第21話 店番
白俊とヨリは、宮廷から出た足でそのまま適雑堂にやって来た。
適雑堂は、店は空いていたが、売るものが何もないので基本的に客はいない。
来る客といえば、職業紹介料や家賃を支払いに来る者だけだ。
知恵は店の前で、棒を並べ、何やら計測をしているようであった。
「知恵、帰ってきたで」
知恵は立ち上がり、白俊に礼をした。
「白俊師匠、おかえりなさいませ」
弟子らしく振る舞った後、ヨリを見ると再び礼をした。師匠のお客様、という判断だった。
「知恵、店をしめて、入ってきぃ」
「かしこまりました」
そう返事をして、店を閉めて中に入ってきた。
白俊が、ヨリと知恵の前に湯呑みを出し、竹筒で水出しにしておいたキイトルソウのお茶を二人に出した。
白俊とヨリが茶を口につけたのを確認してから、知恵はお茶を飲んだ。
「はぁ、このお茶本当に美味しい……」
知恵は、しみじみとそう言った。その声と表情に偽りはなかった。
そんな知恵の様子を二人は黙ってみていた。
茶を飲み落ち着いたところで、白俊が軽く手を叩き声を出した。
「さあ、二人とも紹介するで」
ヨリはシャープペンシルを出した。その後、ヨリと知恵は、互いに向かい合い礼をした。
白俊は、周りの動きが止まったことを確認してから話し始めた。
「ヨリ、弟子にした子や。
店番、お使い、付き添い。それから事件の調査も一緒にやることになった」
白俊は、ヨリの方を向けていた顔を、今度は知恵の方に向けた。
「知恵、こっちはこの店の店主で、今は訳あって別のところに住んどる」
知恵は白俊の方を向き、どっちの名前?と口をぱくぱく動かした。
「むこうの名前とこっちの名前を言えばええ」
知恵は頷いてから、ヨリの顔をみて挨拶をした。
「青柳知恵です。まだ、何もよくわからないですが、こちらでは、柳知恵と名乗ろうとしています。
白俊師匠の弟子になりました。よろしくお願いします」
ヨリは目をパチクリさせた。
「森谷英理です。私はヨリと名乗っています。白俊師匠の弟子見習いをやっています。
声が出せるのは、時間が止まっている時だけなの。
よろしくお願いします」
知恵も目をパチパチさせた。そして互いに指をさし、同時に言葉を発した。
「ビーウィウィ?」
「モリエリ?」
それは、むこうの世界での、あだ名だった。
そんな二人の様子を見て、白俊は言った。
「ああ、二人は向こうでも知り合いやったな」
そして、「速水も知り合いやねんけど、なんであかんのや?」とボソッと呟いた。
「速水さんはダメじゃないけど、左副承旨殿は……かなりその、違うのよね」
知恵には聞こえていたようだ。
ヨリは、首を傾げていた。
「どのように呼べば良いでしょうか?」
知恵はヨリに聞いた。
「見習い、と呼んでください」
「はい……わかりました」
知恵は、しばらく何かを考えているように一点を見つめていた。
それから、何かを決めたような表情をしながら、白俊に言った。
「見習いさんに聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「俺やのうて、本人に聞いたらええ」
知恵は、恐る恐るヨリを見ながら、静かに聞いた。
「聞きたいことがあるんですが、いくつか質問してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ヨリは穏やかな表情で知恵を見ながら答えた。
「見習いさんは、自分の体じゃないですよね?ヨリさんの体なんですか?」
「ええ、この時代の人の体の中に入っているの。名前は別にあるけど、正体を明かすと危険な事情があるのでヨリって名乗っているわ」
「そうですか。
あ、では、ヨリさんの記憶とか、感情とかを共有しているんですか?」
「ええ、記憶も感情も共有しているわ」
「それって、どんな感じなんですか?」
ヨリの答えは、先日尹怜が言っていたものと同じだった。
よくわからないから説明はできない、でも基本的な性格が似ているのかもしれない、そういう話だった。
「ありがとうございます」
知恵は、納得したような顔をして、ヨリに礼を言った。
二人の様子から、話がひと段落ついたと判断した白俊は、知恵に連絡事項を手短に伝えた。
「身の安全の保証をする手続きをするから、一度宮廷に来いって。
来月行くで」
「どなたが仰ってたの?」
「王様や」
知恵は顔面蒼白になった。
彼女の頭の中ではいろいろな情報が錯綜していた。
「挨拶きちんとできなかったら、手打ちにされるの?」
白俊とヨリはしばらく顔を見合わせた。そして二人は、同時に知恵の方を向き笑った。
知恵は怯えたような表情をしていた。
「そんなことにはならないわ」
「ああ、大丈夫や」
「記憶を共有している見習いさんにお願いがあります。
この時代に通用する立ち居振る舞いを教えてください」
「ええ、わかったわ」
「一月でなんとかなりますか?」
「知恵さん次第よ」
知恵はしばらく考えた。一月でものにするためにどうすれば良いかをひたすら考えていたのだった。
「今、どちらにお住まいなんですか?」
「妓楼よ」
「えっ?」
「妓女じゃないけど、妓楼にいるの」
「妓楼……ただでは住み込めない、働くといえばいいのかな、でも妓女はやだし、人が多そうだし……うーん……」
知恵は何かブツブツと呟いている。
白俊は、また始まったな、と思いながら知恵を見ていた。
「午前中、見習いさんの妓楼の仕事を手伝います。
午後、二時間程度、教えていただけますか?
店番は、お稽古が終わってからやります。白俊師匠、それで問題ないですよね?」
「ああ、ええやろ」
白俊は、内心ほっとしていた。妓楼に住みたい、なにかタガが外れてそんなことを言ったらどうしようかと思ったからだ。
知恵が妓楼になんか行ったら、女主人は間違いなく妓女にしようと考えるだろう。
もちろん、正気の知恵ならそんなことは言わないが。
ヨリは、その時の白俊の表情を見逃さなかった。そして、ちょっぴり目を細めた。
「じゃあ、明日から早速始めましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
その後、白俊とヨリは、今日、王妃とソヨンから聞いてきた話を簡潔に伝えた。
知恵はその話を聞き、早速何かを考えている時の表情をした。
そして、しばらくしてから、白俊とヨリに言った。
「お店に来たお客様に、当時の話を聞いてみます」
白俊はその言葉に頷きながら言った。
「俺も妓楼で話を集めるで。知恵、ここはしばらく頼んだわ」
こうして、非公式ではあるが、調査が動き始めた。
* * * *
宮廷、大王大妃殿では、大王大妃と国舅が囲碁を打っていた。
「目的を言っていましたか?」
「ええ、とてもわかりやすい」
二人の対局は、静かにゆっくりと進んでいく。
「定石通りだったのですね?」
「あの娘、唐の娘は、言葉が多すぎる」
国舅が石を置きながら静かに言った。
「封鎖を解いた時から、監視をつけています」
大王大妃は何も言わず、石を置き続けた。
パチン、パチンと石を置く音だけが響いていた。




