第12話 どうやら生活していくには前途多難そうです
昼前、食堂でママの手伝いをしていると、厨房から声が飛んできた。
「ルマ、おつかいお願いしてもいい?」
「おつかい?」
「アーリのところまで、お野菜を買いに行ってほしいの」
ママが小さな袋とお金を渡してくる。
「ひとりで?」
「そうよ。行ける?」
「いける!」
即答した。
(前世含めたら三十年以上生きてますので)
アーリの家までは何度も行ったことがある。Forest亭からもそう遠くない。
「買うものはこの紙に書いてあるから、お店の人に渡してね」
「はーい!」
「寄り道しないで帰ってくるのよ」
「わかってる!」
私は意気揚々とForest亭を出発した。
◇ ◇ ◇
「こんにちはー!」
「あ、ルマ!」
野菜店に着くと、店先に見慣れた女の子がいた。
「アーリ!」
アーリは私と同じ四歳。
この町で野菜店を営む家の娘で、小さい頃からよく一緒に遊んでいる、いわゆる幼なじみだ。
店先には採れたての野菜が木箱いっぱいに並べられている。
「どうしたの?」
「おつかい!」
「ひとりで?」
「うん!」
「すごい!」
ちょっと誇らしい。
「なに買うの?」
「えっとね」
ポケットからママにもらった紙を取り出す。
「これ!」
「……なに?」
「買うもの」
「なに買うの?」
「だから、ここに――」
紙を見る。
「…………」
見慣れない文字が並んでいる。
「…………」
(読めない)
完全に忘れていた。
前世では当然、字くらい読めた。
仕事では記録を書いていたし、本も読んだ。買い物だって一人でできた。
しかし、ここは異世界。
そして私は四歳。
この世界の文字は、まだ勉強を始めたばかりだった。
(詰んだ)
一人でおつかい。
目的地、分かる。
お金、ある。
買い物経験、豊富。
――文字が読めない。
(四歳児だったわ、私)
「ルマ?」
「……なに?」
「なんて書いてあるの?」
「…………」
「ルマ?」
「……アーリ、これ読める?」
「え?」
アーリが紙を覗き込む。
「ルマ、おつかいなのに読めないの?」
「ちょっとだけ読めるよ!」
「じゃあ読んで」
「…………」
「ほら」
「……今日は調子悪い」
「文字読むのに調子とかあるの?」
(四歳児、容赦ないな)
アーリは私から紙を受け取ると、一文字ずつ指でなぞり始めた。
「えっと……じゃがいもと……にんじんと……」
「読めるの!?」
「これくらい読めるよ」
(負けた)
中身三十歳超え、四歳児に完敗である。
「あと、たまねぎ」
「ありがとう」
「もう。ルマ、お勉強しないとだめだよ」
「してるもん」
「ほんと?」
「……ちょっとしてる」
「ちょっとじゃだめ」
(アーリ、私のお母さんかな)
◇ ◇ ◇
アーリに手伝ってもらいながら野菜を袋に入れていると、遠くから元気な声が聞こえた。
「ルマー! アーリー!」
振り返ると、男の子がこちらへ走ってくる。
「シイ!」
「なにしてんの?」
シイも私と同じ四歳で、大工の息子。
アーリと同じく、小さい頃からよく遊んでいる幼なじみだ。
「ルマがおつかいなんだって」
「えっ! ひとりで!?」
「うん」
「すげー!」
「でしょ?」
さっき失った自信が少し戻ってきた。
「でも字読めないよ」
「アーリ!」
「ほんとじゃん」
「それは言わなくていいの!」
「ルマ、字読めないの?」
「シイまで言わないで!」
「俺もあんまり読めない!」
「……ほんと?」
「うん!」
「仲間!」
「やった!」
「そこで喜ばないの!」
アーリに怒られた。
なんだろう。
この三人だと、アーリだけ妙にしっかりしている。
「買えたなら遊ぼうぜ!」
シイが言う。
「いいね!」
「だめ!」
即座にアーリが止めた。
「なんで?」
「ルマ、おつかいの途中でしょ。お野菜持って帰らないと」
「あ」
「そうだった」
「二人とも忘れてたの?」
「…………」
「…………」
アーリが呆れた顔をする。
(やっぱりお母さんだな)
「じゃあForest亭まで一緒に行こうぜ!」
「それならいいよ」
「なんでアーリが決めるの?」
「ルマが寄り道するから」
「しないよ!」
「今しようとしてたじゃん」
「…………」
何も言い返せなかった。
◇ ◇ ◇
「ただいまー!」
「おじゃましまーす!」
三人でForest亭へ戻ると、ママが食堂から顔を出した。
「おかえり。ちゃんと買えた?」
「うん!」
私は得意げに野菜の入った袋を差し出した。
「じゃがいもと、にんじんと、たまねぎ!」
「あら、ちゃんと買えたのね」
「ひとりでいけたよ!」
「ルマ、字読めなかったから私が読んであげた!」
「アーリ!」
「あら」
ママが笑う。
「言わなくていいのに!」
「でも本当でしょ?」
「ほんとだけど!」
「俺も読めない!」
「シイは今関係ない!」
ママはますます楽しそうに笑った。
「じゃあルマ、これから文字のお勉強も頑張らないとね」
「…………」
「おつかいの紙、自分で読めた方がいいでしょう?」
「……はい」
(余計な宿題を持ち帰ってしまった)
前世では読めた。
書けた。
計算だってできた。
でも、この世界ではもう一度、一から覚えなければならない。
(転生って、意外とめんどくさいな)
「ルマ、遊ぼう!」
「遊ぶ!」
「文字のお勉強は?」
「…………明日から!」
「ルマ!」
アーリの声を背中に受けながら、私はシイと一緒に走り出した。
二度目の四歳児生活。
どうやら魔法より先に、覚えなければならないことはまだまだありそうだ。




