第10話 内服戦争は会議室で起きてるんじゃない、病室で起きてるんだ
朝から、リトが静かだった。
いつもなら目が合っただけで「うまぁー!」と突進してくるのに、今日はママに抱かれたままぼんやりしている。
「リト?」
「うまぁ……」
声にも元気がない。
頬に触れると、いつもより熱かった。
(熱あるな)
顔色はそこまで悪くない。呼吸も苦しそうではないけれど、鼻水が出ている。
「ママ、リトお熱あるんじゃない?」
「やっぱり? カロナに診てもらいましょう」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、胸の音を聞くよ」
「やぁぁぁ!」
聴診器を見た瞬間、リトがママにしがみついた。
(ですよね)
「リト、もしもしするだけだよ。ルマにしてみる?」
先に私の胸に聴診器を当ててみせる。
「ほら。痛くないよ」
「……?」
「リトもできる?」
「……ん」
その隙にカロナが手早く診察を済ませた。
「喉が少し赤いね。胸の音は大丈夫そうだ」
(よかった)
ひとまず大きな問題はなさそうで、症状に合わせた薬を出してもらうことになった。
問題は、そのあとだった。
◇ ◇ ◇
「リト、お薬よ」
「や!」
薬を見るなり、顔を背ける。
(来た)
この光景。前世で何度見たことか。
「ジュースに混ぜたら飲むかしら」
ママがコップを用意しようとする。
「ママ、いっぱいに混ぜないほうがいいよ」
「どうして?」
「ぜんぶ飲めなかったら、お薬も残っちゃうから」
「…………ルマ、よく知ってるわね」
(しまった)
「カロナが言ってた!」
「いつ?」
「……さっき!」
強引に押し切った。
(さて、どうするか)
薬を嫌がる子なんて、前世では珍しくもなかった。
むしろ粉薬を何の抵抗もなく飲んでくれる子の方がありがたい。
(あの手この手で飲ませてたなぁ……)
アイスに混ぜて、冷たさで味を感じにくくしてみたり。
苦味のある薬なら、相性を確認して、コーヒー味のアイスやチョコみたいな味の濃いものに混ぜてみたり。
粉のままでは飲みにくい子には、ごく少量の水で溶いて、甘いものに混ぜることもあった。
そして、なんといっても――。
(ヨーグルト。あれは優秀だった)
ヨーグルトに混ぜると、そこまで味わうことなく、つるんと飲み込んでくれる子が多かった。
内服介助における、頼れる相棒である。
もちろん、薬によって混ぜるものとの相性は違う。ヨーグルトだって何にでも使えるわけじゃない。
それに子どもは手強い。
昨日成功した方法を、今日は全力で拒否されることだってある。
(おかげで、飲ませ方の引き出しだけは増えたんだよなぁ)
特に大変だったのが朝だ。
検温して、朝食を見て、点滴を確認して、処置もある。
その合間に、
『お薬やだぁぁぁ!』
『あとで飲む!』
『これ苦い!』
逃げる。泣く。口を開けない。
そして、その「あとで」が永遠に来ない。
(はぁ……朝から内服介助、大変だったなぁ)
どうすればこの子が飲めるか。
好きな味は何か。一口でいけるのはどれか。
毎回、小さな作戦会議だった。
ようやく飲めたときには、
『飲めたー! すごい!』
なんて本人以上に喜んでいた。
もちろん、頑張ったことを褒めるためでもある。
(半分くらいは「よし、内服終わった!」の喜びだった気もするけど)
そんな前世の苦労を思い出しながら、目の前のリトを見る。
「や!」
(……よし)
今世でも、私の引き出しが役に立つ日が来たらしい。
「リト、これなら食べる?」
「……ん」
リトの好きなものを、一口で食べ切れる量だけ用意する。
薬を混ぜて差し出した。
「あーん」
「あー」
ぱく。
「…………」
リトの動きが止まる。
(バレた?)
もぐ。
もぐもぐ。
ごくん。
(いった!)
「リト、飲めたー! すごい!」
思いっきり拍手する。
「しゅごい?」
「すっごい! かっこいい!」
ママもすぐに拍手した。
「本当! リトすごい!」
「へへっ」
リトの顔が一気に得意げになる。
(よしよし)
たった一口でも、この子にとっては大仕事だ。
嫌だった記憶だけじゃなく、「できた」という気持ちも一緒に残ってくれたら、それでいい。
「うまぁ」
「ん?」
リトが空になった器を指差す。
「もっと」
「……え?」
「もっと!」
(気に入ったんかい)
さっきまで全力拒否していたくせに。
「これはお薬のときだけね」
「やぁ!」
「どっちなの」
空の器を抱えて離さないリトを見ながら、思わず笑った。
子どもの内服に、絶対の正解はない。
その子が飲める方法を探すところから始まるのだ。




