第34話 井戸の位置
白俊は腕を組んで難しい顔をしているし、知恵は卓の上に肘をつき手の甲の上に顎を乗せて考え込んでいる顔をしていた。
ヨリがそんな二人を見て声をかけた。
「二人ともどうしたの?」
白俊と知恵は同時に答えた。
「唐家怪しいやろ」
「唐家が怪しいです」
尹怜がそんな二人の様子を見て素直に疑問を口にした。
「お前らどういう関係なんだ?」
これまた二人とも同時に答えた。
「友達や」
「友達です」
朴紘範は微笑みながら聞いているが、尹怜とヨリは納得していない表情をしていた。
白俊と知恵の二人は互いに顔を合わせることなく、相変わらず難しい顔をしていた。
「まぁ、ええわ。
王妃様の情報が集まったから、次は他の三人と申英理の事件やな」
「申英理も井戸に落ちてはいますが、一家惨殺も絡んでいるので、とりあえず別でいいんじゃないですかね」
ここでヨリは立ち上がり別室に移動した。その姿を朴紘範と知恵が見ていた。
朴紘範は、話題が申英理の方に向かないように話を進めた。
「まずは、他の三人が井戸に転落した件を、もう少し詳細に調べるのがいいと思います」
知恵は立ち上がり、薬剤庫にしている部屋の戸棚の下から紙を取り出して持ってきた。
別室にいるヨリには、井戸に落ちて亡くなった三名の話を始めますよ、と言って呼び戻した。
全員が揃ったところで大きな紙を卓の上に広げ、小さい紙をそれぞれに配った。
「知恵、これはなんや?」
「井戸の地図」
「作ったんか?」
「地図そのものは、いろんな種類のものを譲ってもらったんだけど、ちょっと大きくしてみました」
「ほぅ、店番しっかりやってくれてるんやなぁ」
「当たり前でしょ」
知恵は白俊に突っ込んでから続けた。
「お客様が店に来るたびにお惣菜やおやつを出していたら、お礼にって言って今私が興味ありそうなものを皆さんくださるの」
「それを元にどこで落ちたのか確認をして歩いたのか?」
「確認して歩いたというより、美味しい水を探しているって言って聞き回ったんです。
そうしたら、みんな親切に教えてくれるんですよね」
「どんなことを教えてくれるんですか?」
「水の味とか、どこの井戸は美味しかったけど、枯れてしまったとか。
枯れた後は人が落ちたとか」
「事件の話を直接聞かれるより、話しやすいわね……」
「いや、本当に美味しい水が欲しかったんですけど……私も稼ぎたいので……
今日店に来たトルモクさんも水の話をしたら、井戸の事件の話をしていったわ。
枯れた井戸には人が落ちるという話で、子供は柔らかいから助かるけど、大きくなると亡くなる人が多いと言っていたわ」
「地図の説明をしていただけませんか?」
「はい。丸で囲ってあるのが、人が落ちたと言われている場所です。
数字は順番です。
何枚かあるのは、いろんな人に聞いたからなんだけど、大部分が同じ場所ですかね?」
「この一枚は、最初の一件の場所が違うようだ」
「私が持っている一枚は、大きい地図と一致していますね」
「私のは、四件目の場所が違うみたい」
「俺のは大きい地図と同じや」
「さぁ、ではこれから一致するものだけを集めましょう。
違うのはこちらの箱に、一致しているのはこちらの大きい箱に入れてください。
じゃあ次はこれ。上から順番に手に取って合わせてください。」
そう言って知恵は、紙の束を再び持ってきた。高さにして約一寸ほどだった。
「知恵、お前どれだけ聞き取ったんや?」
「井戸の周りに人が集まってきたから、美味しい水と美味しかったけど今は使ってない井戸の場所に印をつけてって頼んだの。
人が落ちた井戸の水は使いたくないって言ったら、皆さんご丁寧に印をつけてくれたわ」
尹怜と朴紘範とヨリは驚いて知恵を見ていたが、白俊だけは、ああそう、という表情をした。
「白俊殿は驚かないのですか?」
白俊は頷きながらその場にいた面々に言った。
「聞きたいことがあんねんやったら、知恵に直接聞いて」
「えっと、知恵さん、どうしてこんなに集めたの?」
「昔の話だから、記憶が頼りでしょ。人間の記憶って曖昧だから、数を集めないと正しい場所が特定できないな、と思ったの。
他には何かありますか?なければ続けますよ」
そうして、知恵の集めた情報から、五人は井戸の場所を特定していった。
「こうしてみると、枯れた井戸は割と近くにあるんやな」
「工事の影響で水の流れが変わったのかも、という話をいくつか聞いたわ」
「左副承旨殿、工事があったかどうかは確認できますか?」
「確認しておく」
「場所の特定まで大体できたので、今日はこの辺でいいかな」
「あ、そうだ」
知恵が思い出したように呟いた。
「なんや?」
「店の前の通りを右側に進むと、突き当たりにお屋敷があるでしょう?
