第二話 打算
「三年前に起きた事件を内密に調べてほしい」
白俊は、考えるフリだけをした。
(誰がそんな面倒なことを引き受けるんや?)
心の中で毒づいた後、きっぱりと言い切った。
「いやや」
尹怜は白俊の答えをあらかじめ想定していたが、直接その答えを聞くと眉を顰めた。
朴紘範は尹怜の表情を見て、ほんのわずかに口角を上げた後、静かに話し始めた。
「そうおっしゃると思っていました」
彼もまた、二人のやりとりを予想していたのであった。
「白俊殿」
朴紘範が穏やかな表情でゆっくりと話し始めた。
「王から依頼された内医院の勤務を三回も断っていらっしゃいましたね」
「今でも断りたい思うとります」
「それは困ります。流行こそしていませんが、まだ疫病は完全に終息しておらず、報告は上がってきています。
幸い白俊殿たちが中央でやった対策が地方にも普及して大事には至っておりませんが、
またいつ大流行するかわかりません」
ここで一呼吸おいてさらに説明を続ける朴紘範。
「これから冬に向けてまた新たな風邪が流行するやもしれませんので、白俊殿は内医院に必要な貴重な人財です。
週に一回とは言わずに、毎日出てきてほしいというのが我々の本音です」
その話を聞いて、ますます嫌そうな顔をする白俊。
「自由を保障するというお約束がありましたので、週に一度にしております。
しかし……」
「しかし?」
「事件の調査を引き受けてくだされば、内医院勤務を隔週に一度に減らすことも可能です。
左副承旨殿、王より預かった割符を」
そう言われて尹怜は、持ち運んできた包から割符を取り出した。
「内容を確認できんですか?」
白俊はそう言って手を出したが、尹怜は割符を持った手を上に上げて、白俊に渡さなかった。
白俊は尹怜を睨みつけながら言った。
「だいたい、医者に事件の調査させることに無理があるんとちゃいますか?」
朴紘範は続ける。
「いえ、今の段階では白俊殿が適任です」
「俺が適任?事件の調査なんてやったことないですよ」
「ええ、だからよろしいのです。
過去の事件の調査を極秘で行うのに、調査を専門とする者がやれば噂になります。
その点白俊殿は情報を集めるのがお得意ですし、各地にいるお弟子さんのツテを使って広く集めていらっしゃいましたよね」
ここにきてようやく白俊は、なぜ自分が事件の調査の要員に選ばれたのか半分は理解した。
白俊は小さくため息をついた。
朴紘範、この男は本当に侮れない。
提案を持ってくるが、断れないようにきちんと外堀を埋めていくのだ。
「割符もろうても、それだけじゃ割に合わんのとちゃいますか。
調査には費用も人手もかかりますやろ」
「左副承旨殿が用意した割符を見ると書いてありますが、
調査に必要な費用は、当然ですがこちら持ちです。白俊殿が調査に必要と判断したものは購入可能、かつ必要な人材の人件費もお出しします」
これまで黙っていた尹怜が畳み掛けるようにいう。
「どうする、白俊、この割符と引き換えに内医院勤務を減らし自由と金を手に入れるか、今まで通り毎週勤務するかどちらかを選べ」
「内容聞いてから決めてもいいですか?」
朴紘範は涼しい顔をして答える。
「聞いたら断れませんよ」
間を開けずに尹怜が続ける。
「お前が好きそうな事件だぞ」
「事件好きな奴なんておらんやろ」
そう言って白俊はため息をついた。尹怜が話を続ける。
「今から三年前、井戸に転落して死亡した少女たちがいた」
「少女たち?」
「ああ、三名だ」
「きな臭いやないか。なんでそういう事件の捜査が打ち切られるんや?」
「だろ。まだ続きがあるぞ」
「まだあるんかい……」
「その後、ある一家が何者かに惨殺される事件が起きた」
「こらまた、えらい物騒やな」
今度は朴紘範が説明をする。
「ええ、こちらは、娘一人がかろうじて逃げることができたのですが、その後井戸に転落して運よく這い上がったところ一時保護されたのですが、現在は行方不明です」
「こっちも井戸が絡んどるやないか……」
白俊は頭の中で計算をした。
物騒だ。物騒だが、自由と金は増える。
噂を集めれば自分の目的を達成する近道になる可能性もなくはない。
となれば、受けた方が良いが、確認すべきことがもう一つあった。
「内医院勤務を隔週に一度に減らすこと、すべての必要経費はそちらもちはわかりましたわ。
最後にもう一つ条件ありますわ」
白俊はここで、大きく息を吸い、朴紘範と尹怜を交互に見た。
「身の安全を保証してくれまへんか」
尹怜と朴紘範は顔を見合わせる。
「もちろんそれは保証します。
ただ、割符には書かれていませんので、書き直してから持ってきます」
「引き受けていただけますね」
もはや白俊が断れる状態ではなかった。
がっくり肩を落として言った。
「わかりました。やりますわ……」
「身の安全の保証、ほんまにお願いしますよ」
白俊が念を押すと朴紘範は穏やかな笑顔で頷いた。
「わかりました」
「そうそう、もう一つありました。井戸に転落した少女の被害者に、現王妃も含まれています」
「は? なんやそれ」
「井戸事件の、唯一の生存者です」
「唯一の生存者でも……記憶ないんやろ?」
「そうですね。
どうするか考えておいていただけますか?」
白俊は朴紘範を睨みつけて、心の中で文句を言った。
(こいつ……いきなり仕事させよった)
尹怜が思い出したように言った。
「ところで……見習いは最近どうしている?」
「大きな買い物をするからしばらく留守にすると言っとりましたわ。そろそろ適雑堂に帰ってくる頃とちゃいますか?」
「そうか、いないのか……」
尹怜はそういうと、朴紘範が続けて言った。
「では、後日また参ります」
そう言って尹怜と朴紘範は妓楼を後にした。
二人が去った後、白俊はゴロンと寝転んだ。
(ああ、そういえば……
疫病騒動で何もしとらんかったが、まだあの女宮中におったな……
ついでに一緒にやるか?)




