第一章4 参謀の務め
「……う、あ」
「――おい、どうしたんだよ?」
目を瞑って死を覚悟したエルドラン。
しかし――ルミタリスの魔王の獄炎剣は自身の頭上で静止する。
彼女の行動に、エルドラン含め周りの者達は唖然としていた。
「ルミタリス様!? どうなさったのですか! まさか勇者どもが何か――」
「――違う、リーメ……」
「なら一体どうしたのです! 早くその勇者の処刑を」
主の行動に焦りを見せるリーメ。
周りの人間達も状況を飲み込めずに狼狽する。
しかし、ルミタリスはどうしてもエルドランに刀身を振り下ろすことができなかった。
「……君の言う通りだ。勇者一人殺せないなんて……僕は魔王に向いてないな」
「ルミタリス……?」
自虐するように俯いて笑うルミタリス。
そして、そのまま彼女は剣を下に降ろした。
「どういうことだよ、エルタリス」
「君は言ったよね。僕に旅に出てみろって」
「ああ。でもそれは俺達が死んでから――」
「――それじゃ嫌だ。ねえ、僕と一緒に旅に出てよ」
「えっ。……は、はあ!?」
その突然の宣言に、エルドラン達は思わず驚嘆の声を上げる。
それは後ろで事を見守っていたリンヴルとマナも同じだった。
「急に剣を下ろして何を言い出すかと思ったら……。あの魔王、今何て言った!?」
「ルミちゃん……?」
「ルミタリス様、これは勇者処刑の儀です! そのようなご冗談はお控えくださいませ!」
主の行動をリーメは慌てふためきながら制止する。
しかし、ルミタリスが言葉を止めることはなかった。
「――君達は強かったよ、エルドラン。君達と戦った時、まだこんなに強い人間達がいるだって思った」
「そりゃどうも。でも、いきなりどうしたよ」
「やっと分かった。君たちの強さは、きっと三人の旅と絆がそうさせてるんだね。……それは僕の力とは違って、活き活きとした強さだ」
「まあ、俺達はお前に負けてるわけだから強くは言えないが……俺達の絆は誰よりも固い」
「――君達を見てたらさ、その強さが欲しくなっちゃった。それに、君が言ってた広大な世界の数々も見たい。今度は手記の中じゃなくて、この眼で」
そう告げるルミタリスの表情は、魔王の姿の禍々しさとは正反対な無邪気な笑顔であった。
あまりに突飛な提案にしばらくエルドランは考えんで俯くが、そのままルミタリスに視線を移して言葉を告げる。
「……なら一人で旅に出て、仲間を一から集めれば――」
「ううん、君達がいいの。もう譲らないよ」
「勇者と魔王が旅に出るなんて聞いたことが無いし、見たことが――」
「じゃあ僕達が最初のパーティーになればいいじゃん」
エルドランはルミタリスを何とか説得しようとするが――それは全て綺麗に跳ね返される。
……マズい、とエルドランは冷や汗をかく。
「……俺達は勇者と魔王だ。価値観も違えば生きる時間軸さえ違うかもしれない。人間のパーティーに魔王が入るなんてことになれば、途轍もなく前途多難な旅に――」
「――ってことは、今まで誰もしたことないようなワクワクする冒険ができるってことだよね?」
「えっ。……いや、おそらくお前の面倒を見るのは俺達で――」
「ふふん、楽しみだねエルドラン。僕は欲しいものを全て手に入れる主義なんだ。もう決定は覆さないよ♡」
……終わったかもしれない。
エルドランは救いを求めるようにリンヴルとマナの方へ顔を向けるが――二人も混乱しており事態を呑み込めていなかった。
「ふふ、これは君たち勇者たちへの命令だよ。魔王ルミタリスは君たち勇者を引き連れて旅に出るの」
「……魔王と勇者のパーティー。そんなもの、本当に実現するのか」
「できるよ。きっと僕達なら――」
――――――ドンッ!
