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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第15話 交渉

その日の夜、左副承旨尹怜と弘文館校理朴紘範が、仕事を終えたあと着替えて適雑堂にやってきた。

白俊は気持ち悪いぐらいにこやかに二人を迎え入れて、客間に通した。


家の中は、とても美味しそうな匂いで満たされていた。

卓には、既に小皿とレンゲが用意してあった。

「お腹が空く時間やと思うて、作っといたで」

白俊は、そう言いながら、大皿に何かを盛り付けて持ってきて卓の上に置いた。

尹怜と朴紘範は互いに顔を見合わせた後、気まずそうな顔をして固まっていた。

知恵は、客間の扉から部屋の中の様子を伺っていた。そんな知恵を、白俊は手招きして呼んだ。

知恵はそっと部屋に入ってきて、尹怜から最も離れた場所に座った。そして卓の上を見て固まる。

「さぁ食べるで〜。

 いただきまーす」

白俊だけが大皿から焼飯を小皿によそって、美味しそうに食べていた。

食欲をそそる匂いだが、見た目で食べる気になれない三人。

「ん?なんや、みんな食わんのか?

 見た目はあれだけど味は保証するで」

誰も何も反応できない。知恵は困った顔をし手を口元に当て、尹怜と朴紘範は顔面蒼白になっていた。

白俊はそんな三人にはお構いなしに美味しそうに食べ続けている。

「あの……俊先生、いくらなんでもこれは……」

「味は保証する言うとるやろ!」

「白俊、食事は、見た目っていうのは知ってるか?」

朴紘範も知恵も尹怜のこの言葉に同意して首を縦にカクカクと二回振った。

「なら、目ぇつぶって食え」

流石に勧められても食べないのは失礼かと思ったのだろうか、朴紘範が小皿によそって食べ始めた。

知恵と尹怜は朴紘範の顔をじっと見つめている。彼は表情を変えずに食べ続けている。

「これ、美味しいですね」

「せやろ」

知恵と尹怜は、目を瞑りながら恐る恐る食べてみた。

「あ、美味しい」

尹怜だけが、目を瞑ったまま無言で食べていた。


 * * * *


お腹が満たされて、片付けも終わりしばらくまったりしていた。

朴紘範が、姿勢を正し、改まって白俊の方を向いた。

「白俊殿」

「なんや、えらい改まって……」

「内医院勤務の件で、お話がございます」

白俊はうんうん頷いている。

「大変申し訳ございませんでした。

 隔週勤務にすると王に報告したのですが、王妃の横槍が入りまして週に一度の勤務に戻ってしまったこと、

 お詫びいたします」

知恵は黙ってその様子を見ていた。

(貴族が平民に頭下げるなんて……なんかちょっと違う……)

