙を受け取った。


(今の私は、あの頃の私とは違う)


 五歳。


 文字も読めるようになった。


 お金だって少しずつ分かる。


 魔法だって前より上手になった。


(もはや敵なしでは?)



     ◇ ◇ ◇



 Forest亭を出て、まずは紙を開く。


「えーっと……」


 指で文字を追う。


「たまねぎ、三つ」


 読める。


「にんじん、五本」


 読める!


「葉野菜……二つ」


 読める!!


(ふふふ)


 思わず口元が緩む。


 たった一年。


 されど一年。


(成長したな、私!)


 前世では文字が読めるなんて当たり前だった。


 でも、一度できなくなってから、もう一度できるようになる。


 これが意外と嬉しい。


 少し浮かれながら歩いていると、見慣れた野菜店が見えてきた。



     ◇ ◇ ◇



「こんにちはー!」


「あら、ルマちゃん。いらっしゃい」


「ルマ!」


 店の奥からアーリが顔を出した。


「今日はおつかい?」


「そう!」


「また紙?」


「あります!」


 私は得意げに紙を広げる。


「でも今日はね――」


 ちらり。


 アーリを見る。


「読めます!」


「ほんと?」


「見てて!」


 私は紙を指差した。


「たまねぎ、三つ!」


「うん」


「にんじん、五本!」


「うん!」


「葉野菜、二つ!」


「すごい! ルマ、読めるようになったんだ!」


「ふふん!」


 胸を張る。


 一年前はアーリがいなかったら、おつかいすらできなかった。


 それが今日は、自分で読めている。


「お勉強したんだね」


「いっぱいした!」


 遊びに行こうとしてママに捕まった日々が報われた。


 必要な野菜を籠に入れてもらい、お金を渡す。


 受け取ったお釣りも、ちゃんと確認する。


(完璧)


「ありがとうございました!」


「気をつけて帰ってね」


「はーい!」


 籠を抱え、私は意気揚々と店を出た。



     ◇ ◇ ◇



 帰り道。


 足取りは軽い。


(完璧だった)


 紙も読めた。


 買うものも間違えなかった。


 お金も払えた。


(これが五歳の実力ですよ)


 前回のおつかいとは大違いである。


 私はもう一度、紙を取り出した。


「たまねぎ、にんじん、葉野菜……」


 全部ある。


「それから……」


 紙の一番下。


「た、ま……ご」


「…………」


 足が止まった。


 籠を見る。


 たまねぎ。


 にんじん。


 葉野菜。


「…………」


 もう一度、紙を見る。


 たまご。


「…………ない」


 読める。


 今の私には、ちゃんと読める。


 だからこそ分かる。


(忘れてる!!!)


「たまごー!」


 慌てて来た道を引き返した。



     ◇ ◇ ◇



「ただいまぁ……」


「おかえり」


 Forest亭へ戻った頃には、ちょっと疲れていた。


「どうだった?」


 ママが籠を受け取る。


「…………完璧でした」


「本当に?」


「途中までは」


「途中?」


「なんでもないです」


 ママが不思議そうな顔をしながら、中身を確認していく。


「たまねぎ、にんじん、葉野菜……たまご」


 全部ある。


「うん、ちゃんと買えてる。ありがとう、助かったわ」


「……うん!」


 その言葉を聞いたら、疲れが少し飛んだ。


 一年前。


 文字すら読めなかった私。


 紙を持って町へ出たはいいものの、結局アーリに助けてもらった。


 でも今日は。


 自分で読んだ。


 自分で選んだ。


 自分でお金を払った。


 たまごは忘れたけど。


(ちゃんと戻ったからセーフ)


 身長が少し伸びた。


 文字が読めるようになった。


 魔法も少し上手になった。


 変わったことなんて、それくらいだと思っていた。


 でも。


(ちゃんと大きくなってるんだなぁ、私)


 前世では、大人になってから「成長した」なんて実感することは、あまりなかった。


 できなかったことが、できるようになる。


 誰かに「助かった」と言ってもらえる。


 それが、こんなに嬉しいなんて。


「ルマ?」


「なに?」


「なんでニヤニヤしてるの?」


「してない!」


「してるわよ」


「してないもん!」


 笑いながら逃げる私を見て、ママも笑った。


 二度目の子ども時代。


 できないことは、まだまだたくさんある。


 でも――。


(案外、悪くないかも)


 五歳の私は、昨日よりほんの少しだけ。


 できることが増えました。

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