↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/39

第22話 回診?

白俊は、適雑堂は知恵に任せっきりにして、最もお気に入りの妓楼に入り浸っていた。

入り浸っていても内医院勤務はきっちりやっている。

疫病対策の成功もあるせいか、宮廷では、仕事はきちんとやる、遊びも真剣な医者、という噂になっていた。

左副承旨尹怜は、承政院の自席で白俊の噂を聞き、思わず表情を緩めた。

(フッ、遊びも真剣、か。まぁ、ある意味合ってるな)


数日後の昼下がりの妓楼、陽の光をやわらかく取り込んだ廊下に笑い声と香の匂いがゆるやかに漂っていた。

外から入ってくる光は白く、磨かれた床には淡い影が落ちている。

いつもの一室に向かって廊下を歩いている白俊。その後ろを数名の妓女たちがついて回っている。

一人が白俊の服の袖を引くと、話が始まる。終わるとまた別の誰かが袖を引き違う話が始まる。

半歩前へ出て、自分に向けて話しかけてもらおうと目を輝かせる妓女たち。


「それでな、その旦那がまたよう泣くねん。まだ泣くとこちゃうやろって話や」


白俊は身振りを交えながら話し、歩く速さを変えぬまま周囲へ視線を配る。

たちまち笑いが起こる。

さらにもう一人が肩を寄せる。

その様子は、ただ人気者というだけではなかった。

先頭をゆく一人を中心に、後ろに続く者たちがそれぞれ反応を返し、ときに相槌を打ち、ときに質問を差し挟みながら、まとまった一つの流れを作っている。


その様子を少し離れた場所から眺めていた弘文館校理朴紘範は、ほんのわずかに苦笑した。


大学病院で教授が病棟を回るとき、若い医師たちが白衣の裾を揺らして後ろに連なり、ひとつの所見も聞き漏らすまいと顔を上げる、

教授が何気なく口にした一言を誰かが繰り返し、別の誰かが補い、全員がその歩みに合わせて動く。

そんな回診の光景によく似ているような気がしたからだ。


妓女の一人が朴紘範の姿に気がついた。

「校理殿」

と言い、妓女らしい姿勢で礼をし、朴紘範に向けて挨拶をした。

それに続くように他の妓女たちも同じように挨拶をする。そうして全員その場から静かに立ち去った。

白俊は、朴紘範に先にお入りください、と言わんばかりに、いつもの部屋の扉を開けた。


そこには、先に到着していた尹怜と、ヨリが二人で囲碁をやっていた。

ヨリは、相変わらず、右手の親指と左手の小指は定期的に卓の上を叩くような動きをしていた。

尹怜は、ヨリの打ち方を見て、懐かしい気持ちになっていた。

「勝負!」と言って自分に挑んできた少女の打ち方に似ている、そう思いながら、黙々と石を置いていた。


勝負がついたらしい。ヨリは尹怜に礼をした後、丁寧に盤上の記録を帳面に書き留めた。

そして尹怜に署名を求めた。尹怜は求められた通り、署名をした。


「二人とも、昼間からなんなん?」

「非番だ」

「私も非番です」

尹怜は朴紘範に席を譲った。

「今度はお前が相手をしてやれ。俺は午前中からやっているので、今日は十分満足した」

尹怜は珍しく穏やかで懐かしそうな表情をしていた。

「久しぶりに、倒し甲斐がある相手が現れたからな」

朴紘範は少し驚いたあと、呆れた顔をした。

「ヨリさん、疲れていませんか?」

ヨリは涼しい顔をして、コクコクと頷き、朴紘範との勝負の準備を始めていた。

朴紘範が席につき、二人の勝負は始まった。


白俊は珍しく難しい顔をしていた。

「どうしたんだ?お前らしくない顔だな」

「王妃の井戸の話なんやけど、なかなか出てきぃへんな」

「そっちもか。こっちもほとんど記録が見つからない」

「市中の井戸に落ちて、そこから救い出されたんやろ。噂になってもおかしうないのに、一つも出てこぉへん」


ヨリが盤面を見てしばらく考えている。その間に朴紘範が発言をした。

「こちらもですよ。まだ何一つ出てきません」

白俊は腕を組んで天井を睨みつけている。

「あの家、そんなにすごいんか?」

「錦城金氏、巨大勢力だ。王妃の家門は錦城金氏の本家で国舅が当主。

 あの家が本気になれば、皆黙る」

「庶民にそこまで影響力あるもんやの?」

「影響力は、王家以上にあるかもしれない」

