第17話 4歳児卒業します!
商隊の人たちが町を出ていった翌日。
Forest亭には、いつもの日常が戻ってきた。
朝になればパパが厨房に立ち、ママが食堂を行ったり来たりする。
トータは友達と遊びに出かけ、リトは相変わらず私の後ろをついてくる。
「うまぁ!」
「はいはい、ルマですよ」
治癒魔法のことは気になっていた。
アネシアの手から溢れた淡い光。
あれが使えたら――なんて、何度も考えた。
でも、今の私にはどうすることもできない。
それより先に、やらなければならないことがあった。
「ルマ」
「はい」
「これ、読んでみて」
「…………」
ママが差し出した紙を見る。
(来たな)
そこには、この世界の文字が並んでいた。
おつかいでアーリに助けてもらった、あの日から。
私の文字のお勉強が、本格的に始まったのである。
◇ ◇ ◇
春。
「これ!」
私はForest亭の看板を指差した。
「ふぉ……れ……す……と」
ゆっくり、一文字ずつ読む。
「Forest亭!」
「正解!」
「読めた!」
思わず両手を上げる。
「すごいじゃない、ルマ!」
ママが褒めてくれる。
(ふふん)
前世では普通に読み書きしていたのに、文字が読めただけでこんなに嬉しいとは。
二度目の人生、なかなか新鮮である。
その日の午後。
「ルマー!」
店の外からアーリとシイの声がした。
「遊ぼー!」
「いく!」
「お勉強は?」
ママの声に足が止まる。
「……おわりました」
「本当に?」
「…………あと一個」
「終わってからね」
「はーい……」
四歳児、自由への道は遠い。
◇ ◇ ◇
夏。
「ルマ! こっち!」
「まってー!」
シイを追いかけて川辺を走る。
「ルマ、走ったら転ぶよ!」
後ろからアーリの声。
「だいじょうぶ!」
――と言った直後。
「わっ!」
足を滑らせ、そのまま浅瀬へ突っ込んだ。
ばしゃーん!
「…………」
「…………」
「ルマ、大丈夫!?」
アーリが慌てて駆け寄ってくる。
私は全身ずぶ濡れのまま身体を起こした。
「……大丈夫」
「ぷっ」
シイが吹き出す。
「笑ったな!」
「だってルマ、びしょびしょ!」
「シイも濡れろー!」
「うわっ!」
水をかける。
「やったな!」
「きゃー!」
「ちょっと二人とも!」
結局アーリまで巻き込んで、三人揃ってびしょ濡れになった。
帰ってからママに怒られたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
秋。
私は厨房の裏で、桶を前に両手を構えていた。
「お水お願い」
「はーい!」
パパに頼まれ、魔力を意識する。
もう水を出すくらいなら慣れたものだ。
(このくらいかな)
手のひらから水が流れ出す。
じゃああああ――!
「ルマ! 多い!」
「え?」
桶から水が溢れ出した。
「止めろ止めろ!」
「とまれー!」
慌てて魔力を切る。
足元には大きな水溜まり。
「…………」
「…………」
「ちょっと多かった」
「ちょっと?」
パパがため息をつく。
「出せるようになったのはいいけど、加減を覚えないとな」
「はーい」
(加減って難しいなぁ)
出すことより、少なく出す方が難しい。
不思議なものだ。
◇ ◇ ◇
冬。
「さむい!!」
私は毛布にくるまった。
「ルマ、鼻出てる」
トータが言う。
「出てない!」
「出てる」
「見ないで!」
「ほら」
「自分でふける!」
差し出された布を奪う。
(寒すぎる)
前世でも冬は経験している。
でも四歳児の身体は、どうも寒さに弱いらしい。
「うまぁ」
隣ではリトまで毛布にくるまっている。
「リトも寒い?」
「さむーい」
「……!」
私は思わずリトを見る。
「今、寒いって言った?」
「さむーい!」
「ママ!」
「どうしたの?」
「リトが『うまぁ』以外しゃべった!」
「前から喋ってるわよ」
「…………」
いつの間に。
気づけばリトも、少しずつ言葉が増えていた。
私だけじゃない。
みんな、少しずつ変わっている。
◇ ◇ ◇
文字が読めるようになった。
魔法も少し上手になった。
アーリとシイとは、相変わらず毎日のように遊んだ。
転んで、怒られて、笑って。
リトの言葉も増えた。
そうして、当たり前みたいに毎日を過ごしているうちに。
「ルマ、おめでとう!」
「ありがとう!」
テーブルの上には、パパが作ってくれた料理。
ママが笑って、トータがいて、リトがいる。
五本の小さな灯りが、ゆらゆらと揺れていた。
この世界に生まれて、五年。
前世の記憶を持つ私にとっては、短いようで。
ルマとして生きる私にとっては、とても長い一年だった。
(五歳かぁ)
私は五本の灯りを見つめる。
できることは増えた。
でも、知らないことはもっと増えた。
この世界のこと。
魔法のこと。
そして――私自身のこと。
「ルマ、消して!」
「うん!」
大きく息を吸い込む。
「せーの!」
ふぅーっ!
五つの灯りが、一斉に消えた。
「おめでとう、ルマ!」
家族の声に包まれながら、私は笑った。
こうして私の四歳は終わり――。
五歳になりました。




