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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第3話 弟子見習い再び

二人が去った後、白俊はゴロンと寝転びながら、窓から差し込んでくる昼の光をぼんやりと眺めていた。

「物騒なもの引き受けてしもうたな……」

と一人ごちる。

「まぁ、しゃあないか」


そう言って上半身を起こし、両手を上に上げ、体を伸ばした。

一息ついたところで、部屋の入り口の方から控えめな合図が聞こえた。

「どうぞ〜」

というと、妓楼の女主人が、中に入ってきて丁寧に礼をした。

白俊は、その動きを見てこれまた面倒な話を持ってきた様子だと察し、口元をわずかに緩めた。

そして女主人の様子を黙って見ていた。


「白俊様、今日はお願いがあって参りました」


「お願い、とは?」


女主人は、丁寧に言葉を選ぶようにして慎重に話し始めた。

「実は……弟子を一人とっていただきたいのですが……」

白俊は目を細めて女主人を見た。

白俊にはすでに各地に弟子がいる。皆白俊となんらかの形で接点があった者たちだ。その中でも本人が希望して、なおかつ見込みがある者を弟子にしていた。

仮にも人の命を預かる仕事である。おいそれと誰でも弟子にはできない。

とはいえ、女主人にも世話にはなっているので無碍に断るわけにはいかない。

「弟子とは、また、急な話やな〜」

と軽くいい、話を聞くことにした。


女主人は、白俊が話を聞く用意があることを確認して話を続けた。

「ええ、本来なら妓女にしたいのですが……」

そこで言葉を選んでいるかのように少し考えていた。

「預かった経緯が経緯でして、おいそれとそうはできないんです」

白俊は眉を顰めて尋常ではないことを察した。

「教養は高いし、漢字の読み書きもできて、両班(貴族の身分)の遊びにも付き合えます」

白俊が言葉を引き取るように続ける。

「でも?」

「ですが、声を出せない上に、恐ろしく愛想が悪くて、妓女にしても客がつく見込みがありません」

女主人は、商売道具にはならない、ということを包み隠さずに話した。


白俊はその物言いに笑うしかなかった。

「それで医者に回すんかい」

「ええ、何より本人が医術に興味を持っておりまして……

 それにこちらとしても、医術に詳しい女が一人いるだけでだいぶ助かるんですよ」

妓女として使えなければ別の方向で使おうというところがなんともやり手である。

さすがに、主人になるだけのことはあるな、と白俊は素直に感心した。


「どの程度のもんか、ちょいと試してもええか?」


女主人は白俊に丁寧に礼をした。

「すぐに呼んで参ります」

そう言って部屋を出てからしばらくした後、再び扉が開いた。

女主人が、一人の少女を伴って部屋に入ってきた。少女は、音を立てずに動き、白俊の前に座った。

座ったまま丁寧に頭を下げた。その動きには無駄がなく、美しい所作だった。


顔を上げた少女は、表情のないまま黙って白俊の足元を見つめていた。

白俊は思わず息を飲み込んだ。そして何度か瞬きをした。


少女からは、問われるまで何も話さないという意思がはっきりと読み取れた。


女主人は深くため息をつき、半ば呆れた様子で少女に言った。

「自分から名乗るものでしょう」


少女は女主人の声を聞き、懐から帳面を取り出し、白俊の前に差し出した。

帳面には整った文字で名前が書かれていた。


"ヨリ"


白俊は腕を組んでヨリを睨みつけた。

「なんで医師なんや?」

ヨリは再び帳面を差し出した。

"生活するため"

"私に知識があることはご存知ですよね"

白俊は文字を見た後も黙ってヨリを睨みつけている

ヨリは今度は帳面とは別の紙を取り出し、文字を書いていた。書き終えると白俊に差し出す。


"まさか断りませんよね?"


