第35話 父親たちの思惑
皆一斉に尹怜の方を向く。
「王妃様の伝言ってなんや?」
「『体調不良と噂されるように振る舞っている』とのことだ。
だから、心配するようなことは何もないと。
それから……」
「それから、どうしたんですか?」
今度は知恵が聞いた。
「唐順希から、煎じ薬用の薬草を贈り物としてもらったそうだ。
うちに長くいて薬に詳しい使用人が、今調べている」
「左副承旨殿、それは話していいことなのですか?」
「お前のところにもきたのか?俺のところには、薬を詳細に調べろと言う指示の他に、この件皆に伝言しろと書いてあったぞ」
朴紘範は表情を変えずに答えた。
「そうですか……なら、いいのでしょう」
「唐順希の贈り物は、なんの薬やったん?」
「笑うなよ」
そう言いながらも尹怜の顔は微妙な笑顔になっていた。
「なんでも英気を養う薬とかで、
胃腸を整えるものと、心の臓を強くするものと、夜はゆっくりと眠れるものを適量に配合したもの、
だそうだ」
知恵があきれた顔をしながらクスッと笑った。
「なんでもありで胡散臭いわね」
「胡散臭い以前に、それはなんの治療に使うんだ、って思うよな」
「本当にその通りです。飲んだら元気な人も本当に体を壊すのでは、と思いましたよ」
「それ、なにげに毒も混じっとるんちゃうか?」
「そういうこともあり、体調不良に見えるよう振る舞うとのことだ」
尹怜がそう言った後、つぶやいた。
「そろそろ動き出しそうだ」
その直後、スタンドライトの明かりが消えた。充電が切れたようだった。
知恵はスタンドライトをしまった。
蝋燭の灯火が動き始めた。
* * * *
王妃の診察の日になった。
白俊、ヨリ、知恵の三人が揃って宮廷を訪問した。
知恵が入る時、朴紘範が宮門までやって来て門番に身分の説明をした。
おかげで、難なく宮廷に入ることができたのだった。
三人が中宮殿に着くと、白俊とヨリはいつものように、知恵はヨリに倣った通りに王妃に挨拶をした。
「王妃様、これは私の元で修行を始めた新たな弟子にございます。
後学のために、連れて参りましたこと、お許しいただければ幸いにございます」
王妃は白俊の言葉に頷いた後、言葉を続けた。
「表をあげよ」
知恵は王妃の言葉を三回聞いた後、ようやく顔を上げた。
しかし、顔を上げても伏し目がちで自分の顔は全て見せない角度に保ち、王妃の顔を見ず視線は王妃の足元を捉えていた。
「名を申せ」
知恵は姿勢を維持したまま挨拶をした。
「柳知恵と申します。此度、王妃様にお許しをいただき、学びの機会を与えてくださいましたこと、心より感謝いたします。
王妃様のご好意に甘んじることなく、百折不撓の精神で勉学に励み、王妃様のお力になれるよう誠心誠意を尽くして参ります」
「うむ。柳知恵とやら、其方も頼りにするぞ。
ぜひ白俊とその同行人を見習い、医術の勉学に励むのだぞ」
知恵は深々と頭を下げ、礼を言った。
「ありがたき幸せにございます」
続いて王がやってきた。王妃は王に上座を譲った。
知恵は今度は王に挨拶をする。
これまた、完璧な礼であった。
ヨリがいつものようにシャープペンシルを出して時間を止めてしばらくした後、左副承旨尹怜と弘文館校理朴紘範が中宮殿に到着した。
「見事な病人の化粧だな」
王妃を見るなり、尹怜がぶっきらぼうに言った。
「うまいでしょ」
王妃は得意そうに返した。
「全員揃ったな」
王は知恵に竹の割符と紙の割符を渡した。
「竹の割符の半分は王妃が持つ。紙は校理が厳重に保管する」
「手筈は整えてあります。我々が持つ紙割符と一緒に保管いたします。
知恵さん、どちらも紛失しないよう、肌身離さずお持ちください」
「かしこまりました」
「さて、始めるぞ」
尹怜の一言で、今回は朴紘範が最初に話し始めた。
「情報を集めて参りました。
まず、井戸に落ちた当日の話ですが、街中は春の祭りの準備中だったそうです。
当時、王妃様は唐順希を含む同じ年頃の女性たちとご一緒だったという目撃情報がありました」
ここで王妃が怪訝そうな顔をする。