白俊はニヤリと笑った。

「王妃様と公主様の担当をするなら、要求もやることも変わりますやろ、その分ちょいと色をつけてもらえますかな?」

「報酬の話ですね?」

朴紘範が確認をすると、尹怜が口を挟む。

「何を言う。やることは変わらないだろう」

「王妃様のところに行くのは、診察は名目で別件が隠れとるやろ。

 公主様も同じや。用件は検討つかんが、なんや別件あるやろ」

「王妃に関してはお前の言葉が正しい。公主は俺も見当がつかない」

「王妃の診察はご要望に応じましょう。公主の件は、内容を精査してから改めて協議させていただいてもよろしいでしょうか」

尹怜が朴紘範を睨みつける。朴紘範は穏やかな表情を変えずに、手で尹怜を落ち着かせている。

白俊の口は笑っていたが、目は厳しい視線で朴紘範を捉えていた。

「そしたら、公主様の診察の報酬は別途協議やな」

「それから、依頼持ってくるだけやのうて、俺の目的も考慮してくれへんか?」

「確か、歴史がおかしい、唐順希が怪しい、と言う話だったな」

「帰るところなくなったら、みんなも困るやろ」

「確かにそうだ」

ここで朴紘範が、口を開いた。

「その件も、ちょうど相談したいと思っていたところでした。

 実は、今回調査している、井戸の事件の件とつながるかもしれない可能性がほんのわずかですが、出てきました」

「そうなん?ほな、お二人とも手伝ぉてくれると思てかまへんのやな?」

「ええ、それはもちろんです。いいですね、左副承旨殿」

尹怜は、ゆっくりと頷いた。

「もちろんだ」


白俊はここで一旦全員を見て、パチンと手を叩いた。

「さて、自己紹介しましょか」

そして知恵を見た。

「知恵、こっへ来い。今必要だと思うもの出していいから」

白俊にそう言われると、知恵は首を縦に振った。

尹怜は、周囲の空気がふわっと揺れるのを感じ取ったその後、眉を顰めながら喋り始めた。

「白俊、何をして長い時間止める気だ?」

「俺やない」

「お前か?」

尹怜は朴紘範を見る。

「私ではありません」

知恵は手にスマートフォンを隠すように持って、白俊の後ろまで戻ってきた。知恵の姿は、白俊の肩から目から上だけを出していた。

白俊は、おどけた顔をして、知恵を軽く指さした。

とりあえず尹怜は納得したようだった。


「知恵、もうちょっとこっちに」

知恵は相変わらず白俊の後ろにいたが、二人に姿が見えるような位置に座り直した。

そして、丁寧に礼をした。

白俊の耳元で小さな声で言った。

「なんて言えばいいの?」

「むこうとこっちの名前を言えばええ」


知恵は深呼吸をした。

「青柳知恵です」

「えーと、なにもかも、わかりませんが……

 ここでは柳知恵と名乗ろうとしています。

 先ほど、白俊先生の弟子となりました。よろしくお願いします」

「俺はさっき言ったからええな」

「澤井紘範です。こちらでは朴紘範と言います。

 宮廷勤めで弘文館の校理という役職です。よろしくお願いします」

「速水怜です」

知恵はわずかに目を細めた。しかしその変化は誰にも気づかれなかった。

「この世界では、尹怜といいます。

 宮廷勤めで左副承旨という役職で、みんなそう呼んでます。

 それがこの世界の常識みたいですね」

「よろしくお願いします」知恵は白俊の後ろに隠れそうな位置にずれてそう言った。

「知恵、呼び名はこっちの世界のもので呼ぶことにしとる。ええな」

「はい」

(そういうことか。だから平民に頭下げられるのね……)

自己紹介が一通り終わったところで、白俊は話を元に戻した。


「と言うことで、弟子が一人増えましたんで、この弟子を調査要員として認めてくれますか」

知恵は、白俊に耳打ちをする。

「俊先生、ちゃんと危なくない範囲でって伝えてください」

「今言うところや」

白俊は、知恵にそう言った後、尹怜と朴紘範の方を見て言う。

「この子の安全も保証して欲しいのと……こっちでの身分を」


「身分は用意しておこう。身分は何か希望があるか?」

知恵は尹怜を見ることができない。白俊に耳打ちをする。

白俊は目を大きく開いて、知恵を見る。

「そら自分で言えや」

知恵は下を向いて、キッパリと言った。

「貸金業みたいに、お金を流通させることのできる身分が欲しいです。

 あっっ、偽貨幣作るやつじゃないですよ」

そういって再び白俊の後ろに隠れて、尹怜と朴紘範を見ていた。

「いきなりそんなこと……言われた方も困るやろ。理由ぐらい教えてやれ」

知恵は白俊の肩から顔だけちょこんと出して言った。

「お金には……人も情報も集まると思いますので……」


「人を増やすということだな?」

「情報の収集は人が複数おった方がええのと、情報整理は早いうちからやらんとあかんのとちゃいますか」

「まだそんなに集めてないだろう?」

「これからぎょうさん集めなあかんやないですか。王妃様にお話伺いますやろ?

 そういう仕事を任せるのに適任や」


尹怜が知恵を見る。すると、知恵は「きゃっ」と小さく悲鳴をあげて、すぐさま尹怜から最も遠い、部屋の隅にパタパタと移動して小さくなっていた。

尹怜は、知恵の態度に面白くなさそうな反応をしたが、話を続けた。

「見習いがいるだろう」

「ヨリもおるけど、この子は俺らが気ぃ付かん視点をもっとるからな」

しばらく黙っていた朴紘範が口を開いた。

「そうですね、情報はなるべく早く集めた方がいいですね。古い事件だからこそ急いだ方がいいですね。

 人員追加は問題ないですね?左副承旨殿」

「お前がそう言うなら仕方あるまい」


そこで白俊がニヤリと笑う。

「この子に渡す報酬は必要経費でお願いします」

「わかりました」


「では早速……」

朴紘範は知恵を見て言った。

「一緒に聞いていただけますね?」

知恵は黙って頷いた。

「三年前の辰の月の件です」


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