第33話 持ち寄り
「じゃぁ、始めよか」
白俊が、両手をパチンと合わせて最初の音頭をとった。
「二時間ぐらい時間が止まるのか…。」
空気の変化を感じ取った尹怜は呟いた。
すると、知恵が肩から下げている鞄から何か物を取り出した。蝋燭の揺らぎが止まった。
「店番、それはなんだ?」
尹怜が知恵を睨みつけながら言うと、知恵は白俊の後ろに隠れながら言った。
「あれ?違うものを取り出したかったんだけど……
暗いから、これを使えってことかな?
USB充電式の懐中電灯兼スタンドライト、のようです。」
朴紘範は笑いを堪えているし、白俊は呆然としている。
「ずいぶんいろんなものを持ってこれるのね?」
ヨリが笑いながら言う。
「必ずしも出したいものを出せるとは限らないみたい。
今、この場に必要なものを取り出すのかもしれないわ……」
ヨリはシャープペンシルを朴紘範に渡す。ヨリは朴紘範を書記と決めたようだ。
受け取った朴紘範は、穏やかな表情のまま一言付け加えた。
「私が話すときは、左副承旨殿に書いてもらうこととしましょう」
と朴紘範は、尹怜にも仕事を振ることを忘れなかった。
「俺からええか?」
「もったいぶらないで、早く話せ」
「王妃の事故が記録に残っていない理由を聞くことができた」
全員が白俊を見た。
「なんでも当時、その記録を残すように唐家がどこぞの役所に命じたらしく、
準備はしっかりとしておいたらしいんや。
事細かに書いたらしい。なんでこんなに詳しいんや、ちゅうくらい詳細が書かれてしっかり準備されとったんやと」
「それからどうなったんだ?」
「錦城金氏が裏から手を回し、記録に残さないことになったらしい。
事細かに書いた記録は全て取り上げられ手元に残っとらんらしいわ。
当時、唐家の当主が、国舅に記録を揉み消されたと、相当怒っておったらしい」
「どうして、記録を消されたことで怒るの?」
知恵は質問をした。
「記録に残れば、事件の被害者という傷がつく。その傷は揀択に出た時に不利になる」
「自分の娘を有利にするために記録に残すつもりだったの?」
「そのようやな」
知恵は半ば呆れた顔をしていた。一方は記録を残すために、一方は記録を消すために策を講じたわけだ。
自分の子供よりも自分や家の面子を重要視する、馬鹿馬鹿しい考え方だと思ったからだった。
続いて尹怜が話し始める。
「見習いが、春の宴会で見せしめにした男を覚えているか?
店番は知らんだろうから、後で白俊から聞いておけ」
ヨリはほんの僅かに面白そうな顔をして聞いていた。
「漢字を二十数個も間違えた主簿のことね。ちゃんと使ったんですね」
「俺に命令する女は、お前が二人目だ」
そう言って少し遠い目をしていた。
「まぁ、そこはいい。そいつから、面白いものを受け取った」
「先日、兵曹に行った際に主簿が持ってきた帳簿の確認をした。その際、王妃の事故の話の記録も持ってきた」
「どんな内容やったん?」
「当時の噂と、その噂をした民の末路、それから、事故の後の王妃の様子だ。
噂を消すために派閥内に出された指示の詳細も含まれている。
で、おそらく、白俊の言っていた詳しい記録がこれだ」
尹怜は、懐から主簿から受け取った記録の束を出した。
「わぉ、すごいやん、お前やるやないか」
「すごいが、正直こんなものは持ち歩きたくないな」
「では、こちらで安全な場所に保管しましょうか?」
と知恵は事務的に言った。
「ぜひ頼みたい」
「かしこまりました」
尹怜は、どこに保管するのか大体想像はついていたが、あえて確認はしなかった。
「内容は?」
「情報が多いから、今全部読み上げて確認すると大変だ。
校理が一度全部読んでいる。そのうち必要な時に、校理から引き出せばいい。
保管も店番がしっかりやるなら安心だ」
「ちょっと高いところに上がった途端に消えた、と書いてありましたね。
私が別の伝手から確認した記録には、その内容は書かれていませんでした」
「お前は何を見たんだ?」
「承政院日記の草稿です」
「日記の草稿は洗草されるはずだが……どういうことだ?」
今度は白俊が手をあげて質問をした。
「あ、すんまへん。洗草とはなんですか?」
「水につけて、墨を完全に洗い流し、紙を再利用することだ。
機密情報の漏洩を防ぐ目的もあるが、書いた文章が原因で処罰されるものが出ないようにする目的もある」
「洗草されず残っていた理由は、左議政である国舅が領議政と右議政に相談した結果だそうです」
「ちょっと待った。
領議政様と右議政様は同じ派閥やねんけど、国舅は敵対する派閥では?」
今度はヨリが説明する
「お三方は、成均館の同期でいらしたそうですよ」
尹怜は、なんで見習いがその話を知っているのか一瞬気になったが、この場では流すことにした。
「ヨリさんの言うとおりです。ここに亡き申賢演様を含めて、四天王と呼ばれる怪物集団だったそうです」
「どんな四天王やったんですか?」
「勉強はできる、剣の腕もさることながら喧嘩は強い、おまけに四人とも悪戯好きだったそうだ。
成均館ではよく怒られていたらしい」
「一番強烈な悪戯をやっていたのは、右議政様だそうです」
朴紘範は、ここで軽く全員を見回した。
「まぁ、そこはいいとして……
派閥が違うので、国舅が他の二人と一緒にいることは少なくなりましたが、やはり頼るときは頼るんですよ。
順序は今から話す通りです。
日誌を確認した都承旨が、同じ派閥の国舅に相談に行く。その後二人が、領議政と右議政のところに相談に行ったそうです。
領議政が国舅の頼みを受け入れて、王妃の事故の内容を全て残さないことにしました」
「お二人には受け入れることに何かメリットがあったのですか?」
「王が変わったら、一連の事件を調査することで合意したそうですよ」
「なんで、その時に調査しなかったんですか?」
「当時の王と唐家の密談により、捜査が打ち切られました」
白俊と知恵は、互いに同じことを考えていた。
(なんやそれ、王との密談で打ち切られる捜査って一体なんやねん。唐家怪しいとしか言えないやん……)
(えっっ、王との密談で捜査打ち切りってなに?唐の家って一体なんなの?)




