第4話 保証
数日後。
白俊は、お茶を飲みながら、今日も妓女たちと楽しく会話をして遊んでいた。
そこへ左副承旨 尹怜、弘文館校理 朴紘範がやってきた。
妓女たちは、二人の顔を見て立ち上がり、礼をして部屋から出ていった。妓女たちと入れ替わりに碁盤を抱えたヨリがスッと部屋に入ってきた。
廊下には今日も尹怜と朴紘範の付き人が控えていた。
ヨリは白俊の前に碁盤を置いた後、尹怜と朴紘範にお辞儀をして、紙を出した。
“ご機嫌麗しゅうございます。ご無沙汰しておりました”
これに応えるように朴紘範はヨリに話しかけた。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
尹怜は機嫌が悪そうな顔をしてヨリを見て黙って会釈をし、その後事務的にその場にいる全員に伝える。
「二人いるならちょうどいい。校理、本題に入れ」
「そうですね。では早速…」
朴紘範は手招きで全員を卓の前に集めて座るよう促す。全員が卓の前に座ったところで話を始めた。
「先日白俊殿には、三年前に起きた事件を内密に調べてほしいと伝えました。
この件、ヨリさんにも加わっていただきたいです。
よろしいでしょうか?」
ヨリは朴紘範と尹怜を見つめた後、卓の上の燭台の蝋燭に火を灯した。
そして紙を取り出し、文字を書いて二人に見せた。
"わかりました"
白俊はこの紙を見てすかさず言った。
「内容も確認しとらんやないか……」
ヨリは紙に追記した。
"師匠はやるんですよね。なら私も師匠に続きます"
白俊はため息をついた。
朴紘範は二人の様子を見て、卓の上に、王印のある書類を四枚広げる。
四枚とも同じ内容だが、よく見ると全て二つに分かれている。
「これで白俊殿が望まれている身の安全が確保できます。
この書類が割符の代わりになります。ここにいる全員で半分を一枚ずつ持ちます。
残りはこちらで保管しておきます」
四人が紙割符を手にしてそれぞれ懐にしまうと、朴紘範は続けて竹の割符を二つ出した。
「念の為こちらもお渡ししておきます。左副承旨殿とヨリさんで半分ずつ、白俊殿と私で半分ずつ持ちます」
こちらもそれぞれが手にとって懐にしまった。
「紙の割符の管理はどないするんや?」
「弘文館で私が責任を持って管理します。
弘文館には大量の文書がありますので、このようなものの保管には最適な場所です」
そして穏やかに微笑みながら白俊を見て言った。
「白俊殿は、ここ数日の妓楼巡りで随分情報を集めたようですね。
倫理観や法令遵守や社会規範などに疑問を持たれたのは流石です。
以前左副承旨殿が白俊殿の妓楼出入りを反対された理由がこれでお分かりになったでしょう。
裏切り、寝返りが日常茶飯事ですからね」
白俊は、腕を組んで黙り込んだ。その視線は誰の顔も見ていなかった。
「白俊殿。唯一の生存者、王妃の確認はどうするか考えていただけましたか?」
白俊は誰にも視線を合わせず、ぼんやり考えるフリをしながら、この話持ってきて二回目でもう進捗確認かい、と心の中で文句を言った。
「割符をいただいたんは、今日ですよ」
「何に対しても卒のない白俊殿なら簡単なことですよね」
「……こういうのは、準備にかかっとりますんで、慎重に検討しとりますわ」
白俊は苦笑しつつも、口では丁寧に答えたものの、朴紘範のことを敵に回したくない男だと考えた。
(ヨリは、はなから乗り気やし、こんなもん渡されたらもう逃げられんな……)
ヨリはそんな白俊を見て立ち上がり、碁盤を卓の上に持ってきて、朴紘範を見た。
朴紘範はヨリの意図を察して微笑みながら頷いた。
ヨリは、黒と白の石を二個ずつ盤の上に互い違いに置き、黒の石で白の石を挟んで、白の石を黒い石に置き換えた。
朴紘範はその動きを見て、白い石を置き黒い石を挟み石を置き換えた。
そうして二人の遊びは四半時もかからず、引き分けで終了した。
二人は勝負がつかないようにあえてそのように石を置いたのだった。
ヨリは盤上の石の配置を帳面に正確に書き記し、朴紘範に見せた。
確認と署名を求める圧力があるのは明らかだった。
「間違いありません」
といい、朴紘範はヨリの帳面に署名をした。
ヨリは帳面のページを変え文字を書き、白俊を睨みながらその文字を見せた。
"この様にやるのです"
"今度はお二人でやってください"
そうして碁盤を尹怜と白俊の間に置いた。
朴紘範は黙って見守っている。
白俊と尹怜は、ヨリの圧に負けて、勝負を始めた。
一回目は、わずか十手で勝負が決まる。
ヨリは、白俊を睨みつけた後、盤の状態を正確に記録した。
二回目、これまた十手で勝負が決まる。
ヨリはもはや白俊の顔を見ようともせず、ただ盤の状態を記録した。
三回目、あろうことか、わずか五手で決着がついた。
尹怜が呆れた顔をして口を開いた。
「お前、勝つ気あるのか?」
それと同時にヨリも帳面の文字を見せていた。
"勝つ気あるんですか?"
白俊は苦い顔をして笑い下を向いた。
朴紘範は笑いを堪えていた。白俊に振り回されることが多い尹怜が、碁盤を挟むと完全に優位に立つからだ。
ヨリは、三回の勝負の記録をしっかりと書き、白俊と尹怜に見せて筆を渡した。
白俊は「間違いありません」と珍しく訛りのない言葉で言った後、諦めて署名をし、尹怜も白俊から筆を受け取り黙って署名をした。
ヨリは、署名の入った帳面を受け取った後、白俊と席を交代して尹怜と向かい合った。
そして、"碁"と書いた頁を尹怜に見せて、丁寧に礼をした。
尹怜は遠い昔を思い出した。
木刀を握りしめ、決闘だと言って何度も自分に勝負を挑んでは泣いて帰る女の子。
道のど真ん中に碁盤を置き囲碁の勝負を挑んできた女の子。
しかし、その時の雰囲気に似ているだけだと自分に言い聞かせ、すぐにその考えを取り払った。
そして、ヨリの意向に沿うことにした。
「いいだろう」
その時、尹怜は自覚はしていなかったが、明らかに口角が上がっていた。




