第一章3 勇者一行の処刑
「……んあ」
寝返りを打ち、微睡の中でルミタリスは目を覚ました。
二十畳はあろう大きな部屋のベッドからむくりと起き上がり、辺りを見渡す。
窓際の赤い薔薇、派手に装飾された調度品、壁には父親の自画像。
そして魔力で焚かれた暖炉。
魔王城に位置する自分の部屋の中はいつもと同じ光景だが――窓の外から聞こえる喧噪がこれから始まる出来事を否応なく想起させた。
「――拘束台の強度は問題ないか? スキル封じの魔晶石も大丈夫だな」
「はい、全て確認済みですリーメ様。勇者一行が逃げられぬよう、抜かりなく準備済みでございます」
「上出来だ。これで奴らの処刑は滞りなく遂行できる」
寝間着のまま魔王城の窓から外の様子を覗くルミタリス。
ロベルティ領の遠方にある大きな庭園の中心、そこには禍々しく機械的な処刑台が設置されていた。
その用途は明白である。
今日、魔王軍が捕らえていた『千彩の勇者団』の三人を処刑する為だ。
「……今日で、全部終わるんだね。もう牢に通うことも、エルドランの話を聞くこともできなくなる」
参謀のリーメとその部下達が処刑台を設置する様子を、ルミタリスはただ眺める。
これでいい。勇者と魔王の対立は仕方のないことだ。
処刑が通告されたあの夜から、自分自身に何度もそう言い聞かせていきたルミタリス。
――結局、ルミタリスは処刑前日の最後の夜に牢へ行くことができなかった。
きっと会ってしまえば、自分の中の感情を押さえられなくなると思ったからだ。
「……さあ、行こう。僕は魔王なんだから、君達を殺さなければならない。――最後はせめて僕の手で」
ルミタリスはぐっと身体に魔力を込める。
刹那――青紫の膨大な魔力が体に巡り、彼女の身体は禍々しい黒の衣装へと変貌する。
三人の処刑まであと一時間を切っているので、もう処刑場へと向かわなければならない。
ルミタリスは悩みを捨てて決心し、階段を駆け下りるのだった。
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「――それでは、これより忌々しき『千彩の勇者団』一行の処刑を執り行う!!」
ロベルティ領に住まう数多の種族と大勢の人々が見守る中、勇者団の処刑の儀が開始された。
処刑台の中心を上空から囲むように配置された円形の観客席にて、その合図と同時に歓声と罵声、困惑の声などが瞬時に飛び交う。
「うおおおっ!!! 待ってました、勇者どもの処刑だああ――!」
「ルミタリス様に逆らう馬鹿どもはさっさと殺しちまえ!!」
「……でも、流石に可哀想かも……まだ二十代後半の青年たちでしょう?」
その高揚した空気にあてられ、次々と言葉を叫ぶ観客達。
その無秩序を静止したのは――処刑人であるルミタリス・ロベルティだった。
処刑台の前に佇むルミタリスは禍々しく翼を広げ、民と部下に命ずる。
「――静まりなさい! これより、あの忌々しき勇者たちが姿を見せる。――いいぞリーメ」
「はっ、ルミタリス様。――ほら、さっさと前に進め勇者ども!」
ルミタリスの命で処刑台の前方、そこに設置された小さなドアが開かれる。
中から姿を表したのは――薄い麻の服を着せられたボロボロの三人。
勇者団長エルドラン・イラリオ、剣鬼リンヴル・パルマ、幻影魔術師マナ・ジュベル。
そしてその後ろには、監視するようにして魔力を纏わせる魔王軍参謀、リーメ・フラーヌが。
「――うおお! 久しぶりのシャバだぜ。空気が旨ぇなあ」
「これから死ぬってのに呑気だなリンヴル……」
「まあなエル。死ぬ時は笑顔でって俺は決めてんだ」
「……エルドランとリンヴルは逞しいね。やっぱり頭では分かっていても死ぬのは怖いや」
