第25話 女の政治
王妃は大王大妃殿に挨拶に来ていた。
大王大妃のそばには、国舅の姿もあった。
大王大妃と国舅の冷たい視線を受けている中、王妃はどちらかの言葉をひたすら待っていた。
今ここで言い訳を始めれば、言葉の多い者として嗜められることを知っていたからだった。
この沈黙は、国舅の一言によって破られた。
「いつまで黙っておる。このままでは大王大妃様もお疲れになるだろう」
王妃を見ていた大王大妃も声を出した。
「王妃、今日はそなたが何か我々に説明したそうに見えるが、違うか?」
王妃は目を伏し目がちにしていたが、この時を待っていたとばかりに少し顔を上げた。
「大王大妃様と国舅様に、折入って申し上げたき議がございます」
「申してみよ」
「近頃宮廷内にて噂になっている、私と唐の娘の件でございます」
「あの者がどうかしたのか?」
「噂も含めて、あの者をしばらくそのまま泳がせておいてください」
大王大妃と国舅が顔を見合わせた。その後二人はほんのわずかに笑みを浮かべた。
呼吸を整えたのち、大王大妃が再び王妃に聞いた。
「どうするつもりなのだ?」
「しばらく、好きにさせておきます」
「何か策はあるのか?」
「はい。いくつかございます」
「いつ動くのだ?」
「まだ、先です」
大王大妃は厳しい視線で王妃を見つめた。
その視線を感じ取って、王妃が答える。
「綻びが出るまで、待ちます」
「そうか。
抜かりなきよう、準備しておけ」
「はい。かしこまりました」
「今日はもう下がれ」
「はい。本日はお目にかかるお時間を作っていただきましたこと、
心より感謝いたします」
王妃は大王大妃殿を後にした。
大王大妃と王妃の会話を黙って聞いていた国舅が大王大妃の方を向いた。
「何か言いたそうだな」
「疫病騒ぎを機に、落ち着いただけではなく、わずかながらも風格が出てきたような気が致します」
「うむ、今のところはそう見えなくもない」
「しかし、またいつ暴れ出すともわかりませぬ」
「国舅、そなたはそれが怖いのであろう」
国舅は目線を床に落とした。大王大妃はその様子を見逃さなかった。
「しばらくは、様子を見るしかなかろう」
ところで、噂の出所は突き止めたのか?
「はい。使いより知らせがありました」
「やはり、唐の娘か?」
「もう一人います」
「何?」
「大妃です」
大王大妃はここで乾いた笑いを漏らし、片方の口角を上げた。
「風見鶏、か。相変わらずだ」
「それから、先日大王大妃様が召し出した後、ここから出た時の歩き方がきっかけの噂もありました」
「私も認めた、という話だな」
「はい」
「どちらもわかりやすすぎる」
「王妃の言うとおり、そのままにしておきますか?」
「自分で片を付ける、と言ったのだ。
言葉の責任を取らせなさい。
手に余れば助けを求めてくるでしょう」
「わかりました」
二人とも言葉を交わさない時間がしばらく続いた。
ふと何かを思い出したように、大王大妃が切り出した。
「そろそろ、三年を過ぎたか?」
大王大妃は話を切り替えていた。
国舅は上を向き目を瞑った。そして大きく息を吐いた。
「はい。三年は過ぎました」
「先王が亡くなり、数ヶ月経ちました。
領議政か右議政に、当時の話を改めて打診する時期になったように思います」
「危うく我が一族が傷つくところだったのだ。
その借りは返さねばなるまい」
「はい」
大王大妃は、まっすぐ正面を見て深呼吸をした。
「民娥、王妃はあの時の記憶があるのか?」
国舅は静かに首を左右に振ることしかできなかった。
心の内では、我が家門に傷をつけた輩には、借りは必ず返すと心に誓っていた。
「大王大妃様、そろそろ戻ります」
大王大妃は国舅を見てゆっくりと頷いた。
大王大妃は、国舅が部屋から出ていった後、女官を呼び命を出した。
「今後は、唐の娘が来ても追い返せ」
国舅は大王大妃殿を出たのち、ゆっくりと落ち着いた歩みで執務室に戻った。
自席で文をしたためた。
* * * *
側室候補の居所では、唐順希が機嫌良さそうな表情をして書を読んでいた。
頁をめくる手を止め、指先で本の端を軽く何度か叩いていた。
大妃を味方にすることができた。
大王大妃のところにも呼ばれたから行った。
品定めされるようでいい感じはしなかったが、悪い感触はなかった。
この二人に直接会えたことは大きい。
ここだけ封鎖を解くのが遅かったおかげで、王妃を牽制する噂も流せた。
もう少ししたら、王妃に直接挨拶に行こうか。
自分についた女官は静かすぎるが従順な者二名、家からついてきた付き人が一人いる。
王室の一員になれば、手のものが増える。
それまでしばらく我慢だ。唐順希は自分にそう言い聞かせた。
* * * *
大殿には王と都承旨がいた。
王は都承旨が持参した書類のいくつかに目を通した。
その中には国舅からの文が混じっていた。
「都承旨、左副承旨に王妃と側室候補の監視をさせてもよいか」
「王様のご意向でしたら断るものはいないかと思います」
「そうか。では左副承旨にはそちから命じておけ、噂にならぬよう慎重に動け、ともな」
「かしこまりました」
王はその返事を聞いて一息ついた。
「それから、国舅にも伝えよ。
便りを見た。時期を見てこの件は伝える、とな」
「こちらも承りました」
その後二人は何事もなかったように談笑を続けた。




