タイトル未定2026/09/24 12:26
静寂が支配する学園外の図書館。夏の元から逃げ出した疫病神と呼ばれることになる少女は、いつもの席でページを繰っていた。
(……何だったんだろう、あの子。私に触れてしまったけれど、大丈夫なのかな……)
ふと頭をよぎる不安を首を振って打ち消す。
(ううん、もう二度と会うこともないはず。今は誰も邪魔者のいない、この穏やかな時間を大切にしよう)
少女は意識を切り替え、再び物語の世界へと没頭していった。
しかし、どれほど時間が過ぎただろうか。途切れた集中力を取り戻そうと顔を上げたとき、少女は館内の違和感に気づいた。人っ子一人いない。静寂を超えた、どこか不気味なほどの無音。
(こんなに誰もいないなんてこと、今まであった……? それに、何だろう……すごく、眠い……)
視界が急速に輪郭を失っていく。危険を察知した少女は立ち上がろうと足に力を込めたが、膝から崩れ落ち、そのまま深い闇の中へと意識を落とした。
無人となった図書館の影から、ゆっくりと姿を現す男がいた。拓海から命を受けた副部長である。
「素晴らしい力だ……拓海様には感謝せねばな。さて、言い付け通り連れ去るとしよう」
倒れた少女へと手を伸ばしたその瞬間――鋭い殺気が副部長の肌を刺した。彼は反射的に後方へと跳躍する。
「誰だ!?」
影から現れたのは、二人組の男と、ナイフを構えた一人の女性だった。
「その女をどうするつもりです? 返答次第では――」
「ハッ、お前たちこそ何者だ。その女に何の用がある」
一触即発の空気が満ちる。ナイフを握る女性の瞳が冷たく光った。
「質問で返すということは、答える気がないようね。……やりなさい」
合図と同時に、二人の男が手から強力な魔導を放つ。女性もまた風を切る速度で踏み込み、距離を詰めてきた。
副部長は後退しながら土壇場で魔法の壁を錬成し、身を隠す。直後、壁は魔導の直撃を受けて激しく砕け散り、充満した爆煙の中へ女性が躍り出た。
「いない……!? この一瞬でどこへ――」
「ぐわぁっ!?」
「ぐぇっ……!」
背後から上がった悲鳴に、女性が勢いよく振り返る。そこには、副部長が錬成した魔導の剣によって貫かれた男二人の無惨な姿があった。
「……どうやって!?」
「お前が知る必要はない」
副部長は引き抜いた剣とともに二人を投げ捨てると、その姿を空中に溶かした。次の瞬間には女性の真後へと出現し、切りかかる。女性は間一髪の差で刃をかわし、大きく距離を取った。
「空間移動……面倒くさいわね。ハァ……本来の姿を見せるとしましょうか」
女性が溜め息をついた直後、その異変は起きた。背中から禍々しい黒翼が突き破るように生え、頭部からは角が、指先からは鋭利な爪が伸びていく。
「……おいおい、冗談だろ。魔族か!」
「この姿を見せた以上、生きて帰すわけにはいかないわ」
魔族と化した女性が凄まじい風圧とともに襲い掛かる。――だが、その二人の間に突如として『第三者』が降り立った。
「お二人とも悪いわね。――少し眠りなさい」
凛とした声が響いた瞬間、副部長と魔族の女性を抗いようのない強烈な睡魔が襲う。二人は必死に抵抗しようとしたものの、意識を保てずその場に倒れ伏した。
舞い降りた人物は、床に転がる副部長を見下ろし、愉悦を孕んだ笑みを浮かべる。
「面白い力ね。まさかもう力を寄与しているなんて……拓海という男、なかなか興味深いわ」
その人物は不敵に囁くと、倒れた二人へと近づいた。
「とりあえずアイリーンと拓海の元へ『失敗した』という記憶を植え付けて、転移させておきますか」
二人の頭部に優しく手を触れ、記憶改変と転移の魔導を発動させる。空間が歪み、二人の姿が掻き消えた。
残された人物は、一人倒れている「疫病神」の少女の元へと歩み寄る。
「さて……私の柄ではないのだけれど。……すべてはチルチット様のため、ね」
少女を軽々と背負い上げると、足音もなくその場を立ち去っていった。
その頃、学園の自室に戻っていた夏は、ベッドの上で体を休めていた。そこへ尋ねてきたククリスが、どこか重苦しい表情で切り出す。
「夏……あの『疫病神』と呼ばれている子とは、あまり関わらない方がいいかもしれない」
「えっ? 突然どうしたんですか?」
夏が体を起こして尋ねると、ククリスは真剣な眼差しを向けた。
「……拓海のところへ行って確認してきたんだ。なぜ彼女がそう呼ばれるようになったのか……その証拠となる写真も見てきた」
「でも……会った時に私、彼女に触れましたよ? でも何ともなかったし、きっと何かの間違いです」
ククリスは絶句し、目を見開いた。
「触れた……!? 本当に、何の影響もないのか?」
「ええ、今のところ全然平気です」
二人が顔を見合わせていると、部屋の扉を控えめに叩く音が響いた。
「ククリス、私が出ますね」
夏が扉を開けると、そこには意識を失った「疫病神」の少女を抱えた人物が立っていた。
「あの……ここなら、この学園の中で安全だと思って訪ねてきました」
「どうしたの夏――って、えっ!? 一体どういう状況だい!?」
奥から駆け寄ってきたククリスも、その光景に驚きを隠せない。
「わかりません……えっと、どういうことですか?」
「実は、学外の図書館で意識を失っていたこの子を見つけたんです。すぐ側に死体があったものだから怖くなって……慌ててこの子だけ連れて逃げてきました。学園01のククリス様なら、匿名で匿ってくれると思って……」
「意識を失っていた……? それに、死体があっただと!?」
「死体は……ドロドロに爛れていたか?」
迫るククリスの問いに、その人物は首を振る。
「いいえ、お腹を刃物のようなもので貫かれていました。……匿っていただけないでしょうか?」
逡巡するククリスを余所に、夏は即座に声を上げた。
「ククリス、匿ってあげようよ! 私のベッドを使ってもらっていいから。私は床で寝るし!」
「……ハァ、分かったよ。とりあえず彼女が目を覚ましてから事情を聞こう。……それで、君はどうするんだい?」
尋ねられた人物は、静かに一礼する。
「私は自分の部屋に戻ります」
少女を夏の腕へと託すと、その人物は夜の廊下へと静かに姿を消していった。




