第16話 共有
「三年前の寅の月の件です」
朴紘範がそういった途端、尹怜は再び空気の動きが変わったことを感じた。
次の瞬間、空中に薄い光が現れ、白い板のようなものが出てきてそこに文字が並び始めた。
知恵はその様子を見て白俊の背中を掴んだ。
「なにこれ?」
「校理殿、知恵に説明してあげてくれますか」
朴紘範はちょっぴり困った顔をしながら頷いた。
「私自身もよくわかっていないのですが、むこうから来ている人たちが集まって、共有したい情報があるときだけ出てくるようです」
知恵は目を丸くして、空中に浮かんでいる文字と朴紘範を交互に見た。
「私が書いた文字や見た文字が出てくるようです。
いつ出てくるのかわからないので、自分では制御できない能力のようです。
よく分かりませんが、強い縛りがあるのかもしれませんね」
そう言いながら、ほんの少しだけ笑っていた。
「これは、捕盗庁の記録です。三年前の寅の月の事件です」
被害者、孤嶺唐家、使用人、ウノ、十六歳。
枯れ井戸に転落
自殺、転落死
目撃者なし
遺体の状況より他殺の可能性あり
全員が映し出された文字を注視する中、朴紘範が説明を始める。
「これが、公式記録で確認できる、おそらく最初の被害者です」
知恵は首を傾げた。
「これだけなんですか?」
「はい。これだけです」
尹怜が補足の説明をする。
「今見つかったのが、これだけだ。
残っていないのか、散逸したのかは、これから調べる」
「そうですか……」
文字を見ながら知恵は疑問に思ったことをさらに質問する。
「自殺なのに、他殺の可能性あり、と書いてあるのはなぜですか?」
「おそらく遺体の状況からそう判断しているんでしょう。
写真はありませんが、絵に書いて記録はしっかり残してあります。
この時代の捜査も捨てたものではありません」
顎に手を当てて考え込んでいるように見えた白俊が、何かを思い出したような顔をして言った。
「あ……もう一人か?」
白俊は、尹怜と朴紘範の顔を見た。
「噂で、井戸の事故は五回あったと聞いたで」
そこで映し出されている文字が切り替わる。
・
・・・ ・▽
三年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子
二年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子
一年前|丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子
▼ 現
今年 |丑寅卯辰巳午未申
「今表示されているのは、先日ヨリさんが書いたものです」
朴紘範は、点があるところを指しながら説明していく。
「三年前の卯の月が尹志宇、左副承旨殿の妹、朴美香、私の妹です。
申の月が申家一家惨殺事件、生き残った申英理が井戸から這い上がった月です。
で今回わかったのが、三年前の寅の月、唐家の使用人ウノが被害者でした」
知恵が手をあげる。
「ちょっといいですか?
左副承旨殿も、校理殿も、被害者のご遺族ですけど……捜査なんてしていいのですか?」
「私の場合は、この体の持ち主との記憶は共有していません。
この本人について知っているのは、集めた情報だけです。ですから問題はないかと。
左副承旨殿は?」
尹怜は、腕を組みさらに難しい顔をした。
「俺は記憶を共有している。さらに感情も共有している」
全員が一斉に尹怜を見る。
「え?それどないなっとんねん?」
「説明が難しい。二つの人格があると思われるが、いわゆるDIDのようなものではない」
「DIDってなんですか」
「解離性同一性障害と言って、以前は多重人格と呼ばれていた。人格が別々に現れる」
そこで一呼吸置いて続ける。
「基本的には、むこうの人間なんだが……その……性格が似ている部分が多いのかもしれないな。
一部の感情や行動で、この体の持ち主のものが強く出る場合があるようだ。正直、俺もよくわからないから説明ができない。
まぁ、なので問題はなかろう」
「ふ〜ん、そうなんや。えらいややこしいんちゃうか」
「こんなこと説明を求められることはないから、大したことはない。
校理もおそらく、性格が似ているんだろう。記憶にある朴紘範と比べても違和感はない」
「おもろい、言うたら失礼やもしれへんけど、そういうもんなんやな」
白俊はしみじみと言った。
ここで朴紘範が話題を元に戻す。
「では、年表に戻りましょうか」
知恵が再び質問をする。
「三年前の辰の月の被害者は?」
「おそらく、現王妃、金民娥かと思われます」
尹怜が説明を始める。
「これに関しては、本当に記録がない。
あえて記録に残さず、徹底的に隠す意図があるとしか思えない」
「記録を見つけるのも難しいんやな」
「ええ、ですから、これは本人に聞くしかないのですが……」
「その本人も我々と同じで、むこうから来ている人間が入っている」
「しかも、私と同じで、体の持ち主の記憶は持っていません」
全員が考えこんで、その場が静かになった。なんの音も聞こえない。
すると白俊が思い出したように言う。
「そういえば、実家からついてきた付き人がおったな……」
「そうですね」
「後々話は聞くとして、王妃のところに行った時に、まずは本人に話を聞くのがええのんとちゃいますかね」
「そうだな」
尹怜は、空気の動きが変わるのを感じた。
「そろそろ動き出すぞ」
すると、浮かんでいた文字は消えた。
知恵はいつの間にか、スマートフォンをしまっていたようだ。
蝋燭の灯りが揺れ動き始めた。
「明後日が宮廷に行く日や」
白俊は、尹怜と朴紘範の顔を改めて見て、続ける。
「王様も呼んでおいてもらえます?」
「わかった。伝えておこう」
明後日の方針が決まったところで、尹怜と朴紘範は帰途に着いた。
「少しずつ進んでいくな……」
尹怜は、一人呟いた。
二人が去った適雑堂では、知恵が険しい表情をして宙を見ていた。
「知恵?」
白俊が知恵に声をかけると、知恵は表情を変えずに白俊を見て言った。
「最初の被害者、調べるの大変なんじゃない?」