投獄されバラバラになっていた勇者一行であったが、久々の再開で会話が止まらない三人。
――が、つかの間の休息すらリーメは与えなかった。
「さっさと進め! 喋るな勇者ども」
「ぐっ……」
グイっと三人の身体を強引に押すリーメ。
三人はなされるがままに処刑台の前へ。
ルミタリスは三人と目が合うが、その毅然とした表情を一切崩さない。
「……ルミタリス。お前、牢ではあんなガキみてぇにはしゃいでたのに随分禍々しい姿じゃないか」
「黙りなさい、エルドラン・イラリオ。あんなのただの気まぐれだよ」
「……ルミちゃん、その姿見るとやっぱ印象変わるね。牢で喋っていた時とは大違いだ」
「ふん、馴れ馴れしくその呼び名を使わないでくれるかな。マナ・ジュベル」
エルドランやマナが牢で見ていた存在とは別の生物。
――三人の眼前に映るのは、『幽炎の魔王』ルミタリス・ロベルティそのものである。
「……ほら。言ったろエルドラン、マナ。こいつに人の心なんてないぜ……ただの魔王なんだよ」
「――その通りだリンヴル・パルマ。これから僕が直々に君達の処刑を執り行う」
淡々と、ただ冷酷にルミタリスは言葉を短く発する。
その様子に、観客席からは大きな歓声が上がり続けた。
「ご丁寧に魔力封じの縄まで……。逃げ場はないってわけだな」
「その通りだよエルドラン。君達はここで終わりだ」
「もう覚悟はできてんだよ。殺すなら団長の俺からだろ?」
「勿論、まずは君からさ。勇者団長エルドラン・イラリオ、前へ出ろ!」
「ッ――!!」
ルミタリスがそう告げると、リーメは強引にエルドランの身体を掴んで拘束台へ縛り付ける。
手際よく、そして確実にエルドランが逃げないように縄を雁字搦めにした。
「そんなたいそうに縛らなくても逃げねぇよ、ダークエルフさん」
「黙れ、軽口を叩くな。最後の言葉くらいならこれからルミタリス様が聞いてくれよう」
拘束が完了し、ルミタリスとエルドランは向かい合うような形で目を合わす。
……牢での日々の中で忘れていたその姿。
二対の角と翼を宿し、漆黒の衣装に身を包み、圧倒的な魔力を纏う少女。
エルドランの眼前に映るのは、禍々しく恐ろしい幽炎の魔王である。
「――今から君の心臓を、これで一突きにする。――魔王の獄炎剣」
そう告げると、ルミタリスの掌に轟々とした赤黒い炎を纏った剣が生成される。
その禍々しさは、彼女からは逃げられないという事実を否応にもエルドランへ突き付けた。
「たしかにその化け物じみた剣なら一突きで楽に逝けそうだ。ルミタリス、お前なりの優しさかよ」
「苦しみは短いほうがいいからね。……最後に、何か言い残すことはある?」
依然として冷酷な目をエルドランへ向けるルミタリス。
そして告げられた最後の言葉という文言に、エルドランはゆっくりと口を開く。
「じゃあ遠慮なく最後の言葉を言わせてもらおう。途中で串刺しにしたら死んでも化けて出るぞ」
「そんな卑怯なことはしない。せめてもの慈悲だ、最後まで待ってあげるよ」
「ああ、助かるよ」
エルドランはルミタリスの言葉にほっと安堵し、やがてすうっと息を整える。
そして、視線を奥で待機するリンヴルとマナに移した。
「お前らと出会ってからもう十年も経ったのか。当時の俺達は魔王討伐なんて大きな目標よりも、ただ旅がしたいって気持ちでパーティーを組んでさ。色んな人に、生き物に、場所に出会って」
「エルドラン……」
「いつの間にか名を上げて、最後には魔王に挑むこともできた。二人はどうか分からないけど、俺にとっては最高の旅だったんだ。……もっとお前らと一緒にいたかったけど、ここでお別れだな」
「……エル」
「十年間、こんな団長を支えてくれてありがとう。リンヴル、マナ。――愛してるぞ」
「――」
柔らかな笑顔でエルドランは二人にそう告げた。
