第12話 湧き出た人間
少女は目を開き起き上がった。
いつものように腕を伸ばそうとした時、起き上がった時の感覚がいつもと違うのに気がついた。
腕を伸ばしかけた姿勢で、首を左右に動かし、ゆっくりと周囲を見る。
妙に古い景色、その景色にあった服装をしている人が数人歩いていた。夢にしては現実的な感覚だった。
風が体に当たる感覚は生々しく、乾いた土の匂いも、部屋の芳香剤の匂いとは違うものだった。
どうやら道のど真ん中にいるらしい。偶然通りがかった人は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
下を見ると路面は舗装されていなかった。ついでに服装を確認すると、自分の服も景色に見合ったものに変わっていた。
周辺の人影はまばらだ。
後方から馬の足音が聞こえてきた。
「え?馬?」
足音の方に顔を向けると、馬がこちらめがけて走ってくる。
自分は舗装されてない道のど真ん中に座り込んでいる。
「えっ?どういうこと?」
「でも逃げなきゃ…」
突然のことで足が動かない。
馬に蹴り倒されそうになるところで、一人の男が自分を引っ張った。
少女の体はふわっと浮いた。そして男の方に引き寄せられた。
「ありがとうございます」
立ち上がり礼をいって相手の顔を見ると、変な格好をした白川が、それも若い時の姿で立っていた。
「俊介?」
知恵は男を見てそう言った途端、足から崩れるように落ちて気絶した。
白俊は倒れた少女を慌てて支えた。
「おい、しっかりしろ」
そう言って呼吸を確かめ、手首で脈を取り正常であることを確認した。
「ふぅ」
白俊は大きく息を吐いた。この状態では、そのまま放置するわけにはいかない。
少女を抱き上げ、適雑堂に連れて行った。適雑堂に戻ると運良くヨリが来ていた。白俊は事情を説明した。
「しばらくここで面倒を見たいんやが、ええか?」
ヨリはこくこくと首を縦に振り了解した。
布団を敷き、少女を寝かせて看病を始めた。
昼間だというのに、左副承旨尹怜と弘文館校理朴紘範も来ていた。
「拾ってきたのか」
「ああ、意識失ったやつほっとけんやろ」
「まぁそれもそうだな」
「しばらくここで面倒見るで」
白俊はここで一呼吸置いてから、朴紘範を一度睨んだ後、悪巧みをしているような笑顔で嫌味ったらしく言った。
「こいつが落ち着いたら、ちょっと確認したいことがあるんやけど、ええですか?」
朴紘範は、内心ドキドキしながら、しかし穏やかで冷静な表情を崩さぬよう答えた。
「はい。いいですよ」
白俊は呼吸数、脈拍、水分摂取量をしっかり記録し続けた。
見た目の異常はなく、ただ眠っているだけのようにも見える。
自分がこちらに来た時に、ヨリが細かく書いていた記録を思い出していた。
目の前にいる少女は、その時の様子と同じような感じだと思った。
この予想が正しければ、面倒なことになるな、とも思っていた。
白俊は三日間、少女の様子を見ていた。
熱もなく、呼吸数も正常だった。おそらく、命に別状はないだろう。
顔もよく観察した。若いが、明らかに見覚えのある顔だった。
もっとも、他人の空似の可能性もなくはないが……。
少女をここに連れてきた三日後の夜、尹怜と朴紘範は仕事を終えた後に適雑堂にやって来た。
「様子はどうだ?」
そう言って尹怜は少女の顔を覗き込みながら脈をとろうとした。
その時、少女が目をゆっくりと開いた。目の中に飛び込んできたのは眉目秀麗な尹怜の顔だった。
「キャァ」
少女は、尹怜の顔を見た途端に悲鳴を上げて、横に転がり這って部屋の隅に行きしゃがみ込んで震えていた。
尹怜が少女に近づこうとすると、朴紘範は尹怜の腕をそっと掴み首を左右に振った。白俊に任せろということらしい。
白俊は少女の逃げ場を確保しつつ近づき優しく言った。
「大丈夫。誰も何もせえへん。診察したいだけや」
「診察ですか?」
「せや、三日間眠っとった」
「三日も……ですか?」
白俊は頷く。
少女は大きく息を吸って吐き、周囲の様子を見まわした。
「私は夢を見てるんでしょうか?」
「頬をつねってみるとええかもしれんな」
頬をつねるより手がわかりやすいと思ったのか、少女は手の甲の皮を引っ張りねじり、少々眉間に皺を寄せた。
少女の顔は血の気が引いたように青ざめていった。
少女から全身の力が抜けてもたれかかるように壁に寄りかかった。途方に暮れた顔をし、さらに全身脱力して倒れるようにして横になった。
白俊を見つめていたが、目には涙が溜まっていた。いつこぼれ落ちてもおかしくない状態だった。
その後しばらくぼんやりしていたと思ったら、今度は眠りについた。
半刻をちょっとすぎた頃、少女はごく小さな声で寝言を言った。
「……んすけ〜」
白俊は唾を飲み込んだ。
そして少女に近づき、顔を覗き込む。
少女が薄く目をひらくと、目にうっすらと涙を浮かべ、小さな声で「俊介〜」と言った。
「どうして若くなってそんな変な格好してるの」
「私も変な格好している……」
「薬の副作用に幻覚もあるの?」
そう言ってポロポロと涙をこぼした。
「俊介に、最初の治療が始まったって言いたいと思ってただけなのに……」
「これから話するわ。説明になるか、ようかわからんが……起き上がれるか?」
少女は頷き起き上がると、至近距離に尹怜の顔があった。
その顔を見て悲鳴をあげ再び意識を失った。




