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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第6話 方針

尹怜はヨリの背中を見つめていた。

(見習いの声が聞こえたような気がするが……気のせいか?

 いや、気のせいだろう)


ヨリが部屋から出ていった後、尹怜、朴紘範、白俊の三人は顔を見合わせた。

その場にいる全員が、一体なんだったんだ、という顔をしている。


朴紘範は、所有していた筆記用具を卓の上に出して、文字を書き始めた。

尹怜と白俊はその様子を黙って見つめている。書き終えると卓の中央に紙を置いた。

「こう書かれてましたね」


      ・

     ・・・   ・▽

三年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子

            


三年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子

           


一年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子


       ▽   現

今年 |丑寅卯辰巳午未申



白俊と尹怜は、再現された文字を見てから互いに顔を見合わせた後、朴紘範を見た。

ヨリが書いた紙を見ていた時間は長くはなく、全てを記憶するには無理がある時間だった。

しかしながら朴紘範は完璧に再現していた。

二人の視線に気づいてはいたものの、あえて説明せず流して本題に入ろうとした。

文字の一点に指を置いて説明を始めた。


「ここが今ですね。申の月です。左副承旨殿、申家一家惨殺事件があったのはいつでしたか?」

「三年前の申の月だ」

朴紘範は、三年前の申の月のところに指を当てる。

「印がありますね。では、尹志宇が井戸に落ちたのは?」

「三年前の卯の月」

朴紘範が該当する場所に指を当て直した。

「ここにも印があります。朴美香が落ちたのは?」

「三年前の卯の月……」

今度は白俊が指を当てて発言した。

「じゃあ、三年前の辰の月は?」

「確認が必要ですが、おそらく、王妃でしょう」

ここで全員が顔を見合わせる。

「印は、事件のあった月を表しとるみたいやな」

「三年前の寅の月はなんだ?

 それから三年前の酉の月と今年の辰の月はなぜ逆三角なんだ?」

「印が事件を表しているとすれば、事件のあった月……」

「井戸に転落した被害者は、四人やろ。

 三年前の寅の月はなんなんや?まだ被害者おったゆうことか?」

「それとも別の事件か……」

「三年前の寅の月については調べる必要がありますね。

 これは記録を遡るしかないでしょうから、私と左副承旨殿で調べましょう」

「あの〜、申英理の井戸転落は、その前に起きている井戸の話と関連があるのやろか?」

「一旦、別物として考えたほうがいいですね」

「わかりました」


白俊は腕を組んでしばらく考えた。

「ちょっとええですか?

 最初の被害者の尹志宇は左副承旨殿の妹、右議政殿のご令嬢、高鈴尹氏。

 それから朴美香は校理殿の妹で、領議政殿のご令嬢、久慈朴氏。

 次は元王妃で金民娥、当時の左議政のご令嬢、錦城金氏。

 みなさん由緒ある家門のお嬢様方ですが、申英理は?

