6章 追いかける
時が過ぎて夕方になり、夏はその場を立ち上がると、急いで出て行った「ベノムヒューマン」と呼ばれる女性の後を追いかけていった。
その様子を見ていたククリスとシルクが首をかしげる。
「どうして夏があの娘を追いかけるの? 知ってる、ククリス?」
「知らないよ。でも知っていそうな人がいるから、聞いてみたらどう? ほら、夏と一緒にいたふたり」
ククリスが指さした先では、黒魔と紅が夏の後を追おうとして言い争っていた。
「あーもうっ! 黒魔の動きが遅いから、夏が先に追いかけちゃったじゃないの!!」
「うるせえな、仕方ねえだろ!! まさかあいつが、こんなに早く走り出すなんて思ってなかったんだからよ!」
ふたりが揉めていると、背後から声が聞こえた。
「ふたりとも、少し聞きたいんだけど」
その声を聞いた黒魔と紅は、ビクッと肩を揺らして振り向く。
「……えっと、その」
「紅、お前が説明しろよ」
「はあ!? 黒魔が説明しなさいよ」
押し付け合うふたりに、シルクが言った。
「はいはい、いいから説明して」
諦めた紅は「実は……」と、これまでの経緯を話し始めた。
話を聞いたククリスとシルクは納得したように頷く。
「……なるほどね。だからあの子を追いかけてるんだ」
「あの子が『疫病神』って呼ばれ始めたのって、いつからだっけ? あれも確か……あの子が入学して、拓海たちの『異世界人専用サークル』に勧誘されてからだっけ」
それを聞いて、黒魔と紅のふたりは激しい怒りを露わにする。
「……桜に酷いことをしたサークル……!」
「チッ、あのサークルかよ」
殺気立つふたりに、ククリスが言った。
「ふたりとも落ち着け」
その言葉で、ふたりはどうにか冷静さを取り戻す。
シルクが少し渋い顔で提案した。
「気が乗らないけれど……拓海に真相を聞きに行くしかないわね。夏はとりあえず、ひとりで追いかけさせても大丈夫でしょう。だからまずは、拓海のところに行こうか」
その提案に、残りの3人も頷いた。
一方、夏は人混みをかき分けながら、ベノムヒューマンと呼ばれた少女の後を追いかけていた。
学園の誰もいない裏庭で、ようやくその人物に追いつく。
「あの、待ってください!!」
声をかけると、ベノムヒューマンと呼ばれた少女はビクッと驚いて振り向いた。
「……なんですか?」
「えっと、その……」
急いで追いかけたものの、夏は何を話せばいいのか言葉が出てこない。すると少女は、悲しそうに叫んだ。
「……私が『疫病神』って呼ばれてるから、ちょっかいをかけに来たんですか!? なら……やめてください!! もううんざりなんです。私は……何もしてない!!! ほっといてください!」
そう言い捨てて走り出そうとする少女に、夏は手を伸ばす。
「待って!」
夏がその手を掴んだ瞬間、少女は拒絶するように叫んだ。
「触らないで!!」
少女は思い切り夏を突き放した。突き放された夏はバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
少女は倒れた夏を起こそうと一瞬手を伸ばしかけたが、すぐに思い直して手を引っ込めた。
「……ごめんなさい。もう関わらないでください」
そう言い残し、少女はその場を走り去っていった。
「いってててて……」
痛みに耐えながら立ち上がった夏は、あたりを見回して少女を探したが、もう姿はなかった。
「……いない」
夏が立ち尽くしていると、心の中の「鈴」が話しかけてきた。
『夏、あの子に触れた時に確認したが、やはり彼女はベノムヒューマンだ。特有の魔力反応を感じたぞ』
夏はため息をつく。
「そうですか……。これからどうしよう……」
夏が考え込んでいると、桜と茜、そして見知らぬ女性の3人がこちらへ向かって歩いてきた。
「夏! 探しましたよ」
「夏、大丈夫でしょうか? 何かありましたか?」
ふたりの言葉に、夏は答える。
「いや、お昼に話していた子を追いかけて、いろいろあったの。ところで、その方は?」
夏が視線を向けた見知らぬ女性は、笑みを浮かべながら挨拶をした。
「アイリーンと申し上げます。以後、お見知りおきを」
夏は心の中でつぶやく。
(シルクとククリスが言ってた人だ。『気をつけて』って言われた人だ……。でも……別になんともなさそうだけど)
夏がじっと見つめていると、アイリーンが不思議そうに言った。
「えっと、何か私の顔についていますか?」
夏はあわてて手を振る。
「いえ、何もついてません! ただ見とれてただけです、ははは……」
その様子を見ていた茜は、密かに思っていた。
(……主様は、このアイリーンという人をみて何か感じている。私も……この方に話しかけられた時、何か嫌な感じがした。桜はどう思っているかは分からないけれど……)
そしてアイリーンもまた、心の中で企んでいた。
(ふん、この子がチルチットの狙っている子ね。そして解呪ができると思われている子。さて……なんだか警戒されている気がするわね、あっちの茜って子にも。どうしようかしら)
お互いに探り合うような思惑が、その場に漂っていた。
同じ頃、ククリスたちは別館の一部屋の前に到着していた。
ククリスが扉をノックする。
「拓海、いる?」
すると、中から返事が聞こえてきた。
「ククリスか。今、立て込んでてな。何か用事か?」
「たいした用事ではないんだけど、それってすぐに終わる?」
扉の向こうでは、拓海がようやく動かせるようになった自分の体の感覚を確かめていた。そして、自分の力を試そうと、床に倒れている人物たちに向かって魔法を使おうとしていた……まさにそのタイミングで、ククリスたちがやって来たのだった。




