第14話 どうやら世界は、もっと広いらしい
「ありがとうございましたー!」
「ごちそうさん! 今日もうまかったよ」
「また来てくださいね!」
最後のお客さんが夜の町へと帰っていく。
カタン、と扉が閉まった。
「…………」
しん、と食堂が静かになる。
(静か……)
さっきまであんなに賑やかだったのに。
残っているのは、厨房から聞こえる食器を洗う音と、鍋を片付ける音くらい。
「はぁー! 今日もよく働いた!」
ママが大きく伸びをする。
「つかれたぁ……」
私も椅子に座り、テーブルにべたっと突っ伏した。
「ルマ、今日そんなに働いてないだろ」
椅子を戻していたトータが言う。
「はたらいた!」
「パン運んでただけじゃん」
「いっぱい運んだ!」
「三回くらいだろ」
「四歳にはいっぱいなの!」
「都合いいな」
(こいつ……)
言い返そうとしたところで、厨房からパパが顔を出した。
「片付けはそのくらいでいいだろ。先に飯にしよう」
「やった!」
「急に元気じゃん」
「ごはんは別!」
パパが大きな鍋を運んでくる。
蓋を開けると、ふわっと白い湯気が立ち上った。
(きた!)
昼間から狙っていた、野菜と肉の白煮込み。
今日、私が買ってきたじゃがいもやにんじんも入っている。
パパが器によそい、私の前に置いた。
「ほら。二回目の味見」
「これは本番です」
「さっき二回目が欲しいって言ってただろ」
「あじみとごはんは別ものなの」
「はいはい」
私はスプーンですくい、ふうふうと息を吹きかける。
ぱく。
「おいしい!」
昼よりもさらに味が馴染んでいる。
やわらかいじゃがいもに、にんじんの甘み。お肉もほろほろだ。
(やっぱりシチューだよなぁ)
名前は白煮込みだけど。
「うまぁ!」
隣から声がした。
ママの横に座ったリトが、嬉しそうに口を開けている。
「はいはい、リトもね」
小さくしたじゃがいもを食べさせてもらう。
「うまぁ!」
「おいしい?」
「うまぁ!」
今度は私を見て、
「うまぁ!」
「……それ、私?」
「うまぁ!」
「ごはん?」
「うまぁ!」
「どっち?」
リトはにこにこしている。
(そろそろはっきりしてほしい)
◇ ◇ ◇
お客さんがいなくなった食堂で、家族だけの遅い夕食が続く。
トータが今日遊んだ話をして、ママが笑う。
リトがスプーンを落として、パパが拾う。
私は白煮込みにパンを浸して食べる。
窓の外はもう真っ暗。
さっきまで大勢の人で埋まっていた食堂が、今は私たちだけの食卓になっている。
(こっちも好きだな)
賑やかなForest亭も好きだけど。
閉店したあとの、この時間も好きだ。
「そういえば」
パパがパンをちぎりながら言った。
「明日は忙しくなるぞ」
「なんで?」
「商隊が泊まりに来る」
「しょうたい?」
「荷物を運びながら、町から町へ旅をしている人たちよ」
ママが教えてくれる。
「明日は六人泊まる予定なの」
「ろくにん!」
「馬もいるから、朝から準備しないとな」
「馬!」
思わず身を乗り出す。
「ルマ、馬みたい!」
「近づきすぎるなよ」
「なんで?」
「蹴られたら飛ぶぞ」
「…………」
(それは嫌だ)
「でも、その人たちっていろんな町に行ってるの?」
「ああ」
「遠いところも?」
「たぶんな」
へえ。
なんだか急に興味が湧いてきた。
考えてみれば、私はこの世界に生まれて四年。
Forest亭と、その周りの町。
知っているのは、ほとんどそれだけだ。
この町の外には何があるんだろう。
どんな町があって。
どんな人が暮らしていて。
どんな魔法があるんだろう。
(……私、この世界のこと全然知らないな)
転生した。
魔法も使えるようになった。
なのに、肝心の異世界についてはほとんど何も知らない。
(明日、聞いてみよ)
旅をしている人なら、きっといろんな話を知っている。
「ルマも明日お手伝いする!」
「じゃあ頼むぞ」
「うん!」
知らない町。
知らない人。
知らない世界。
考えるだけで、少しわくわくする。
私は残っていた白煮込みをすくって、口に入れた。
(まあ、とりあえず今は――)
「おかわり!」
「まだ食べるの?」
「食べる!」
明日のことは、明日考えよう。
今は白煮込みの方が大事だ。
明日、Forest亭にやってくる人たちが、私の知らない世界の話を運んできてくれるとも知らずに。




