第三章・側近の影
朝日が昇りきる前、玄斎は馬を走らせていた。焼け落ちた城を離れ、山道へ入る。背後にはまだ煙が立ち上り、その黒い筋が、まるで“時の裂け目”のように空を汚していた。
「忠成……なぜだ」
玄斎は呟いた。長年、戦場を共に駆けた男。その忠成が、よりによって禁術に手を染め、未来の影を呼び出すとは。馬の足音が山道に響く。やがて、木々の間から人影が現れた。玄斎の家臣、村瀬弥八である。鎧は傷だらけで、片腕には血が滲んでいた。
「殿……お待ちしておりました」
弥八は膝をつき、深く頭を下げた。
「無事だったか。忠成の動きは掴めたか」
玄斎の問いに、弥八は唇を噛んだ。
「……忠成様は、北の“時守の谷”へ向かったようです」
「時守の谷……ユラの故郷か」
弥八は頷いたが、その表情には別の影があった。玄斎はそれを見逃さない。
「弥八、何を隠している」
「……殿。忠成様は、ただの謀反ではございません」
弥八は震える声で続けた。
「忠成様は、“未来を変える”と申しておりました」
玄斎の眉が動く。
「未来を……?」
「はい。殿を討ち、朔様を“正しい未来の主”に据えると……」
玄斎の胸に冷たいものが走った。朔──未来の子。あの若者が、忠成の掲げる“未来”の象徴だというのか。
「忠成は、朔を……未来の主と呼んだのか」
「確かに、そう申しておりました」
玄斎は拳を握った。忠成はただの裏切り者ではない。彼は未来を信じ、未来に縋り、未来を利用しようとしている。その未来とは──玄斎の死を前提とした未来だ。
「弥八、他に聞いたことは」
「……忠成様は、こうも言っておりました」
弥八は顔を上げ、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「玄斎様の血が時を乱す。ならばその血を断たねばならぬと」
玄斎は息を呑んだ。羅刹の言葉が脳裏に蘇る。
──おぬしの血には、時を裂く因果が刻まれておる。
「……忠成は、私の血を恐れたのか」
「恐れ、そして利用しようとしているように見えました」
玄斎は空を見上げた。雲が流れ、光が揺らぐ。その揺らぎは、まるで時間そのものが震えているようだった。
「弥八、北へ向かう。忠成を追うぞ」
「はっ」
二人が馬に乗り直したその時、山の奥から風を裂くような音が響いた。
ヒュッ──
矢だ。玄斎は即座に弥八を押し倒し、身を伏せた。次の瞬間、矢が木に突き刺さる。
「伏せろ!」
木々の間から黒装束の影が現れた。その中心に立つのは──朔。彼は静かに歩み出て、血のついた刀を肩に担いだ。その瞳は、夜に見た時よりも深く冷たく、そしてどこか悲しげだった。
「父上」
朔は微笑んだ。その笑みは、どこか壊れたもののように見えた。
「また会えましたね」
玄斎は刀に手をかけた。だが心は揺れていた。
「朔……なぜ私を追う」
朔は首を傾げ、まるで子供のように無邪気な声で言った。
「父上が生きていると、未来が壊れるからですよ」
その言葉は山の静寂を切り裂いた。
「だから──父上には、ここで消えていただきます」
朔が刀を構えた瞬間、周囲の空気が歪み、木々の影が揺れた。まるで時間そのものが、朔の存在に引きずられているかのように。
玄斎は刀を抜いた。父として、武将として、そして“時を喰らう者”と対峙する者として。




