第19話 酒が飲めないなら、せめて肴だけでも…
五歳になってから、できることが少しずつ増えた。
文字も読めるようになってきたし、魔法も前より上手に使える。
となれば。
(そろそろ、これもいけるのでは?)
私は厨房の入り口から、そっと中を覗いた。
トントントントン――。
パパが大きな調理台の前で野菜を切っている。
鍋からは白い湯気が立ち、奥では肉がジュウジュウと音を立てていた。
「パパ」
「ん?」
「ルマもお料理したい!」
「包丁は駄目だぞ」
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてある」
「もう五歳だよ?」
「五歳を万能の資格みたいに使うな」
(五歳、思ったより権限がない)
結局、私に任されたのは葉野菜をちぎることと、じゃがいもを洗うことだった。
(前世では普通に料理してたんだけどなぁ)
とはいえ、今の手は小さい。
調理台に立つだけでも踏み台が必要だ。
じゃがいもを洗い終えると、パパが鍋から少しだけ煮汁をすくった。
「味見してみるか?」
「する!」
ふうふうして、ぱく。
「……ちょっと薄い?」
「分かるか?」
「うん」
パパが二種類の香草を差し出す。
「どっちが合うと思う?」
それぞれ匂いを嗅いでみる。
「……こっち!」
「なんで?」
「お肉に合いそう」
「正解」
(ふふん)
ちょっと楽しくなってきた。
「パパ、ルマも何か作りたい」
「何か?」
「ちゃんとお料理!」
パパはしばらく考えて、さっき洗ったじゃがいもを手に取った。
「じゃあ、これ使うか」
「やった!」
◇ ◇ ◇
茹でてもらったじゃがいもを、木べらで潰していく。
(じゃがいもかぁ)
このまま塩と香草を混ぜて焼いても美味しい。
でも。
(……チーズ欲しいな)
じゃがいも。
チーズ。
そこに黒胡椒を効かせて、表面をこんがり焼く。
(…………絶対うまいやつ)
脳裏に浮かんだのは、前世の仕事終わり。
冷えたお酒と、ちょっと味の濃いおつまみ。
(あー……飲みたい)
前世の私は、お酒が好きだった。
仕事を終えたあとの一杯。
友達と飲みに行くのも好きだったし、美味しい料理を見れば「これ何のお酒に合うかな」なんて考えていた。
そして今。
五歳。
(…………先が長い)
非常に長い。
「ルマ?」
「なに?」
「手、止まってるぞ」
「!」
危ない。
五歳児がじゃがいもを見ながら酒を恋しがっている場合ではない。
「パパ」
「ん?」
「これ、チーズ入れたらおいしいかな?」
「チーズ?」
「うん。あと……こしょう!」
「胡椒?」
「ちょっといっぱい」
「ちょっとなのか、いっぱいなのかどっちだ」
「……いっぱい寄りのちょっと」
「なんだそれ」
パパが笑いながらも、チーズと胡椒を用意してくれた。
潰したじゃがいもにチーズと香草を混ぜ、胡椒を少し多めに振る。
それを小さく丸めていく。
「ルマ、大きさ揃えろよ」
「わかってる!」
一個目。
「でかい」
二個目。
「小さい」
三個目。
「細長い」
「個性です」
「焼き時間が変わる」
「…………はい」
料理人、五歳児にも容赦がない。
どうにか同じくらいの大きさに整え、最後はパパに焼いてもらう。
ジュウゥゥ――。
チーズの焼ける香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。
「……いい匂い」
焼き上がった一つを、パパが口に入れる。
「どう?」
「…………」
「パパ?」
「これ」
「うん」
「酒に合いそうだな」
「!」
(でしょう!?)
思わず身を乗り出しかけて、止まった。
「……おさけ?」
「大人が飲むやつだ」
「へぇー」
(存じ上げております)
大変よく存じ上げております。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
「ヤト! これうまいな!」
食堂から大きな声が聞こえた。
「このじゃがいものやつ、もう一皿!」
「酒が進むなぁ!」
厨房の隅で、私はこっそり笑う。
(ふふふ)
(分かってるじゃないですか)
飲めない。
私は飲めない。
飲めないなら、せめて肴だけでもと思ったが、より苦しいことになりそうだ。
あと何年飲めないのかは、考えたくもない。
でも、自分が考えた料理で誰かのお酒が美味しくなる。
(……悪くない)
「ルマ」
「ん?」
パパが私を見る。
「これ、しばらく出してみるか」
「ほんと!?」
「ああ。評判もいいしな」
「やった!」
「しかし……」
パパが首を傾げる。
「お前、なんで酒に合う味が分かったんだ?」
「…………」
ぎくっ。
「ルマ?」
「……ぐうぜんです」
「そうか?」
「ぐうぜん!」
(前世で酒飲みだったからです)
もちろん、そんなことは言えない。
「じゃあ明日も何か作るか?」
「作る!」
「その前に」
パパが調理台を指差す。
使った器。
じゃがいもの皮。
粉のついたボウル。
「片付け」
「…………」
「料理は片付けまでが料理だ」
(それは前世でも同じでした)
「……はーい」
こうしてForest亭には、新しい酒の肴が一つ増えた。
考案者が五歳児だということは――。
たぶん、知られない方がいい。