その言葉を聞き、リンヴルはただ静かに俯く。
マナは目から大粒の涙をボロボロと流し、手で顔を覆った。
「泣くなってマナ。どうせなら三人で笑顔で死んでやろうぜ」
「……もういいの?」
「ああ、仲間の二人にはな。――まだお前に言い終えてねぇことがあるぞ、ルミタリス」
「――えっ。僕に?」
眼前の勇者の予想外の言葉に、ルミタリスは瞠目する。
一体何を話すことがあるのかと彼女は小さく首を傾げた。
「――俺達が死んだら、お前は旅に出ろ」
「……は?」
唐突に放たれたエルドランの言葉に、ルミタリスは勿論、周りの人間達は全員目を丸くする。
そして、その言葉を聞いたリーメは轟然と怒号を上げた。
「何をふざけたことを抜かしている、イラリオ!!! 貴様、今すぐ――」
「――大丈夫。最後の言葉は妨害しないって約束だから」
「ッ――! しかし、ルミタリス様」
エルドランの言葉を制止しようとするリーメをルミタリスはゆっくりと差し止めた。
その言葉はルミタリスにとって、決して聞き捨てならないものであったからだ。
「旅に……? 何を言っているの、エルドラン」
「――ルミタリス。お前さあ、魔王なんか向いてないんだよ」
「「「――!?」」」
唐突に、そしてあまりに軽々しくエルドランはルミタリスにそう告げる。
命知らずの勇者の言動に観客達は一斉に血の気が引き、青ざめた。
「お、おい……。あいつ何言って」
「どうせ殺されるんならって自暴自棄になってんじゃねぇか? ルミタリス様を怒らせたらやべえぞ……」
恐る恐るルミタリスの顔色を伺う観客達。
しかし、彼女の表情は唖然と驚きに満ちていた。
「む……向いてないってどういうこと?」
「たしかに、お前は化け物じみた強さだよ。旅の終盤じゃ負けなしだった俺ら三人がかかっても、討ち取ることができなかった」
「うん。僕の恐ろしさは君達がその身をもって知っている筈だよ」
「――でもな、お前が手記を読んでる時の、俺達の旅の話を聞いてる時の表情。お前の表情は、俺がガキの頃この世界に、旅に憧れた時のそれだった」
「……えっ」
「お前はこの魔王城でずっと魔王として生きてきた。いや、生きるしかなかったのかもしれない。――でもお前はきっと旅がしたいんだろ? だったらこれを区切りにして好きなことやれよ。死に間際の、達観した勇者からのアドバイスだ」
「――」
全てを言い終え、エルドランは大きく天を仰いで息を吐いた。
周りの人間達は何が起きているか理解ができないという様子で狼狽する。
――この会話を理解することができるのは、牢の中で旅の日々を共有し合った勇者と魔王だけなのだ。
「――さあ、愚か者の戯言は終わりましたよ!! ルミタリス様、早くそのものを!」
「そうだ、早くその勇者を殺してください!!」
「……分かってる。もう終わせるよ」
リーメと観客達に急かされ、ルミタリスはグッと力に剣を込める。
禍々しい炎の剣は渦を巻き、刀身はエルドランの心臓へ狙いを定めた。
――迷いはない。
これ以上彼の言葉を聞いてしまえば、もう自分は正気ではいられなくなると思ったから。
「――エルドラン。……ありがとう、僕に手記を聞かせてくれて。――素敵で壮大な、旅の日々を教えてくれて」
心臓に刀身を向けたま、誰にも聞こえぬような小さい声でルミタリスはそう告げる。
エルドランはそんなルミタリスにふっと笑いかけ、小さく一言。
「どういたしまして。――またな、ルミタリス」
「――!」
その一言は、ルミタリスの心を奥底から抉る。
駄目だ、これ以上彼の顔を見てはいけない。
「――う。うああああああっ――!!!!」
まるで感情を無理矢理押し殺すかのような叫び声。
それの大きな声とともに、ルミタリスは刀身を振り下ろした。




