↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/39

第30話 妓楼の客

左副承旨尹怜が承政院の自席で書類の点検をしていた。

ちょうどその時、王から急ぎ便殿に来るよう呼び出しがあった。


便殿に着くと、そこには、白俊とヨリが先にいた。

少し後から、弘文館校理の朴紘範もやってきた。


王は尹怜と朴紘範の姿を確認した後、厳かな声で伝えた。

「今日は公主の診察の日だ。そなた達も同行せよ」

そして、蜜蝋でキッチリと封をした文を内官通じて二人に渡した。

王は尹怜と朴紘範に、ここで開けて確認するよう目で促した。

二人は無表情で内容を確認した後、細かく折りたたみ、文を懐の奥深くにしまいこんだ。

静かに一瞬だけ視線を強く交わし目礼をした。その後も表情は一切変わらなかった。

尹怜と朴紘範は先に便殿を出た。

白俊とヨリには「公主のことよろしく頼むぞ」と言っただけだった。

その言葉を聞いて、白俊とヨリは便殿を出た。


便殿から出てきた白俊とヨリは、朴紘範に案内され、大妃殿の一角にある公主の部屋に向かった。

尹怜は、後ろから三人の後をついていくように続いた。

公主の部屋に着くと、満面の笑みで瑞賢(ソヒョン)公主が待っていた。

そばには、公主付きの医女ジスもいた。

白俊とヨリは公主の前でひれ伏した。

「白俊、見習い。

 この日を待ちわびておったぞ」

「公主様。お目通りいたします。王様の命により参上いたしました」

まずは、尹怜、朴紘範が公主に挨拶をし、それに白俊とヨリが続いた。

「左副承旨と校理も参ったのか?一体何用だ」

「公主様の御用をこの者たちと共に伺えとの王命にございます」

「そうか。王様は私がまた何か変な遊びを始めるとお思いなのだな?」

「そのようなことはございませぬ」

「うむ。わかった。そういうことにしておこう。

 ではジス、例のものを白俊と見習いに」

「かしこまりました」

ジスは、白俊の前に数冊の本を置いた。

「恵民署で続けている速効葉の投薬記録だ。

 そなたにぜひ使ってもらいたい。今後の治療に役立てよ」

白俊とヨリはさらに深くひれ伏した。

「ありがたき幸せに存じ奉ります。

 公主様のおかげで、民の健康が守られておりますこと、心よりお礼申し上げます」

「うむ。ところで白俊、そなた……

 噂では全く診察しておらず、遊び歩いているとか?」

白俊はひれ伏しながら、心の中で悪態をついた。

(誰だ?こんな変な噂を流すのは。確かに遊び歩いているが、診察はやってるぞ)

