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眠る身体、動く身体 ーー世子嬪(王太子妃)候補たちは井戸に落ちたーー  作者: 明日葉


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第11話 後始末

白俊が、王妃と公主の担当もすることになったと聞き慌てたのは、弘文館校理の朴紘範だった。

内医院勤務を隔週にする約束で、事件の調査を依頼したからだ。

ところが、王と王妃にひっくり返され、白俊は、内医院に顔を出す回数は毎週のまま変わらないこととなった。

王妃と公主の診察を月に一度白俊がやることになったためだ。

朴紘範が慌てふためいたのは言うまでもない。もっとも彼の外見からはそんなことは全くわからないのだが。


朴紘範は、今ならちょうど良い頃合いだろう、と思い書類を持ち席を立った。


一方、尹怜は、白俊が王妃と公主の診察を担当することになった件で、忙しくなっていた。

王命の伝達のために仕事が増えたため、複数の文書を抱え、便殿と承政院を往復していたのだった。


朴紘範は忙しそうにしている尹怜を見つけて、会釈をして近づいた。

その姿に気がついた尹怜が朴紘範に声をかけた。

「どうした?

 悪いが見ての通り今ものすごく忙しいんだが……」

朴紘範は声を小さくした。

「むこうのものは、今日はお持ちではないのですか?」

「随分焦った顔をしているな……」

「そりゃあ焦りますよ……」

「ちょっと待ってろ」


尹怜は立ち止まり、懐からパルスオキシメーターを出した。

「俺のは止まっている時間が短い。

 用があるなら、早く言え」

「左副承旨殿、今日は同い年の幼馴染として、いや、大学の同期としてお願いがあります」


尹怜は、念の為、周りの様子を確認した。

「今は時間も人の動きも止まっているから気にするな」

「では敬語ではなく、普通に話しますよ」

「ああ、そうしろ」

「頼む、助けてくれ」


尹怜は目を顰める。

「お前が改まって頼み事なんて一体どうしたんだ?」

「白俊には内医院勤務を隔週にすると言ったのに、王と王妃に反故にされて困っている」

「昨日、王妃のところに王が渡ったな。会話の内容が一切噂にならないのが何とも不気味だ」

「あの二人、最近文字を書く遊びをしているらしい」

「ははっ、筆談か。だから噂になるような話がないのか。あいつらも考えてるな。

 でもこちら側の権力者慣れしてしまって白俊が不貞腐れた時にどうするかまでは考えなかったようだな」


今度は朴紘範が周囲の様子を見た。

「動いている奴はいないな……」

尹怜が、話を続けた。

「とはいえ、王命だから白俊は受けざるを得まい」

「何を言っている?

 薬草取りのついでにしばらく旅に出ると言われたらどうするんだ?

 困るのは我々だろう」

「それはそうだが……あいつはそんなことは言わない」

「本当か?」

「ああ、言わない。なにか違うものを要求してくる。それを受ければいいだろう」

「要求ってなんだ?」

尹怜は腕を組んでしばらく考える。


「そうだな……適雑堂に人を置きたいというのもあるかもしれんが……

 あいつはあいつでなんか目的があっただろう。なんか変なこと言ってたな、歴史がどうとか」

「自己紹介した時か?」

「ああ、あいつははっきり目的を言ってたぞ。いまいち理解できなかったが。

 その目的達成の協力をすればいいだろう」

尹怜は涼しい顔をして言い放った。

「なんて言ってたか覚えているか?」

「歴史がおかしい、俺たち帰るところなくなる、とかだったかな」

「その原因が、唐家の娘にあると言っていたんだっけ?」

「ああ、確かそうだった。

 この体の持ち主には申し訳ないが、むこうから来た俺たちからすると帰るところなくなる方が切実だな。

 だが、この体の持ち主の立場で言えば、仇討ちもしなければならない」

尹怜は一気に言い終えると、呼吸を整えて続けた。

「俺たちがここに来た目的は、紡ぐためかもしれないと思っていた。

 確かにそれもあるだろうが、この体の持ち主の仇討ちも目的の一つなんだろうな」

「並行で調査するのがいいのか、片方ずつ片付けるか……」

「ここの世界に合わせるなら、王命優先だろう」

「王と王妃の目的は何なんだ?」

「王妃は井戸に落とされた件だろう、王はよくわからんな」


ふと思い出したように尹怜が言う。

「見習い……あいつはどうなんだ?」

「全くわからない」

「一度全員集まって話した方がいいかもしれないな。

 校理、お前、何か集めた情報で共有できるものはないのか?」

「資料を出すあれか。どういう場合に出てくるかよくわからないからな」

「俺のは時間が短い。確実なのは白俊、だがあいつも道具をいつでも出せるかどうかはわからん」

「王と王妃まで集めなければならないのが厄介だ。勝手に決めないでほしいな……」

「権力に慣れてきたんだろう。慣れないとあの立場は危険だからな」

「それは我々も同じだろう」

「まぁ、そうだな。

 まずは、お前、一度白俊に謝れ。それから全員集めて、あの二人に事情を聞いて直接白俊に説明させる。

 白俊の要求は出てきたらのむ。

 できるものとできないものがあるが、できないものはその都度調整だ」

「少し気が楽になった。助かった」

朴紘範の表情は、話ができて安心した様子だった。

「そろそろ動き出す。

 俺が最初に言った言葉を覚えてるな、それに合わせて去っていけ」


尹怜が、パルスオキシメーターをしまい、時間が動き出した。

「とにかく忙しい。

 お前の用が急ぎじゃないなら、また今度だ」

尹怜はそう言って、忙しそうに立ち去った。

「お忙しいところ、大変失礼いたしました」


 * * * *


その日の夜、唐家。

当主の唐尚徳が文を見ていた。

先代王に約束を果たしてもらい、宮中に入れた娘からだった。

娘は王室の一員となっていないため、男性との接触は禁じられている。

しかし、抜け道などいくらでもある。

順希も抜け道を自分で見つけたかと思うと、自然に口元がほころんだ。


"あの座を奪い返します"


「焦らずじっくりやれ」

誰にいうわけでもなく低く呟いた後、文を蝋燭の炎で燃やした。

炎を見つめる目は、獲物を狙う獰猛な獣のような目をしていた。


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