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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第15話 馬と商隊と、知らない世界。

 翌朝。


 まだ朝食を食べ終えたばかりだというのに、Forest亭の外が妙に騒がしい。


 ガラガラガラ――。


 重たいものが転がる音。


 カッ、カッ、と硬いものが地面を叩く音。


 それに混じって、知らない男の人たちの声が聞こえてくる。


(来た!)


 私は椅子から飛び降りた。


「しょうたい!」


「ルマ、走るなよ」


 厨房からパパの声が飛んでくる。


「走ってない!」


「走ってるぞ」


「早歩き!」


 言いながら扉を開ける。


 目の前にいたのは――。


「馬!!」


 大きい。


 想像していたより、ずっと大きい。


 二頭の馬が大きな荷車を引いていて、その後ろにも荷物を積んだ馬がいる。


 荷車には木箱や大きな袋、巻かれた布なんかがぎっしり積み込まれていた。


(異世界っぽい!!)


 転生して四年。


 今さらながら、ちょっと感動した。


「おう、嬢ちゃん。危ないぞ」


 馬のそばにいた男の人に声をかけられる。


「さわっていい?」


「大人と一緒のときにな」


「ちょっとだけ」


「ルマ」


 背後から低い声。


「…………」


 振り返ると、いつの間にかパパが立っていた。


「昨日なんて言った?」


「蹴られたら飛ぶ」


「そうだ」


「……見るだけです」


「よろしい」


(馬、遠いな)


 少し離れたところから眺めることにした。



     ◇ ◇ ◇



「フルコ! 久しぶりだな!」


「あら、本当に久しぶり! 半年くらい?」


「それくらいになるか」


 どうやら商隊の人たちは、以前にもForest亭を利用したことがあるらしい。


 六人の大人たちが次々と荷物を下ろしていく。


 私は邪魔にならないところから、その様子をじっと見ていた。


 見たことのない色の布。


 乾燥させた果物。


 小さな瓶に入った香辛料。


 何に使うのか分からない道具まである。


(すご……)


「嬢ちゃん、そんなに珍しいか?」


「うん!」


「こいつは南の方で作られた布だ」


「みなみ?」


「ここからずーっと遠くだ」


 ずーっと。


 どのくらいだろう。


 私はこの町の外へほとんど出たことがない。


 昨日までは、それを特に気にしたこともなかった。


 でも。


(遠くって、どんなところなんだろ)



     ◇ ◇ ◇



 その日の夜。


 Forest亭の食堂には、商隊の人たちの大きな笑い声が響いていた。


「いやあ、やっぱりヤトの飯はうまい!」


「それ、本人に言ってあげてくださいよ」


 ママが笑う。


「ヤトー! 褒められてるよ!」


「聞こえてる!」


 厨房から返事が飛んできて、食堂に笑いが広がった。


 私はパン籠を抱えながら、商隊のテーブルの横を通る。


「それで王都に着いたのが――」


(王都?)


 歩く速度が落ちた。


「ルマ、パンお願い!」


「はーい!」


 いったん離れる。


 パンを置いて戻ってくると、また商隊の横を通る。


「南はこの時期でも暖かくてな」


(南……)


 ゆっくり通る。


 もう一度通る。


 さらにもう一度。


「嬢ちゃん」


「はい?」


「さっきから何往復してるんだ?」


「……おてつだい」


 男の人が私の手元を見る。


「その空っぽの籠を持って?」


「…………」


 バレた。


「ははは! 話が聞きたいのか?」


「……ちょっと」


「ちょっとって顔じゃないな。そこ座れ」


「いいの!?」


 私はすぐ近くの椅子に座った。


「急に元気になったな」


「王都ってどんなところ?」


「いきなり質問か!」


 また笑われた。



     ◇ ◇ ◇



 商隊の人たちは、いろんなことを教えてくれた。


 王都には、この町とは比べものにならないくらいたくさんの人が暮らしていること。


 大きな市場には、遠い土地から珍しい品物が集まってくること。


 南には一年を通して暖かい土地があり、反対に北へ向かえば、冬には辺り一面が雪で真っ白になること。


「雪!」


「見たことないのか?」


「ない!」


「じゃあ初めて見たら驚くだろうな」


(雪かぁ)


 前世では見たことがある。


 でも、この身体ではまだない。


 同じ雪でも、きっと少し違って見える気がした。


「あと、森の奥には魔獣もいる」


「まじゅう?」


「普通の動物とは違う、魔力を持った獣だ」


(おお……)


 急にファンタジー感が増した。


「強いの?」


「強いやつもいるぞ」


「魔法でたおすの?」


「そういう仕事をしてる連中もいる」


「へえー!」


「嬢ちゃん、食いつくなあ」


 だって知らないことばかりだ。


「王都には、魔法を学べるところだってあるぞ」


「……がっこう?」


「まあ、そんなところだ」


 魔法を学ぶ場所。


 その言葉に、胸が少しだけ高鳴った。


「どんな魔法?」


「そこまでは俺も知らん」


「子どももいける?」


「もう少し大きくなってからだな」


「王都ってどのくらい遠い?」


「嬢ちゃん」


「なに?」


「急に喋るな」


「だって気になる!」


 商隊の人たちが声を上げて笑った。



     ◇ ◇ ◇



 その夜。


 布団に入って目を閉じても、聞いた話が頭の中をぐるぐる回っていた。


 王都。


 大きな市場。


 南の暖かい土地。


 雪に覆われる北の町。


 魔獣。


 そして、魔法を学べる場所。


 私はこの世界に転生して、もう四年も暮らしている。


 なのに、知っていたのはForest亭と、この小さな町くらいだった。


(私が知ってる世界って、ほんのちょっとだったんだ)


 まだ見たことのないものが、外にはたくさんある。


 そう考えると、なんだかわくわくして眠れない。


(……行ってみたいな)


 いつか。


 この町の外へ。


 初めて、そんなことを思った。

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