「えっ?」

「過去に何度も王妃を輩出している家だ」

「そんな家の、変な話はまずいと思うかも知れません。

 迂闊に話せば、危険です」

「一族も全国に散らばっている。どこかで一族の誰かの耳に入るかもしれない」

「庶民がそんなこと気にするん?」

「気にするぞ。

 変な噂を広めたのはこいつだ、なんて言われたらどうなると思う?」

白俊は目を丸くして、ひきつった声を出した。

「なんや、まさかそれだけで身に危険が迫るんか?」

「ええ、危険ですよ」

「人知れず消される感じ?」

「いいえ、いくらあの家でも、基本的には私刑はできません。やろうと思ってできないことはないでしょうけど。

 せいぜい、家族全員奴婢落ちですが、その後は過酷です」


白俊は、思わず両腕をさすって身震いをした。

ヨリと朴紘範が碁石を置く音だけが、部屋に響き渡っていた。


「白俊」

尹怜が白俊の顔に冷たい視線を投げかけながら言った。

「何か、言いたいことがあるのか?」

白俊は、我に返ったように尹怜の方を向いた。

「別の噂を拾うたわ」

「言ってみろ」

「ああ、なんや言いにくいな」

「構わん、続けろ」

「尹志宇の話や。自殺やった、っていう話やで。

 なんでも、領議政のご子息との婚約が決まったけど、婚約後も側室を望む家があったっていう話で……」

白俊は尹怜と朴紘範をチラチラと見て言い淀んだ。

「それから?」

「いいから続けろ」

二人に促されて、仕方なく続ける白俊。

「側室を希望する家の中に、尹志宇をよく揶揄っていた男性の家の女性がいて、お嬢様がその女性に苦手意識を持っていた、っちゅう話で。

 これが自殺の原因だったらしいという噂になっとる」

「校理、側室の話は本当か?」

「いえ、そんな話はひとつもありませんでした」

ヨリと朴紘範の囲碁はまだ続いていた。

「だそうだ。本人が言うんだから間違いない。

 都合のいいように、いつの間にか作られた噂だろう」

尹怜が腕を組んでため息をついた。

「揶揄っていた男性も、正確には、志宇を揶揄っていたわけではない」

白俊は不思議そうな顔をして尹怜の話を聞いていた。

「そいつらの標的は、申英理だ」

カチリ、と朴紘範の最後の一手の音がした。ヨリと朴紘範は礼をした。

「申英理にくっついて歩いていた志宇、朴美香が巻き添えを食っただけだ」


ヨリは盤面を書き写し、朴紘範の署名をもらった後、碁盤を部屋の隅に片付けた。

そして三人に丁寧に礼をして静かに部屋から出ていった。


「男どもって……、女性一人に対して複数の男性で?」

「ああ、ガキの頃からだ」

白俊は眉を顰めた。

「最初は、揶揄うのにちょうどいい相手だった。何しろ、年下だからな」

「申英理はくってかかるから、やつらも容赦しない。

 一緒にいる志宇も朴美香も当然巻き込まれる」

「それでどうなるん?」

「申英理と男どもは生傷を作り、双方泣きながら家に帰る」


(随分と激しい喧嘩やな……)


「年齢が進むにつれて、口論に発展していくんだが、男どもは申英理に勝てなくなり、

 志宇にも朴美香にも勝てなくなる」

「その男どもって、いったいなんなんや……」

「金持ちのドラ息子。いわゆる落ちこぼれだ。

 いるだろう、同じ年の中に入ると勝てないから、ちょっと生意気に見える年下をからかっているのが。

 そういう類だ」

「はぁ」


朴紘範はその話を聞いて、下を向いて笑った後、立ち上がった。

「では、用があるので私はこれで失礼します」

そう言って部屋から出ていった。


白俊は、真面目な顔をして尹怜に聞いた。

「実はお前が俺に何か用事があるんと違うか?」

「ああ、頼みがある」

「なんや?」

「その……速効葉、キイトルソウを束で分けてくれないか?」

「お、やっとキイトルソウっていうようになったんか」

「そこは流せ。で、分けてもらえるだろうか」

「ああ、ええで。適雑堂の庭に生えてるから、好きなだけ持ってけ。

 知恵に自分で言うとええ」

「じゃあ、早速行く」


尹怜は一人、適雑堂に向かって歩いて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。