 左副承旨殿の婚約者やからそれなりのご家門のお嬢様なんやろうけど……」

これには尹怜が答えた。

「申英理、成均館の最高責任者である大司成を長く勤め、晩年は知事で弘文館の大提学でいらっしゃった申賢演様のご令嬢だ。

 神峰申氏。著名な学者や官僚を輩出している家の家門だ。

 特に申英理の家系は、右に出るものはいないと言われる学者が出ている家系だ」


白俊は、珍しく難しい顔をして、唸った。

「あの……疑問しかないんやけど、聞いてもええ?」

「どうぞ」

「捜査はどのくらいやりはったんですか?」

「一件一ヶ月程度だ。王妃の件に関しては、捜査は一切なし。本人が奇跡的に生還したからな」

「自殺と判断されたのは、どこのお嬢様?」

「尹志宇だ」

「校理殿の妹君は?」

「事故か自殺のどちらか、と判断されたようです」

「ご遺族であるみなさん、納得しとらんように見えますなぁ。

 なんで、捜査終了を受け入れはったんですか?」

「遺体の状況から自殺、事故と判断された。事件として扱うには証拠不十分とされて、当時の王が捜査終了を命じた」

「え?なんやそれ。

 だって、みなさん由緒ある家のお嬢様方やないですか。

 しかもお父上の位は最高位に近い方々なのに……」

「国舅は娘の聞き取り調査を拒否した。思い出させたくないと言ってな。

 その後王命が出ている。そうなればどうすることもできない」

「父は、妹の死には、王家か巨大な家門が絡んでいると見ています。

 私が科挙に受かった時、父は必ず目的を果たせと言っていました」


白俊は、朴紘範の口元を黙って見ていた。


「私がこちらの世界に来たのは、科挙に合格し、状元になったお祝いをやっている時でした。

 本来そんな席なら、華やかで、賑やかで、楽しそうに浮かれるものでしょう。

 ところが自分の家族とされる人たちだけが、全く浮かれた様子がないんですよ。

 そして、神妙な顔をして目的を果たせ、なんて言われるから、承知しましたとしか言えませんでした」


尹怜は腕を組み視線を上の方に向けていた。時折目を瞑ったりしながら黙って話を聞いていた。

白俊が視線だけで朴紘範に続きを促す。


「科挙に合格後、弘文館の校理になりましたので、目立たぬよう地道にありとあらゆる文書を調べました。

 揀択に出ても不思議ではない妹と婚約者がいることはすぐにわかりました。

 妹が井戸に転落した事故で亡くなった記録も比較的簡単に見つけられました。

 それと同時に婚約者の尹志宇も井戸に投身自殺した記録も見つけました」


朴紘範は苦笑いをして続けた。

「どう考えてもおかしいですよね。自殺なんて。

 父は私に捜査をさせたくて弘文館に送り込んだんですよ」


「校理殿はやけに詳しいですが、その……体の持ち主ご本人の記憶があるのですか?」

「いいえ、私は自分の記憶しかありません。

 ですから、徹底的に記録を調べました。

 本人が残していた日記も読みましたので、記録にあったものは知識としてある程度把握はしているつもりです」


「そうですか……

 つまり、その、命令があるなしに関わらず、最初から調べるつもりやった、そういうことですか?」

白俊は、大きく息を吐いた。同時に朴紘範はゆっくりと首を縦に大きく動かした。

「それから、スンマヘン。わからない単語を教えてくれまへんか?

 揀択ってなんやの」

「王または世子の正室、側室を選ぶ儀式だ。

 むこうの世界の言葉で言うと、王室に入る女性を選ぶオーディションだ」

白俊は思わず呟いた。

「オーディション……」

「本人の意思や婚約者の有無に関係はない。

 揀択のために禁婚令が出され、両班の一定の年齢の女子は呼ばれたら参加しなければならない」

今度は朴紘範が続ける。

「選抜は三段階です。書類審査で選ばれた者が宮廷に集まり礼法の試験を受け六人に絞られます。

 ここからさらに三人に絞られます。残った三人の中から王室に相応しいものが選ばれます」

「最後の選抜を三揀択という。これが終わると禁婚礼が解かれる。三揀択まで残った者は王の女とみなされ婚礼はできない」


白俊は不快な顔をして思わず口走ってしまった。

「うわぁ、えげつない制度やな」

そう言って、思わず両手を口に当てた。

「ここでは気にする必要はない。だが外では絶対言うなよ」

白俊は神妙な顔をして首を二度ほど縦に振った。


白俊の発言で少し空気が軽くなったところで、朴紘範が口を開いた。

「そろそろ、調査の方針を決めてもよいでしょうか」

尹怜と白俊は頷く。

「王妃様への確認やな……」

「我々が近づけば怪しまれます。

 王を経由する方法も考えられなくもありませんが、王周辺にはありとあらゆる目と耳があります。

 それをかいくぐるには一筋縄ではいきません。

 時間を止めない限り難しいでしょう」

「王妃様も、俺らと同じでむこうから来ているけど、記憶を共有しておらんやろ?」

「おそらく共有していないだろうな。こちらにきたばかりの頃は、結構やらかしていたからな」

白俊は、何をやらかしたのか聞きたくてうずうずしていたが、そういう場面ではないと思い直し我慢した。

尹怜は指で卓の上を定期的に叩いていた。考え事をするときの癖だった。しばらくその動作を続けた後に指を上げたままの状態にして言った。

「白俊、見習いと共に、内医院勤務を使え」

「ああ、ちょうどそれを考えとった。内医院行くのは来週やけど、王妃様に会う手立て用意してくれるか?」

「それはこちらでなんとかする」

「お願いしますわ」

「三年前の寅の月は我々で調べます」

「では、後日また」

「ほな、また」


手始めにやることを決めた後、尹怜と朴紘範は部屋から出ていった。

白俊は、ゴロリと寝転がり、頭の中で来週まで何をすべきかを考え始めていた。


(王妃様の確認までに、噂拾って井戸に落ちたお嬢さんたちのこと調べたほうがええやろな……

 ついでに三年前の寅の月の話も拾うて見るか)


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