第二章・血の影
夜が明ける前、城の瓦礫の間を冷たい風が吹き抜けた。赤羽玄斎は、焼け落ちた天守の前に立ち尽くしていた。灰の匂いが鼻を刺し、焦げた木片が足元で崩れる。戦は終わった。だが、心の中の戦はまだ始まったばかりだった。
「殿、敵の残党は退けました」
側近の報告に玄斎は短く頷いた。声は低く、疲れが滲んでいる。
「忠成の姿は?」
「見当たりません。城外へ逃げたかと」
玄斎は目を細めた。忠成の裏切りは、ただの野心ではない。あの夜、現れた“朔”──未来の子の姿をした若者。あれが偶然であるはずがない。彼は焼け跡の中を歩き、羅刹の間へ向かった。古老の術師・羅刹が住まうその部屋は、戦火を逃れた唯一の場所だった。扉を押し開けると、薄暗い灯の中で羅刹が座していた。
「来たか、玄斎」
老いた声が響く。
「見たのだな、“時の影”を」
玄斎は黙って頷いた。
「朔……あれは何だ。人か、幻か」
羅刹は目を閉じ、深く息を吐いた。
「人でもあり、幻でもある。おぬしの血が呼んだ“時の喰らい”だ」
「時の喰らい?」玄斎は眉をひそめた。
「時を喰らう者。古の術が生み出す歪みだ。未来の可能性を引きずり出し、現世に喰わせる。代償は血脈。おぬしの家系には、その呪が刻まれておる」
玄斎の胸に冷たいものが走った。
「忠成がそれを使ったのか」
「奴は術師ユラと手を組んだ。だが、術は完全ではない。呼び出された“子”は、未来の断片を喰いながら存在している。放っておけば、時そのものを崩す」
玄斎は拳を握った。
「ならば、斬るしかない」
羅刹は首を振った。
「斬れば、おぬしの未来も消える。あれはおぬしの血の延長。父が子を斬れば、時は裂ける」
沈黙が落ちた。玄斎はゆっくりと刀の柄に手を置いた。
「それでも放ってはおけぬ。あれは人を殺す。忠成の手先として、我が城を焼いた」
羅刹は目を開け、玄斎を見つめた。
「ならばまず“時守”を探せ。ユラはまだ生きている。彼女が術の核を握っておる」
玄斎は頷き立ち上がった。外では朝日が昇り始めていた。だがその光はどこか歪んで見えた。空の端が揺らぎ、まるで時間そのものが波打っているようだった。
「時が喰われ始めている……」
羅刹の声が背後から響いた。玄斎は振り返らずに歩き出した。焼けた城を背に、彼の影は長く伸びていく。その影の先には、未来から来た“子”が待っている。そして、時を喰らう者たちの戦が、静かに幕を開けた。




