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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第5話 年表

尹怜とヨリは、囲碁の対局を始めた。

二人が石を置く速度は速かった。

白俊は、もはや興味がなさそうにしていたが、盤面から目は離していなかった。

一方、朴紘範は二人の石の置き方を確認しつつ、頭の中で勝負の方向性を検証しながら盤面を見ていた。


尹怜の様子がどうも違う。尹怜の碁は派手に勝ちに行くことで有名だ。

実力差があっても決して妥協せず容赦もしない尹怜の動きが全く派手ではないのだ。

(尹怜が、相手に合わせて調整している?

 ありえない)

朴紘範は考えながら二人の勝負を見ていた。


(違う。相手も派手なのだ。

 だから尹怜の手が目立たないのだ)

どちらも負ける気はない。勝つ気でいる。

しかし勝負がつかず、均衡を保っている様に見えるだけだ。


ヨリは、右手の親指と左手の小指を定期的に卓の上を叩くような仕草をとり始めた。

尹怜はその手の動きに気がついた。

わずか一瞬ではあったが、どこかで見たことのある動きだと思った。

しかし、それを思い出す時間ではないと思い、すぐにその記憶を閉じ込めた。


やがて、二人はほぼ同時に手をとめて静かに顔を上げた。

ヨリは尹怜に礼をして、最終盤面を帳面に書き留めた。

書き終えると、尹怜に帳面を差し出し、手振りで確認と署名を求めた。

尹怜は黙って帳面を見つめ、ほんのわずかに口角を上げて頷き、署名をして帳面と筆をヨリに返した。

尹怜の表情の変化を読み取ったのはヨリだけだった。

ヨリは改めて、尹怜に礼をして帳面を懐にしまった。


ヨリが碁石を片付け始めると、白俊が口を開いた。


「ほな、本題にいきましょか」


「あー、その前に一つだけ確認やけど、ここで話してもええ話なんですよね?

 ほれ、盗聴とか、覗き見とか、色々あるやないですか」

尹怜が説明をする。

「この部屋は、重要な話をするためにあつらえられた部屋の一つで、限られた者しか近づけない。

 さらにこの部屋に続く廊下に、俺と校理の付き人が控えている。

 近づくものがいれば彼らが制するし、必要な来客なら連絡が入る」

朴紘範がゆっくりと頷きさらに説明をする。

「付き人は話が聞こえる距離にはいません」


白俊はその説明で納得して話を始めた。


「では、聞かせてもらえますか?

 調査するにしても、行き当たりばったり言うわけにはいきませんやろ」


この一言で、先ほどの対局の時とは違う緊張が部屋の中に走った。

尹怜が話し始めた。


「以前、井戸に転落して亡くなった少女たちがいるという話はしたな」

「ええ、聞きました」

「一人目は、尹志宇。俺の妹で……」

「え?」

白俊の声には反応せず、尹怜は続ける。

「朴紘範の婚約者だ」

白俊は目を大きく見開いた。

「あ、ちょっと……まっ」

「待たなくていい。続けるぞ。

 記録上は、自殺ということになっている。

 二人目が、朴美香。朴紘範の妹で、彼女も婚約が決まっていた」

白俊は朴紘範の顔を見た。彼の顔には、いつもの穏やかな表情はどこにもなく険しいものだった。

「三人目が、現在の王妃、金民娥。

 これは詳しい情報がない。錦城金氏、国舅が人知れず箝口令を出し徹底的に情報を隠したが、部分的に残っていた記録があった。校理が見つけた」

「今のが井戸に転落した少女たちの話だ。いずれも記録上は、自殺か事故とされている」

尹怜はここで大きく深呼吸をした。続けて朴紘範が話を始めた。

「その井戸の事件の後に、両班一家惨殺事件が起きました。

 かろうじて逃げ切った娘が一人いたのですが、その後行方不明になっています」

尹怜は顔を横に背けて、一瞬目を瞑った。その後白俊の方を向いて話し始めた。

「行方不明になった少女の名前は、申英理。

 事件があった日、父親が機転をきかせて逃したらしい。逃げている途中で井戸に落とされたそうだ。

 偶然、自力で這い上がってくるところを目撃した俺が彼女を保護した。

 その後行方不明だ。俺が秘密裏に探し続けているが、いまだに見つからない」

「申英理が落ちた井戸は、よく人が落ちていたそうです。

 非常に浅い井戸で何か他の用途もあったようで、人が登ってこられるような作りにしたらしいのですが……

 事故が多いという理由で、申英理が落ちた直後に土で埋められました」


白俊は言葉を失い、しばらく呆然としていた。

誰も何も話さない時間、ヨリが紙に何かを書いている音だけが静かに聞こえてきた。

白俊は、やがて心の中で考え始めていた。

(この二人、思いっきり関係者やないか。冷静に捜査なんてできるもんやろか……)

(あ……中身は別人やったか……)

(ちょっと待て、中身別人やのになんで左副承旨殿は当時の話を知っとるんや?

 ん〜、まぁその辺は後で確認やな)


そんなことを考えていると、ヨリがソッと卓の上に紙を出した。


      ・

     ・・・   ・▽

三年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子

            


二年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子

           


一年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子


       ▼   現

今年 |丑寅卯辰巳午未申


白俊は、全員が見えるよう紙の向きを整えた。

すると、全員がヨリを見る。


「なんだこれは?」


ヨリは全員が見たことを確認すると、紙を手に取り蝋燭の火で燃やして灰にした。

そして尹怜の問いには答えず、部屋にいる三人に深いお辞儀をした後、碁盤を持ち上げた。


「待て」

尹怜はヨリの手首を掴んで止めた。


『いや、離して』

「え?」

ヨリが反対の手で尹怜の手首に触れた瞬間、尹怜はヨリの手首を離した。

尹怜にはヨリの声が聞こえたような気がした。


ヨリはそのまま部屋から出ていった。


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