タイトル未定2026/09/03 23:01
拓海は内心で舌を打ち、感情を押し殺した。
(面倒くさいな……仕方ない。話を聞いてすぐに追い返し、一人になってからこの力を試すとしよう)
そう腹をくくると、億劫そうに扉へ声をかけた。
「仕方ない、入っていいぞ」
鍵が外れる音がして扉が開き、ククリスたちが部屋へ足を踏み入れてくる。室内へ入るやいなや、黒魔と紅の視線は床に倒れ伏している者たちに釘付けになった。
「……何をした?」
「何をしてるの? これが『立て込んでた』理由なわけ?」
責め立てるように問い詰める二人に対し、ククリスとシルクは言葉を発せず、ただじっと拓海の様子を観察している。拓海は面倒そうに肩をすくめた。
「……立て込んでるってのは、襲われたからだよ。俺も、そこに転がってる奴らもな。ようやく意識が戻ったところに、お前たちがやって来たんだ」
だが、黒魔と紅の疑念は晴れない。
「嘘をつくな。桜に酷いことをしたサークルなんて信じられるかよ」
「黒魔の言う通りよ。白々しい嘘ね」
真っ向から疑いを向けられ、拓海の瞳に冷たい光が宿る。
「だから言っただろ。桜とかいう奴に酷い目を見せた奴らなんて知らねえってな。それとも何か証拠でもあるのか? あんまり舐めた口を叩いてると……タダじゃ済まさんぞ」
拓海が言い放った瞬間、部屋の空気が一変し、肌を刺すような濃密な殺気が充満した。その圧迫感に、黒魔と紅の額から冷や汗が垂れ落ちる。
見かねたシルクが、二人をかばうように前に躍り出た。
「やめなさい拓海。この二人に手を出そうというなら、私だって容赦しないわよ」
鋭い牽制を放ちつつ、シルクは背後の二人にも冷静に言い聞かせる。
「黒魔、紅、あなたたちも頭を冷やしなさい。決めつけは良くないわ。本当に襲撃されたのかもしれないでしょ」
ククリスも無言で深く頷き、シルクの言葉を支持した。周囲の反応を見た拓海は、一瞬の計算ののち、スッと殺気を霧散させた。
(チッ……ここでシルクとやり合うのは得策じゃないな)
拓海は舌打ちを飲み込み、黒魔と紅を睨みつけた。
「二人とも命拾いしたな。……で、何の用だ?」
ククリスが歩み出て、核心を突く質問を投げかけた。
「……『疫病神』と呼ばれている人物を知っているわね? なぜそう呼ばれているの? ここのサークルに来てから、そう呼ばれ始めたようだけれど」
拓海は顎に手を当て、思い出したように嘲笑を浮かべた。
「疫病神? ああ、あの女のことか」
「知っているようね。彼女に何をしたの?」
「サークルに入るよう勧誘したんだが、断られてね。それに腹を立てた他のメンバーが、勝手に悪質な噂を広め始めたんだ。……だがな、彼女に関わった奴らが本当に病に倒れたのは事実だ。確か……」
拓海は机の引き出しを開け、ファイルを素早くめくると、一枚の写真を取り出して見せた。
「こんな風に肌が変色し……苦しみ抜いて息絶えた。これを見ても『疫病神』と呼ぶのがおかしいと言えるか?」
写真に写し出されたむごい光景に、四人は息を呑み、言葉を失った。拓海はその反応を確認すると、突き放すように言った。
「分かっただろ、彼女は本物の疫病神なんだよ。話がそれだけなら、もう出て行ってくれ。俺は怪我人の介抱で忙しいんだ」
四人は重苦しい空気の中で顔を見合わせ、シルクが静かに告げた。
「……分かったわ。忙しい時に引き止めて悪かったわね」
そう言い残し、四人は部屋を後にした。
廊下から足音が消え、気配が完全に去ったことを確認すると、拓海は写真をファイルへ戻しながら不敵な笑みを漏らした。
「くくく……まんまと信じやがったな。捕らえた生徒たちで実験し、失敗した死体を見せただけだというのに。……さて、どう料理してくれようか。あの疫病神を捕獲して、夏やアイリーンを監視するための駒として利用するのも悪くないな」
一方その頃、夏たちは近くのベンチに腰を下ろしていた。
「アイリーンさん、あの『疫病神』と呼ばれている人物のこと、何か知っていますか?」
夏の問いかけに、アイリーンは柔らかい笑みを浮かべて返した。
「夏、さん付けは要らないわ。……『疫病神』って、あの女の子のことかしら? 急にどうして知りたくなったの?」
(何の目的があるのかしら? この状況、上手く利用できればいいのだけれど)
腹の中でそう腹案を練るアイリーンに対し、夏は澄んだ瞳でまっすぐ見つめ返した。
「……助けたいんです。ただそれだけじゃ、ダメですか?」
その迷いのない表情を目にした瞬間、アイリーンの心の中に暗い欲望が跳ね踊った。
(本気の目ね……素晴らしいわ、この子。私のコレクションに加えてあげたい! いっそこのまま、私の部屋へ連れ込もうかしら)
その時、隣にいた茜が唐突に背筋を凍らせた。理由は分からないが、直感が「今すぐこの場所から離れろ」と警鐘を鳴らしていた。
「夏、そろそろ戻りませんか? もうすっかり暗くなってきましたし、これ以上外にいるのは危険です」
桜も茜の提案に素早く乗かった。
「茜の言う通りね。今日の調査はここまでにしましょう」
「……ええ、そうね。ならまた明日、あの子に会いに行ってみようかな」
夏の言葉を聞きながら、アイリーンは優雅に扇をあおぐ振りをして思考を巡らせる。
(あの茜という子、恐ろしい勘の良さね。まるで私の思考を読み取っているかのようなタイミングだわ。……まあいいでしょう。チルチットが気にしていた夏と茜の情報を得られただけでも収穫よ。あとは先回りして、あの『疫病神』を私の魅力で支配し、利用すれば済む話だわ)
アイリーンは洗練された動作で立ち上がり、丁寧にあいさつをした。
「それが賢明かもしれませんわね。では皆様、私はこれで失礼いたしますわ。さようなら、また明日お会いしましょう」
アイリーンが去っていく後ろ姿を見送った後、夏、茜、桜の三人は空腹を満たすため、食堂へと足を向けるのだった。




