第16話 治癒魔法ですめば、看護師はいらない!?
翌朝。
Forest亭の前では、商隊の人たちが出発の準備をしていた。
ガタガタと木箱を荷車に積む音。
馬の鼻息。
大人たちの「そっち持ってくれ!」という声。
私は少し離れたところから、その様子を眺めていた。
(馬、やっぱり大きいなぁ)
昨日パパに「蹴られたら飛ぶ」と脅されたので、今日はちゃんと距離を取っている。
「よし、次これ積むぞ!」
「おう!」
商隊の男の人が大きな木箱を持ち上げた、そのときだった。
「いてっ!」
ガタン、と木箱が地面に置かれる。
「どうした?」
「手ぇ切った」
その言葉を聞いた瞬間、身体が勝手に動いた。
「みせて!」
「ん?」
男の人の手のひらから、赤い血が流れている。
(切創。出血あり)
傷は――それほど深くなさそう。
でも木箱を運んでいた手だ。土や細かい木くずも付いている。
「ルマ?」
ママが不思議そうにこちらを見る。
「お水で洗おう!」
「これくらい大丈夫だって」
「だめ!」
思わず強い声が出た。
「よごれてるもん!」
「お、おう……」
四歳児に怒られた男の人が、素直に手を差し出す。
(まず洗浄)
私は水を持ってきてもらい、傷についた汚れを流していく。
前世なら当たり前にやっていたこと。
傷の深さ。
出血。
異物が残っていないか。
(うん。これなら圧迫したら止まりそう)
そう思っていると――。
「朝から何の騒ぎだい?」
聞き慣れた女性の声がした。
「あ、アネシア!」
ママが振り返る。
そこに立っていたのは、この町で治癒士をしているアネシアだった。
「出発前に手を切ったみたいなの」
「見せてみな」
アネシアが男の人の前にしゃがみ込む。
そして、濡れた手を見て眉を上げた。
「洗ったのかい?」
「ルマが洗った方がいいって」
「ルマが?」
視線が私に向く。
「だって、よごれてたから」
「ふぅん……」
アネシアは少しだけ考えるような顔をした。
「まあ、綺麗にしておくに越したことはないね」
(でしょう!)
心の中で大きく頷いた。
「じゃ、ちょっとじっとしてな」
アネシアが傷の上に手をかざす。
「え?」
淡い光が、手のひらの下に集まり始めた。
(なにこれ)
思わず身を乗り出す。
光が傷を包む。
すると――。
「…………え?」
さっきまで開いていた傷が、ゆっくりと閉じていく。
流れていた血も止まった。
しばらくすると、そこには薄い赤みが残っているだけになった。
「はい、おしまい」
「助かったよ」
「…………」
私は固まった。
(待って)
もう一度、男の人の手を見る。
傷がない。
(治った?)
洗浄して。
止血して。
傷によっては縫合して。
そのあとも感染に注意して経過を見て――。
そんな前世の常識が、頭の中を駆け巡る。
なのに。
(ピカーってして終わったんですけど)
なにこれ。
(医療従事者泣かせの世界だな、おい)
「そんなに珍しい?」
アネシアが笑う。
「……すごい」
「治癒魔法を見るのは初めてかい?」
「うん!」
「治癒士だからね。これくらいならすぐ治せるよ」
「なんでもなおせるの?」
思わず聞いた。
「まさか」
アネシアはあっさり否定した。
「治癒魔法だって万能じゃない。大きな傷なら時間も魔力も必要だし、治せないものだってある」
「びょうきも?」
「病気は傷より難しいね。原因が分からなきゃ、治癒魔法だけじゃどうにもならないこともある」
(……なるほど)
何でも一瞬で治せるわけじゃないらしい。
「それに」
アネシアが、さっき洗った男の人の手を見る。
「傷を塞いだからって、中に汚れが残ってちゃ困る」
「!」
「だから先に洗ったのは悪くないよ」
そう言って、アネシアが私の頭をぽん、と撫でた。
「よく気づいたね」
「……うん!」
なんだか少し嬉しい。
魔法があるからといって、私の知っていることが全部無意味になるわけじゃない。
(治癒魔法と、前世の知識……)
二つを合わせたら。
もっとできることがあるのかもしれない。
もう一度、アネシアの手を見る。
(……覚えたい)
あれ。
絶対使ってみたい。
◇ ◇ ◇
商隊を見送ったあと、私は厨房へ向かった。
「パパ!」
「ん?」
パパは朝食に使った鍋を片付けている。
「ルマも治癒魔法やりたい!」
「無理だ」
「はやっ!」
即答だった。
「まだ何もしてないけど!?」
「治癒魔法は普通の魔法とは違う」
「……どうちがうの?」
パパの手が止まる。
「火や水みたいに、練習すれば誰でも使えるってものじゃないんだ」
「え?」
「治癒魔法には、適性がいる」
「てきせい……」
初めて聞く言葉だった。
「じゃあ、ルマにはないの?」
「それはまだ分からない」
「どうやったらわかる?」
「もう少し大きくなれば分かるさ」
「…………」
またそれだ。
(この世界、四歳児には教えてくれないこと多すぎない?)
でも。
私はさっき見た光を思い出した。
傷が、目の前で塞がっていく光景。
(治癒魔法かぁ……)
もし使えるなら。
前世で身につけた知識と、この世界の魔法。
その両方を使えるようになったら――。
「ルマ」
「なに?」
「鍋を見ながらニヤニヤするな」
「してない!」
「してる」
「してないもん!」
パパが呆れたように笑う。
私は頬を膨らませながらも、もう一度こっそり自分の手のひらを見た。
(適性、あるといいな)
新しく覚えたい魔法が、また一つ増えた。