「唐順希と一緒だった?」
「これは噂やからどこまでほんまか、ようわからない部分がありますが、付き人がおらんところを上手いように導き出されたそうです」
白俊の言葉を引き取って、尹怜は補足を入れた。
「女性数人と人の多い賑やかな街に出かけて、ちょっと高いところに上がった途端に消えた、
そういうことになっている」
「姿が見えないことに気づいた国舅が家中を探しても見つからなかったので、捜索範囲を街中に広げたがその日は見つからなかったそうです」
「翌朝、枯れ井戸で発見された。
救出された時は、無言で涙を流していたが、その後突然暴れたり奇声を発したりしていたそうだ」
「変わり果てた娘の様子を見て、国舅は王妃様ご本人の聞き取り調査を中止しました。
一緒にいた唐順希、他数名の聞き取り調査はありましたが、全員嫌疑無しでした」
「どうして?」
王妃は疑問を素直に口にした。
尹怜と朴紘範が、交互に話していく。
「『気がついたら、いなくなっていた』
『帰ったのかと思った』
全員がそう話している」
「『そもそも一緒に行く予定ではなかった』
『屋敷の前にいたから声をかけたけど、興味なさそうにしていた』
『でも、よくわからないけどくっついて来ていた』
『申英理にもくっついて歩いていただけだから、どこにでもくっついていく人だったんでしょう』
と唐順希が供述しています」
「国舅はこの件で、娘の経歴に傷がつくことを恐れたが……」
王妃は険しい表情をしていた。そしてつぶやいた。
「経歴に傷って何よ」
「最後まで聞け。
経歴ももちろん大事だが、事故ではなく事件だと考えており、犯人探しを諦めたわけではなかった」
「え?そうなの?」
「国舅、領議政、右議政、都承旨の四名で協議の上、宮廷に残る資料から王妃に関する記録を薄くし、王が変わったら捜査再開することを四人で決めたそうです」
「なぜ、王が変わってからだったのだ?」
今度は王自身が質問をした。
「先王と唐家の間で、何かを決めたようだ」
「唐順希をはじめとする数名の女性たちの供述から、事件ではないと判断されたようです」
「証拠不十分ということで、捜査打ち切りになった」
王妃は、ため息をついた。
「井戸の事件で亡くなった三名の被害者については、現在聞き込み調査をしています」
「報告はここまでだ。校理、我々は戻るぞ」
「それでは、失礼します」
必要なことを簡潔に話して、尹怜と朴紘範は中宮殿を後にし、それぞれ持ち場へ戻った。
王妃は複雑な表情をしていた。
「この体の持ち主のこととはいえ……
経歴に傷とか、王が変わってから、なんて言われると不快だわ」
「先王と唐家には何があったんだ?」
そう言いながら、王は、先王が亡くなる前に渡された手紙のことを思い出していた。
当時の状況を思い浮かべながら、まだ時期じゃないと思い黙っていた。
「なんや……俺も複雑な心境になったで」
「この時代のこの国の女性は、生きるのが難しいわ……」
しんみりした雰囲気を重く感じたのか、急に王妃が笑顔を作った。
「暗い話は一旦ここでやめましょう」
その言葉を聞いて全員が頷く。
「ところで、知恵さん。
むこうでのお名前は?何をやっている方なの?」
そう言って笑いかけながら、無邪気に質問する。
「あっ、私は高蔵美奈、職業は医者です。
知恵さんは?」
知恵は、内心げんなりしていながらも、それは表情や態度には出さなかった。
「青柳知恵、団体職員です」
「アオヤギチエ……、アオヤギチエ?」
一人ブツブツ言っていた王妃は何かを思い出したような表情をして正面を向いて、知恵に聞いた。
「もしかして、ウィウィ?」
知恵は黙って頷いた。今度はヨリが聞く。
「二人は知り合いなの?」
「中高の同級生なの」
王妃は嬉しそうに話した。
「知恵さんは、こっちにも知り合いが多いわね」
そういうヨリの言葉に、知恵は反応せず表情を変えることもなく、ゆっくり頷いた。
そして心の中で毒づいた。
(まさかここにも知り合いがいるとは。
それもよりによって、いたずら好きの天然かぁ……)