「恐れながら、診察をしていないという話は陰謀やもしれませぬ」

「冗談だ。気にするな。

 内医院に来て、講師をしていることもちゃんと知っておる」

そう言って瑞賢公主は可愛らしくクスッと笑った。

「ところで、今回は相談があって、そなた達を呼んだ。

 速効葉については、今後も研究は続ける。だが、そろそろ違う薬草のことも学びたいと思ってな。

 何か、別の薬草を見つけて欲しい」

下を向きながら、白俊とヨリはひっそりと目を合わせた。

「恐れながら……」

「なんだ、難しいのか?」

「仰せの通りにございます。

 お茶にはなるやもしれませぬ草はあるかもしれませぬが、薬として効能があるものかどうかまでがわかるには時間がかかるやもしれませぬ」

「もちろんそれは承知の上だ。

 まずは茶になるものだけでもよいのだ。

 速効葉のように薬として効果があるものがあれば取り上げたいだけだ」

「公主様のご慧眼、恐れ入りましてございます」

「では、白俊に見習い。茶にできるものをいくつか見つけたら、この二人を通して知らせよ」

「承知つかまつりました」

「ああ、そうだ。

 知らせを受け取ってから、会うべきと判断したらそなたたちを呼ぶ。

 私が呼ばない場合、この時間は王妃様の診察に行ってはくれぬか?」

白俊は、下を向いたまま、眉を顰めた顔をして不満を隠さなかったが、口では正反対のことを言った。

「かしこまりました。公主様の仰せの通りにいたします」

「うむ。左副承旨に校理、そのように手配しておけ」

「承知いたしました」


その日の晩。

碧桃楼の一室で、尹怜は一人の男と向かい合って座っていた。

尹怜は優雅な手つきで男に酒を注いだ後、自分の盃にも酒を注いだ。

「どうぞお飲みください。主簿殿」

と言って酒を勧めた。

男の名は、金正容。錦城金氏の一門だ。国舅のいとこの息子だった。

尹怜とは成均館の同期だが、年はかなり上だった。

尹怜が若くして科挙の状元になったのとは正反対に、卒業しても科挙に受からなかった立場だ。

金正容は硬い表情で尹怜を睨みながら、黙って酒を飲んだ。

尹怜は再び酒を注ぐ。

「酒だけではなく、食事もどうぞ。

 主簿殿がお好きなものを出しております」

怪訝そうな顔をして、尹怜を見続けている金正容。

「左副承旨殿が、この私になんの用かな?」

尹怜はさわやかに微笑みながら主簿に言った。

「五ヶ月ほど前、成均館の同期の集まりがありましたね。

 あの時、隣にいた女と何か賭けていらっしゃいましたね」

「忘れてくれ。あの女だけではなく、お前と朴紘範にトドメを刺されて恥ずかしくて歩けない」

「ご冗談を。

 漢字の間違いはともかく……偽物でも答案をしっかり暗記できたんですよ。

 自信をお持ちください」

「チッ、相変わらず嫌味なやつだな」

「真面目に勉強してれば成均館にも科挙にも受かってたでしょうに、と言いたかっただけですよ」

「左副承旨殿にそう言われるとは、光栄ですね」

金正容はため息をついた。

「ところでこれはご存知ですか?」

尹怜は一枚の紙を金正容の前に差し出した。

「うっ、これは……」

金正容の目が見開かれた。

「主簿殿も、これに絡んでいるのですか?」

「俺は絡んでいない。親父に絶対に手を出すな、と言われている。

 それが条件で今の地位だ」

「本当に絡んでいないのですか?」

「本当だ。俺がやればすぐバレて消されるから絶対に手を出すなと親父に言われた。

 俺は昔から何をやってもバレるから絶対にこの手のことはやらん。

 エグい消され方を見ているからな」

「そうですか」

「尹怜、お前これをどこで……?」

尹怜は口角を少しあげ、声を出さずに不気味に笑った。

「いくらでも入手方法などありますよ」

「……」

「出回っていることが知れたら、大変ですね」

金正容は、一瞬だけ少し怯えた表情をしたが、すぐに尹怜を睨みつけた。

「主簿殿に、いくつか聞きたいことがありましてね」

「お前、たかだかそんな紙切れ一枚で俺が口を開くとでも思っているのか?」

「いいえ。むしろ、身の安全を守る方法をご提案したいと思っていますよ」

「何?」

「どうしますか?

 協力すれば、王妃様が力を貸してくださるやも知れませぬぞ」

「その話は本当か?」

「ええ」

「どこまで本当だ?」

尹怜は、金正容に差し出した紙を懐の奥にしまい、代わりに別のものを取り出して主簿に見せた。

金正容はそれを見て、黙って頷いた後、再び酒を口に運んだ。

王妃のものとわかるノリゲ(衣服につける装飾品)だった。

尹怜はその様子を確認した後、ノリゲをいったんしまい、主簿に再び酒を注いだ。

「どうしますか?」

金正容は諦めた顔をして、大きくため息をついた。そして尹怜をまっすぐ見て言った。

「聞きたいこととはなんだ?」

「今日は、三年前の辰の月のことについて少しお話を……」

そう言った後、尹怜は懐から別の紙を出し、主簿の前に差し出した。

"王妃が井戸に落ちた件"

主簿の顔色が変わった。

「お前なんでそれを……?」

尹怜は凄みのある冷たい表情をして主簿を睨みつけた。

金正容は尹怜のその表情を見て背筋が凍るような思いをした。

尹怜は横を向き酒を飲み干した。空いた盃に酒を注いだ後、まっすぐと金正容を見つめた。

「教えていただけますか?」

尹怜は、静かに穏やかに言った。しかしその表情は冷たい表情のままだった。

金正容は大きくため息をついた後、尹怜に言った。

「明日、兵曹に帳簿を届けにいく」

「ありがとうございます。ではその時に」

金正容は、震える手に盃を持ち酒を飲んだ。それを見た尹怜は顔を横にむけ酒を口に運んだ。

そして金正容に改めて酒を注いだ。

「今宵は楽しく飲みましょうか。妓女も呼んであります」

尹怜は手を叩いて、女達を呼んだ。

「さぁ、主簿殿。お食事もぜひ召し上がってください」


妓女たちの笑い声が響く中、尹怜は静かに盃を手にとり、金正容は硬い表情のまま箸を動かしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。