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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第26話 聞く技術

白俊はこれまで四軒の妓楼巡りをした。

ここは二番目にやってきた妓楼だ。その名を錦雲閣と言った。

悪くはない。女主人ももてなしてくれるし、居心地もそこそこいい。

女主人は、「ここは密談に最適なお部屋です。どうぞお使いください」と言って白俊を案内した。

だから一月程居座った。ここの女主人は、白俊を心からもてなした。だから、悪くはないのだ。

しかし、何か、こう決め手に欠ける、それがなんなのか、その時はよくわからなかった。

今なら決め手に欠けた何かがわかるような気がする。


昨晩も女主人は、白俊のところに挨拶に来た。

そして、前回と同じように、

「今錦城金氏の分家の金在明様がいらしてます。

 白俊様もどうぞ、ご一緒にお楽しみください。

 こういう人脈は、後で役に立ちますので、ぜひ私どものところで仲立ちしとうございます」

そう言って女主人は白俊を、金在明氏なる人の元に案内した。

白俊は、こういう場は嫌いではない。笑顔を絶やさず、相手の話を聞き通した。

「中央にいる錦城の傍系の義教が今度、山釜に行くことになった」

「ご当主に隠れて、内医院の不正片棒を担いだらしい。

 ご当主の怒りをかい、自主的に退けと言われたそうだ」

「白俊殿は、内医院の薬剤不正の話はご存知でしたか?」

「いえ、私のような一介の流れの医者には、そのようなことを知るよしもございません」

そう言いながら、心の中でペロっと舌を出した。

自分が不正の証拠を集めた当の本人であることはもちろん黙っており、爽やかな笑顔で隠し通した。

「ところで白俊殿、最近兄が体調を崩しておりまして、機会があれば診察をお願いできませんでしょうか?」

白俊は笑顔で話を聞いている。

「急に何か変化があったのですか?」

「いえ、調子が悪いと五年ぐらい前から言っておりましてな。

 医者にも診せて容態が落ち着いているのですが、一度白俊殿にもみていただきたいとそう申しておりまして」

「ちなみに、今どちらのお医者様に診せていらっしゃるのですか?」

「李浚先生です」

「李浚先生と言えば、あの有名な?」

「ええ、有名ですね。しかし兄が一度白俊先生にも是非みてもらいたいと」

「いえいえ、あの有名な先生を差し置いて私などが兄君の診察をするなど、とんでもないことです。

 李浚先生がよくご存知ですから」


白俊は、ヨリから事前に中央の医者の情報をもらっていた。

"ここに書いた医者の情報は全て覚えてください"

"診察してくれと依頼してくる両班がいたら、必ず断ってください"

"診察を頼んだ人の名前も必ず覚えておいて、後で教えてください"

要は、引き受けると潰される可能性がある、ということらしい。


そういう理由で、白俊はのらりくらりと診察を断っていた。


ここの客は、金太郎飴を切ったかのように、皆同じ話をする。

一族の者がどうなった、同じ派閥のどこの家はどうなった、国舅が今度は誰をどうするか、何をするか。

派閥内の者の誰が引き立てられて誰が飛ばされるか、そんな話しか出てこない。

この話が終われば、白俊への診察依頼である。

妓女たちも同様だ。

ここにも白俊たちに入れ上げている妓女は何人かいる。

しかし、彼女たちが持ってくる話は、派閥の話と診察の依頼だった。

中には拾って損はない話もあるが、いつも同じような話なので、正直飽きてしまったのだ。


 * * * *


今、白俊は、錦城金氏が集う妓楼において、妓女たちに囲まれている。

何か面白い話をしてくれ、とせがまれたので、自分が幼少の時に聞いた怪談話をしていた。

怪談話をする時期はとうに過ぎたが、どうしても今日はこの話をしたかったのだった。


「白俊様、続きは?」

「ここからがすごいっておっしゃってたじゃない〜」

「聞く?」

「聞きたい〜」

「ほんまに怖いで」

「怖いなら嫌」

「怖くても聞きたい」

「いやって言ってる奴おるんやったら、やめとこか」

「ダメよ、ここまで話聞いたら最後まで聞きたいわ」

「私も」

「私も」

「私は嫌よ」

「嫌な人は耳塞いでなさいよ」

「う〜ん、でも白俊様の声は聞きた〜い」

待ちきれなかった妓女の一人が言った。

「それで〜?

 井戸に落ちた人はどうなったの?」

白俊は目を細めながら暗く低い声で話し始めた。

「人が落ちた井戸は、すぐさま使用を禁止され、落ちた人を救い出そうと、お役人がやってきた。

 お役人様たちは、落ちた人を必死に探した。

 しかし、その井戸には、きちんと底があるにもかかわらず、落ちた人は一向に見つからない……」

「や〜ん、怖いわ」

「見つからないなんて不思議ね」

「どうして見つからないの?」

白俊は、妓女たちの様子を確認しながら話を少しずつ進めていく。

「その井戸は、人が落ちても這い上がってこれるような構造になっていた」

「な〜んだ、そんな〜」

「いないってことは助かったのね〜」

「怖くなくてよかった〜」

そこで白俊は不気味に笑い出す。

「フッフッフ……」

妓女たちは、ゾッとした表情をした。

「お役人たちもそう思い、その日の捜索は終わりにした。

 翌日、落ちた本人はまだ帰ってきていない、井戸にいるかもしれないからもう一度探してほしい、と家族が役所に頼み込みに行った」

「えぇっ?」

「お役人が、家族の依頼を受けて、再び井戸の前に行った」

白俊はここで息を顰め、口に人差し指を当てて、みんな声を出さないでね、という仕草をした。

その場にいた妓女たちは、全員息を殺すようにして白俊を見ている。

白俊が息を吸ったその瞬間。

パァーン

という大きな音が鳴った。

「きゃーっっ」

「いやーっっ」

「白俊様〜怖いー」

妓女たちの悲鳴が部屋中に響き渡ったその瞬間、妓女たちは白俊に抱きついた。

白俊は目を顰め、かなり苦しそうな表情をした。

「なぁに?今の音」

白俊は、風船をこっそり持っており、怪談話の効果音に使ったのだった。

「続きがあるんやけど……」

「白俊様、今の怖くて肝を潰してしまったので……」

「今度はもっと楽しくて素敵な話を聞きたいわ」

「ええ、私もそういう話がいいわ」

「じゃぁその話は、また今度な」

「は〜い」

妓女たちは次々に返事をし、白俊のいる部屋から出ていった。

白俊が一息つこうとしたところ、一人の妓女が笑顔で近くにやってきた。

「私は、こうでもしないと白俊様の近くに寄れないから」

「君のこともちゃんと見とるよ。

 何か言いたいことでもあるん?」

「ええ」

「なんや?」

妓女は白俊のそばにやってきて、白俊にしか聞こえない声で、白俊の耳元で何やら囁いた。

白俊は表情を変えずに黙ってその話を聞いていた。

「そうなんか?」

白俊がそういうと、妓女はゆっくり頷き、スッキリして満足した顔をした。

「内緒ですよ……」

微笑みながら、小さな声でさらに続けた。

「この話、唐華楼にいる子が詳しいわよ」

そう言い残して、妓女は部屋から出ていった。


(唐華楼か……

 あそこ、行きとうないんやけど、これ聞いてもうたら、行かなあかんわなぁ)


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