"一緒に疫病対策をしたのに"


「ふぅ」


白俊は大きく息を吐き出した。

「わかった、わかった」

ヨリをじっと見つめながら静かに言った。

「弟子……弟子見習いでええんやな」


女主人は安堵し、深く頭を下げて

「ありがとうございます」

といい頭を上げてから白俊を上から下まで眺めるように見た。

明らかに値踏みをするような視線だった。

(妓女の扱いはこの上なく丁寧、決して手は出さない。重要な客の紹介だが、使えるわね)

「この部屋は、いつでも好きな時にお使いください。

 重要なお話をするのに適した部屋の一つです」

そういうと部屋から出ていった。


ヨリは、改めて白俊に深く礼をした。


白俊はヨリを睨みつけたままだった。ヨリもただ白俊を見ているだけだった。

埒が開かないと思い白俊が声を出した。


「二週間ほど留守にすると言ってたが、もうだいぶ経つで。どこで何しとったんや」

ヨリは白俊の前に帳面を広げて、サラサラと文字を書いていく。白俊はヨリの字を読み上げる。

「ここで師匠を待ってました。

 ってなんやそれ?」


「ここでのうて、違う妓楼に入り浸っとったらどないするつもりやったんや?」

白俊がそういうと、ヨリは首を傾げた。

そんなヨリの姿を見て軽く息を吐いた白俊は、再びヨリに質問をした。


「両班の遊びに付き合えるらしいが、何ができるんや?」

ヨリは立ち上がり、手で少し待てという合図をして部屋から出ていった。

白俊は一人呟いた。

「こっちでヨリと知り合おうて、流れの医者を初めてだいぶ経つな……

 こっちでの素性なんて気にしたことあらへんかったなぁ」

しばらくすると控えめな合図が外から聞こえたあと、扉が開いた。

ヨリが扉の前に座り、碁盤を丁寧に部屋に入れてから、すっと立ち上がり部屋に入ってきた。

静かに扉を閉め、碁盤を持ち上げ白俊の前に置いた。

その動作は優雅で整っているだけではなく、一切の無駄がなかった。


「囲碁は難しいで」


ヨリは首を振り、囲碁ではないことを示した。

黒の石をおき、白の石で挟んだ後、挟まれた石を白の石に置き換えた。


「ああ、それやったらいける」

「じゃぁ始めよか」


 * * * *


半時ほどの間に五回の勝負が行われた。結果は全て白俊の敗北だった。

白俊は苦笑いするしかなかった。

ヨリは碁盤の最終系の石の配置を丁寧に書き写した後、白俊に提示して間違いないかどうかを確認した。

「ああ、この通りや、間違いない」

白俊が認めると、署名を求めるような仕草をした。白俊は部屋の天井を見て目を瞑った。

そしてヨリの方に向き直り、観念したように筆をとり、自分の名前を書き入れた。

「相変わらず容赦ないな。加減ちゅうもの知らんのか……」

ヨリは帳面と筆を白俊から受け取り、これまた丁寧な仕草で片付けをした。


そんなヨリの動きを黙って見ていた白俊は、素直に疑問を口にした。

「ところで、その完璧で丁寧な所作は一体どこで覚えるんや?」


ヨリは帳面とは別の紙を取り出して、文字を書き白俊に渡した。

その後、昼間だというのに、卓の上にある燭台の蝋燭に火を灯した。


白俊は紙を受け取り、内容を見た瞬間に目を見開き、ヨリの顔を見つめる。


”神の申し子の住む峰に、その地と所作を継ぐ家あり"

"孤つ佇む峯の元に由緒だたしき家あり。その家の者、道を踏み外す"


白俊は文章をもう一度読み返し、頭の中で意味を整理した。


「これは、どういうことや」


ヨリが白俊に手を差し出し、紙を返すよう促したため、白俊は黙ってそれを返した。

そして準備していた別の紙を代わりに渡した。


ヨリは表情を変えることなく、受け取った紙を蝋燭の炎にくべ、灰になるまで目を離さずに見続けた。


白俊は、ヨリから受け取った別の紙に書かれた文字を読んだ。


"神の峰の家に住むの者、道を踏み外しき家の者に亡き者とされる"


白俊は、文字を見つめた直後から動けなくなった。


(なんやこれ、随分物騒な話やないか)


しばらくすると、部屋の外から賑やかな声と足音が聞こえてきた。

数人の妓女たちが白俊の部屋に向かっているようだった。

ヨリは、外から聞こえる音を聞くと、白俊が持っている紙を半ば強制的に受け取り、先ほどの紙と同じように燭台の炎にくべて灰にした。

燈明消しで蝋燭の灯りを消した後、白俊に深く礼をした。


妓女たちが白俊の部屋に入ってくると同時に、ヨリは碁石と碁盤を音を立てぬよう持ち上げ、静かに部屋の外に出ていった。


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