あそこ、なんか変なのよね」
「どう変なんや?」
「無理矢理お屋敷を広げた感じ?
なんて言うのかな、あの部分、昔は道路だったんじゃないか、と思うような感じなのよ」
「道路だった」
全員が一斉に尹怜の方を見た。ヨリは、僅かに悲しそうな顔をしていた。しかしその表情の変化は本人にしかわからないものだった。
「道路を潰して、自分の屋敷にするものなのですか?」
「普通はそんなことはしない」
「なんでそんなアホなことするんや?」
「なんか目的あるのかもね。
それから、そのお屋敷の正面に出てみたんだけど……」
皆が知恵に注目をしている。
「お屋敷から出てくる人が私の顔を見ると、怯えて逃げていくの」
「なんやお前、いつの間にかその屋敷でなんかやったんか?」
「入ったことなんてないわよ」
尹怜がその話を聞きながら、何かを考えていた。
「幽霊でも見たような顔をしていくのよね。
『とうとう出た』と言って真っ青な顔をして逃げていく人もいたわ」
尹怜と朴紘範は顔を見合わせて頷いた。朴紘範が知恵に聞いた。
「知恵さんの似顔絵はありますか?」
「ありません。作れという指示と受け取っていいですか?」
「はい」
「う〜ん。あんまりたくさん作りたくないし、ばら撒かないでもらいたいんですけど」
「ええ、そこは安心してください。
使う予定がなくなったらきちんとお返ししますから」
「わかりました。とりあえず、二部でいいですか?」
「お願いします」
「知恵を宮廷に連れて行く時の身分なんやけど……」
白俊が切り出した。
「左副承旨殿と一緒に考えておきました。
私の遠い親戚ということにしましょう」
「校理殿、その身分は貸金業はできますか?」
「派手にやらなければいいですよ」
「ええ、目立たないように、ひっそりやります」
「始める時には教えてくださいね」
「はい」
「ところで、この前宮廷で、久しぶりに唐順希を全く見たんやけど、雰囲気がえらい変わっとったな」
「そうね。以前は私たちが宮廷に行った時は、ずいぶんコソコソしていて、必ず物陰から見てたわね……」
「最近堂々としてますね。いろんな噂になっていますよ」
「『大王大妃と大妃が唐順希を認めたからそろそろ側室になるのだろう』とか
『王妃の妬みで長いこと閉じ込められていた』、『王妃よりもはるかに人格者だ』と言う話だ」
「一方王妃はかなり分が悪いです。
わけもなく長く閉じ込めていた批判もあるだけではなく、最近体調を崩してなかなか回復しないと。
近頃は体調問題を語られることが多くなりましたね」
白俊とヨリは首をかげた。二週間近く前に会った時には、長引く体調不良になりそうな要因はどこにもなかったからだ。
尹怜は腕を組んだまま、全員を見回した。
「王妃の体調の件で伝言がある」