二人の奇想天外な会話。
それを引き裂いたのは――一発のいなたい発砲音であった。
ザワザワと喧騒が巻き起こっていた周りの声はぴたりと止まり、エルドランとルミタリスの会話も掻き消されてしまう。
「……え」
「――」
「……ど、どうしたのエルドラン。何してるの、起きて」
「――」
先ほどまでルミタリスの瞳に映っていた、銀髪の勇者はそこに居ない。
――広がっている光景は、うつ伏せになり血の水たまりに浮かぶエルドランの姿。
「……エ、ル……?」
「嘘……。エルドラン?」
後方で様子を見守っていたリンヴルとマナは、突然の出来事にただ立ち尽くすことしかできなかった。
ピタリとも動かず、倒れたまま静止しているエルドランの姿。
ルミタリスはその光景を理解することができなかった。
「ねえエルドラン。どうしたの……?」
「――」
「起きてってエルドラン。あはは……僕をからかってるの? 魔王をからかうなんていい加減にしてよね……」
「――」
ルミタリスが何度エルドランの身体を揺さぶっても、返事はない。
――代わりに聞こえてきたのは、無機質で冷ややかな声であった。
「――ふう……あの忌々しき勇者め。ルミタリス様を騙そうとするなど卑劣だわ」
「えっ。リーメ……?」
声がした後方を振り返ると、そこには闇魔法を纏わせて銃を構えたリーメの姿が。
銃口からは灰色の煙が立っており、それはルミタリスに恐ろしい事実を突きつけた。
「無礼をお許しくださいルミタリス様。おそらくこいつは洗脳持ちの勇者でございます。ルミタリス様に支離滅裂な言動をさせるなど、無礼の極み。危険が及ばぬよう、速やかに発砲させていただきました」
「……その銃」
「安心してください。この銃は闇魔法で強化してありますので、ほとんど即死でしょう」
淡々と事務的に言葉を連ねるリーメ。
ルミタリスは言葉を失い、周りからは困惑交じりに声があがった。
「おお……あの勇者、死んだぞ」
「さっきの会話は何だったんだ? 洗脳魔法ってやつか……?」
恐る恐る声を発する観客達。
――その場を再び引き裂いたのは、大きな男の声だった。
「ちくしょおおおおおっ!! エル……エルッ!! おいクソ女、許さねぇぞ!!」
身体を拘束されたまま、リンヴルは激昂して身体をジタバタと動かす。
そのまま鬼のような形相でリーメを睨みつけるが――
「――黙れ猛獣。死ぬがいい」
「は――」
――――――ドンッ!
リンヴルの声は、先程と同じく重い銃声により途絶える。
ドシャッと音を立てて崩れ落ちるリンヴルを、横にいたマナはもはや泣くことすらできずに横で見ていた。
「さて、あとは貴様だけだなマナ・ジュベル」
「……やめ――」
「――大丈夫ですルミタリス様。洗脳魔法は後で魔法で解きますから、今は見ていてください。主人をお守りするのも参謀の務めです」
マナの元に駆け寄ろうとしたルミタリスを制止し、リーメは再び銃に魔力を込める。
そしてマナに銃口を向けると、小さく不気味な笑みを浮かべた。
「ふん……これで忌々しき勇者どもは終わりだ。さらば」
ルミタリスは硬直したまま、マナへ目を移す。
二人は目が合うが――先に口を開いたのはマナだった。
「……ルミちゃん」
「マナ……」
「――大丈夫。私達はあなたのこと、恨んだりしないから」
「えっ……?」
仲間を二人も撃ち殺されたマナ。
その原因である自分自身に向けられるのは途方もない憎悪だろうとルミタリスは思っていた。
しかし――目の前の少女は自分を心配させまいと笑顔を浮かべている。
「だってそのリボン……きっと気に入っているから付けてくれてるのよね」
「――!」
マナは徐にルミタリスの方を指差す。
彼女がきっと似合うよと渡してくれた黒いリボンを、今日もルミタリスは着けていた。
それはルミタリスと勇者達の、思い出の証。
「少しの間だけど、女の子同士で色々なことを話せて嬉しかったよ。ありがとう、ルミちゃん。――もし天国で会えたら、その時は四人で旅がしたいな」
「マナ。だめ、お願い! いかないで――」
「――旅などさせぬ。慎め無礼者」
ルミタリスの最後の希望であったマナ。
彼女を守るべく、ルミタリスが一歩足を踏み出そうとしたと同時に――――重い銃声が辺りを支配する。
そしてそのまま、マナは静かに床へと崩れ落ちた。




