第27話 意思の疎通
数日後、白俊は唐華楼に足を運んだ。
ここでもやはり妓女に囲まれている。
どんなに嫌でも、楽しそうな顔は崩さない。楽しい話を妓女に聞かせる。
さらに妓女の話はたっぷりと最後まで聞く。途中で遮ることなく、話している本人が納得するまでしっかりと聞く。
これが白俊が妓女に人気がある理由だ。
唐華楼でも女主人は白俊を丁寧にもてなした。
この妓楼は、唐家をはじめ、唐家と縁のある者が多く出入りをしていた。
しかしここの女主人は、口に問題がある、と白俊は思っていた。
「先日どこぞの家の方がいらしたんですけどね、ほんと品がないったらありゃしないんですよ」
「それに比べて白俊殿は、お上品で助かります」
白俊は、笑顔を絶やさず、礼を言いながら聞いている。
(嘘つけ、その口で白俊は下品だと言いふらしとるんちゃうか?)
そして、白俊は客の扱い方にも疑問を感じていた。
「ここは、かつて王妃を輩出した由緒正しい家門の者が出入りするところです。
あなたのような方に相応しい場所ではありません」
女主人や、出入りしている者たちが、気に入らない客はすぐに出入り禁止となる場所だった。
悪口や、下品な噂話で盛り上がるような場所は、正直長居はしたくない。
白俊は心の底からそう思っていた。
必要な話をいかに早く聞き出すか、笑顔の下で真剣に考えていた。
* * * *
さらに数日後。
ところ変わって、白俊お気に入りの妓楼、碧桃楼。
尹怜が白俊を訪ねてきた。
いつもの部屋に行くと、ヨリが部屋を整えていた。
「白俊はどうした?」
ヨリは帳面に文字を書き入れ尹怜に見せた。
"しばらく別の場所のところに行っています"
「そうか……いないのか」
尹怜は少し寂しそうな顔をしていた
ヨリは尹怜を見つめて何かを考えているようだった。
しばらくすると、再び帳面を尹怜に見せた。
"お時間があるなら、囲碁の対局をお願いできませんでしょうか?"
「ああ、いいぞ」
碁盤を挟んで、二人は向かい合い、互いに礼をしてから対局が始まった。
パチン、パチン、と石を置く音だけが部屋に聞こえていた。
尹怜は、ヨリと対局をする度に昔を懐かしみ楽しんでいた。
かつて自分に向かってきた幼い女の子。その幼子が成長して少女といってもいい年齢になる頃には、その辺の男性は勝てないほどの腕前になっていた。
尹怜はその少女との対局を楽しみにしていた。尹怜が囲碁で唯一楽しめる女性だったからだ。
彼女が自分の前から姿を消してから、自分が心から楽しめる囲碁をする機会は全くなかった。
しかし今、目の前にいる白俊の弟子見習いヨリは、尹怜の気持ちを刺激してくる打ち方だった。
ヨリの打ち方は、その少女のものと似ていたのだ。
一方、ヨリはヨリで、尹怜との対局を楽しんでいた。
表情には出さないが、久しぶりに自分より強い相手と対局できるのを喜んでいた。
喰らいついても、裏をかいても見事に破られる、そんな対局がとても楽しかったのだ。
(やっぱりこの人は、強い)
パチン。
尹怜が石をおき、勝負がついた。
ヨリはいつものように、最終盤面を丁寧に書き写していた。
書き終えると、いつものように、署名を求めて尹怜に帳面と筆を差し出した。
尹怜は自分の名前を書き、帳面と筆を返すとき、ヨリの手に触れてしまった。
尹怜は立ち上がり、すぐに自分の非を詫びた。
「これは、失礼した。大変申し訳ない」
ヨリもまた立ち上がり、尹怜を見つめながらゆっくりと首を左右に振った。
"大丈夫です。気になさらないでください"
尹怜は、この文字を見て安心はしたが、すまないという顔をしていた。
ヨリは、筆を携帯用の箱に入れ、帳面は懐にしまった。
『もう終わっちゃったか』
尹怜は、ヨリの声を聞いたような気がした。
声を出せないから、聞こえるわけがないので、気のせいだと思って流した。
ヨリは碁石を片付けている。
『もう一局やりたいな』
やはり尹怜にはヨリの声が聞こえたような気がした。
「あの……」
ヨリは碁石を片付ける手を止めて、尹怜を見た。
「今、もう一局やりたいと思っていなかったか?」
『あれ?なんでわかったのかしら』
「……今、なんでわかったのか、と聞いたか?」
ヨリは目を丸くして尹怜を見つめる。
『えっ?私の考えていることがわかるんですか?』
「今、『私の考えていることがわかるのか』と俺に聞いたのか?」
ヨリは首を振る。
「見習い、お前は今俺に話しかけただろう」
ヨリはさらに大きく首を振る。
『左副承旨殿は何をおっしゃってるのですか?
声が出せないのに、話しかけるわけないじゃありませんか』
「いや、俺にはきこえるんだが……」
ヨリはさらに目を見開いて、尹怜を見つめ続けている。
「だって今、『声が出せないのに話しかけるわけない』って言ったよな?」
ヨリは両手で口を押さえる。




