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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第一話 極秘調査

ここは領議政(朝鮮王朝における最高の中央官職)の別邸。

尹怜と朴紘範が人目を避けるように通されていた。


数日前、尹怜は、承政院で朴紘範とすれ違った時、小さく折りたたんだ紙を人目につかぬよう手渡されていた。

自席につき人目につかぬようゆっくりと開いた紙には日時と場所だけが書かれていた。

尹怜はその意味をすぐに理解した。


二人が茶を飲み終えた頃、朴紘範の父親である領議政と尹怜の父親である右議政が部屋に入ってきた。領議政も右議政も厳しい表情をしていた。


茶が四人分運ばれてくる。茶を運んだ者が部屋から出ていき、誰も会話をしない時間が続いていた。

この部屋には重たい空気が流れていた。

領議政はその場にいる者たちに茶を勧めたあと、汲み出しを手に取りゆっくりと口に含んだ。そして深く息を吐き出した。

一息ついたところで、領議政が口を開いた。


「三年前に発生した事件の話だ」

領議政は続ける。

「この事件で娘の美香が亡くなった」

さらに続きを引き取るようにして、右議政が続ける。

「我が家も娘の志宇が亡くなっている。王妃も被害者の一人だ。さらに…」

右議政はここで大きく息を吸った。

「さらに、怜の婚約者、申英理の一家も惨殺された」

「申英理はかろうじて難を逃れた後井戸に転落、その後一時保護された重要な参考人だ。

 しかし現在は行方不明だ」


尹怜は、申英理の名前を聞いた時、顔を上げずに視線だけ父親である右議政の方を見た。

どれだけ年月が流れても、この名前を聞くたびに胸の奥がざわついた。

尹怜は人知れず婚約者を探してはいたが、未だに見つからない。


「井戸に少女が転落した事件も、申家一家惨殺事件も当時は、証拠不十分で調査が打ち切りとなった」


しばらく空白の時間が流れた。

尹怜も朴紘範も何も言わずに自分の目の前にある煎茶碗をただ見つめているだけだった。

尹怜も朴紘範も二人ともこの事件で妹と婚約者を失っている。

それぞれの想いはあっても、この場では口にできない雰囲気だった。


沈黙を破るように言葉を発したのは、領議政だった。

領議政は言葉を選ぶように続けた。

「現場の状況から、自殺や事故として処理された。

捜査継続を求めたが、証拠不十分で認められなかった」

領議政の声は静かではあったが、深い悲しみと怒りに満ちた声音だった。

「王妃候補として噂されていた少女たちが、これだけ立て続けに井戸に落ちたことを考えると、自殺や事故として考えるには無理がある」


領議政は呼吸を整えたのちに続けた。

「王も代わり、当時調査を行った責任者の家門とのしがらみも薄くなった」

「そこでだ。今回王の許可を得て、改めてこの事件の調査を内密に行うこととなった。

 調査をする者としてそなたたちが任命された」


右議政がその後を引き取って言う。

「ここにその事件の当時の記録全てと、その後内密で独自に調査した記録を用意した」


尹怜は資料を手に取り、パラパラとめくってある名前を見つけたところで、資料を強く握りしめた。

我に返り、資料を閉じ、もとあった位置に戻した。


領議政は再び茶を口に含み味わった後、さらに続ける。

「実働部隊も少数だが用意した」


ここで朴紘範が口をひらく。

「もしやそれは、内医院臨時勤務の白俊医師とその弟子見習い、でしょうか?」

「二人への交渉は其方に任せる。

 他に必要な人員や物資があれば申し出よ」

朴紘範は静かに頷いた。

右議政は厳しい表情をして静かにいう。


「内密とはいえ、ようやく王の許可を得て正式に調査ができる運びとなった。

 そなたらも、十分注意し抜かりなきよう調査を進めよ」


尹怜と朴紘範は同時に述べた。

「承知いたしました」


領議政と右議政は、立ち上がり別邸から出ていった。


尹怜は立ち上がり、上を見て目を瞑った。

そして、心の中で呟いた。

(ようやくか……)


やや遅れて尹怜と朴紘範も別邸を後にした。

領議政の別邸は、人里離れた郊外の静かな場所にある、簡素ではあるが優雅な佇まいだった。

梅林に囲まれた場所で、庭を一望できる客間からは、緩やかな川の流れを目にすることができた。

景色を眺めて楽しむことなく、すぐに都に戻った。



 * * * *


ところ変わって妓楼。

医師白俊が楽しい余暇の時間を過ごしている。

現在は週に一度内医院に勤務しているが、基本的には流れの医師である。


妓楼通いは、春から初夏にかけて流行した疫病を、彼の独特の対策で市中及び宮廷に蔓延させず被害者を少なくしたという成果のご褒美だった。

交渉の結果、この褒美に期限が設けられていない。

いつでも好きな時に好きな妓楼に通えるのだ。

いくつか目星はつけており、その中で最もお気に入りのここ碧桃楼でお茶を飲みながら楽しんでいた。


「ええ空間や。俺の鼻歌がよう響いて上品に聞こえるで」


軽い調子でそう言うと、控えていた妓生たちの何人かが思わず笑いを漏らした。


通い始めて数日後、すでに白俊に入れ込み始めた妓女も現れ始めた。

そんな妓女たちに囲まれて楽しんでいるところ、

「白俊様、お客様です」

という声と同時に、二人の男が部屋に入ってきた。

妓女たちは、客の顔を見て、丁寧に礼をして部屋から出ていった。


尹怜と朴紘範は、自分たちに同行していた付き人にそれぞれ目配せをした。

それぞれの付き人は、主人の目の動きでその意図を察して頷いた後、白俊の部屋に続く廊下にそれぞれ離れて立った。


入ってきたのは左副承旨尹怜と弘文館校理朴紘範だった。

冷たい視線で白俊を見ていた尹怜が声をかける。

「久しぶりだな、白俊」

一方、朴紘範は穏やかな口調で話しかける。

「お元気そうですね」


白俊は、二人の姿を見ると、隠すそぶりもなく露骨に嫌そうな顔をして二人に形だけの挨拶をした。

「ご無沙汰しております。

 お二人ともお元気そうですね」


(二人揃って来よった。ロクな話やないな……)


「内医院は週に一回だし、最近ろくに診察もしてないそうだな」

尹怜はそう言って周囲を見回す。

「そろそろ遊び飽きただろう」


朴紘範は穏やかな笑顔で言った。

「新しい仕事を用意してまいりました」

しかしその目つきは、普段からは想像できないくらい厳しいものだった。


尹怜は表情を変えずに冷たい視線で白俊を見つめながら言った。

「三年前に起きた事件を調べてほしい」


(はっ……ふざけんな)

心の中でつぶやいて尹怜を睨みつけた後、別の考えがよぎった。

(それにしても、なんで俺に声がかかるんや?)


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