第24話 草の旅
尹怜は目を覚ました時、薄暗い部屋を見て、ため息をついた。
(変わらなかっ……)
そこまで考えてから、布団の硬さが違うのに気がついた。
妙に白い寝台、軽い掛け布団、院内独特の匂いを感じ取って、上半身を起こした。
首にはキイトルソウの香袋が掛かっていたが、服はスクラブだった。両手にはしっかりと場違いな風呂敷を握りしめていた。
腕時計を見ると日付は一日しか変わっていなかった。
あっちの世界の疫病は終息したが、ここは新型ナルコラウイルスと絶賛格闘中だった。
起き上がって、顔を洗った。当直室に紙袋がないか探してみると、手頃なサイズの紙袋が二つあった。
風呂敷を紙袋に入れて、医局に戻る。
五十を目前にして、当直をすることになるとは想像していなかった自分は甘かったか、など考えながらほくそ笑んでいた。
どのみち独身だから、家を何日も開けたところで大した影響はないが……
昨日は寝ていた徳永義秀-王-と澤井紘範-校理-はいない。
尹怜、-速水怜- は近くにいた若い医師を捕まえた。
「徳永先生と澤井先生は?」
「徳永先生は緊急手術で、澤井先生は処置室に行ったまま戻って来ていません」
高蔵美奈-王妃-の姿が見えないことに気がついた速水は、さらに質問を続けた。
「じゃあ、高蔵先生は?」
「高蔵先生は、先ほど手術が終わったようです」
「そうか、ありがとう」
「失礼します」
若い医師は、必要なものを手に取ると早足で医局を後にした。
王も王妃も校理もこっちで動いているということは、あの世界はまだ夜か?その後は考えるのをやめた。
速水はスマートフォンを取り出してメッセージアプリを確認すると、白俊 -白川俊介- から連絡が入っていた。
"弟、俊哉に教えたの誰?"
なんだ、教えてなかったのか、そう思いながら返信をした。
"王妃とうちの病理医"
するとすぐ返信が送られてきた。
"その医者、これ見つけたのか?"
写真とURLが送られてきた。
写真を拡大すると、黄色い表紙の古く見える本で、『疫病記録一』と書いてあった。
なんとそれは、白俊が書いた鏡咸の疫病記録本だった。何度も読んだあの記録だ。
URLをクリックすると、疫病記録と書かれたものが三冊と、速攻葉調査と書かれたものが五冊も出てきた。
"これどうしたんだ?"
またすぐ返事が来る。
"この前UPしておいた"
速水は適雑堂に大量に置いてあった黄色い本を思い出して、わずかに口角を上げた。
(電子データにもしていたのか……)
今度は腫瘍内科の白川俊哉と病理医の小暮由梨にメッセージを送った。
"所望の草が手に入った"
二人からはすぐ返事が来た。
"十分以内に行く"
時計を見ると、まだ六時前だ。速水は深呼吸をした。
十分もしないうちに、小暮由梨が現れた。
「速水くん、おはようございます」
「おはようございます。来たか」
速水は紙袋を由梨の前に出した。
「どうやって手に入れたの?」
「ちょっと、ツテがあってな」
「詳しく説明できないのね?」
「説明がめんどくさい。さっさと持ってけ」
「ありがとう」
笑顔で紙袋を受け取った由梨は、風呂敷を取り出し包みを開けた。
「ずいぶんたくさんあるわね」
キイトルソウを紙袋に移し袋に入れた。
「こちらはお返しするわね」
綺麗に畳んだ風呂敷を速水に返した。
「ああ」
「小暮、文献を見つけたのか?」
「ほんの少しだけね」
「八冊分?」
「そんなにないわ」
「ここにあるらしいぞ」
速水はそう言ってURLをメッセージで送った。
由梨はスマホを確認して驚いた。
「ずいぶんいっぱい見つけたわね。こっちもありがとう」
そんな会話を終えると、由梨は姿を消した。部屋の向こうの廊下から白川俊哉の声が聞こえてきた。
「お?大量やん!」
「そうなの、いいでしょ」
「分けてくれへんか〜」
「一本だけよ」
そんな会話が聞こえてきた。
すぐに白川俊哉が部屋に入ってきた。
「速水くん、おーはよ」
「おはようございます。気持ち悪いぞ」
白川は、なんとも可愛らしいポーズで、花付きのキイトルソウを一輪、大切に握りしめて立っていた。
速水は手招きで白川を近くに呼び寄せ、紙袋を差し出した。
「ご所望の草だ」
白川の表情は、パァっと明るくなり無邪気な少年のような顔をして、紙袋を受け取った。
白川も風呂敷を取り出し包みを開け中を確認した。
「うわぁ〜、ぎょうさんあるやんか〜。しかもこっちの方が花がついているのが多いで〜
ほんま、この花、かわいいなぁ」
「食べても美味いぞ。ハーブティーにしても美味い」
「もう試したん?」
「俺もやってみよう〜」
「速水〜、おおきに」
白川はそう言いながら、速水に抱きついた。
「やめろ、気持ち悪いだろう」
白川を振り解いた速水。
「このご時世に人に接触するな。
次に抱きついたら、麻酔するからな」
「せぇへんやろ」
「じゃあ、二度とこれはやらん」
「え〜、そんなこと言わなんといて〜」
「お前は文献には興味ないんだな?」
「ん?」
白川はスマホを取り出し、ほんの少しだけ操作して速水に見せた。
「これやろ?」
「なんだ、もう知ってるのか」
「おととい俊介から連絡あってん」
「そうか」
満面の笑みで、今にも速水に抱きつきそうな顔をしている白川俊哉は、自制したようだ。
「ほんま、おおきに」
白川も風呂敷を速水に返した。
「ほな、また〜」
そう言って去っていった。
速水は白川の後ろ姿を見送った後、壁の時計を見た。
(まだ時間はあるな。次はいつ寝れるかわからないから、時間のあるうちに一眠りしておくか)
そう思った途端、急に眠気が襲ってきた。机の上に突っ伏して、速水は眠り始めた。
* * * *
速水は目覚めて上半身を起こし両腕を上に上げた。
(ん?上半身を起こした?俺は机の上に突っ伏したような気がするが……)
ハッとして周囲を見回して、がっくり肩を落とした。
そこは尹怜の部屋だった。綺麗に折り畳まれた風呂敷が枕元にあった。
外からは、朝の鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「また、来てしまったか……」
と、一人ごちる。そうして、諦めて立ち上がった。
* * * *
ところ変わって妓楼。
昼に差し掛かろうとする頃、いつもの部屋とは違う部屋で妓女たちと楽しそうに会話をしていた。
(いつでも好きな時に来てええと言われてんけど、やっぱ雰囲気ちゃうな……)
「白俊様、話の続きを……」
「ああ、そうやな。
続き行くで、ここからがすごいんや」
白俊の話を興味津々で待っている妓女たち。
白俊のその柔らかい表情とは裏腹に、虎視眈々と機会を伺いながら話を始めた。
(こいつらから、どないして情報吸い上げようか……)




