第5章:教室での出来事と、拓海に迫る者
不穏な影が学園に忍び寄っているとも知らず一方で、夏はというと、教室の席で真面目に午後の授業を受けていた。
すると、後方の席からひそひそと、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「夏、夏、なつつ……」
何度も名前を呼ばれ、夏が困惑しながらそっと後ろを振り返ると、そこにはいかにも退屈そうで不服そうな顔をしたシルクの姿があった。
すかさず、その隣の席からククリスが鋭い視線を送り、声を潜めて咎める。
「シルク、授業中よ!」
しかし、シルクは悪びれる様子もなく、ケラケラと小さく笑った。
「いいじゃん!! 少しぐらいからかったって!」
前を向いたまま二人のやり取りを聞いていた夏は、苦笑しながらシルクに囁き返す。
「いやいやシルク、ククリスの言っていることが正しいわ」
「ふーん。夏、そんなこと言うんだ?」
シルクは面白そうに目を細め、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「なによ、その言い方……」
嫌な予感がして夏が身構えると、シルクはさらに声を潜め、決定的な一言を放つ。
「別に? 私の部屋で、思いっきり泣いたって言うのに……そんな態度とるんだ?」
「――っ、かぁぁっ!」
その言葉に、夏の脳裏にこの前の記憶が一気に蘇る。夏は一瞬で耳まで真っ赤になり、顔から火が出そうなほど慌てふためいた。
「今は、関係ないよ……!」
「関係ない? なら、凄く気になってるククリスに話してもいいのかな?」
シルクにそう言われ、夏がハッとしてククリスの方に顔を向けると――。
視線に気づいたククリスは、もの凄い勢いで「バッ」と露骨に顔をそらした。
「……ククリス?」
夏がジト目で名前を呼ぶと、ククリスは慌てて姿勢を正し、わざとらしいお辞儀をするようにコホンと咳払いをした。
「ご、ごほんっ……えっと、何かな、夏?」
「何かなって、ククリス……」
夏は呆れて、思わず突然いつもの真面目な表情に戻った。
そして、夏がさらに何かを言いかけようとした、まさにその瞬間のことだった。
すっと、夏のすぐ横に影が差す。
「――何を話しているのかしら、夏さん?」
低く冷たい声が降ってきた。夏が恐る恐る横を向くと、そこには青筋を立てた先生が仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
教室内が一瞬で凍りつく中、後方からシルクが信じられない言葉を口にした。
「先生。私達、話しかけられて授業中だと言うのを伝えたんですが……」
さらに、隣のククリスまでが真面目な顔で言葉を継いだ。
「シルクの言う通り、私達は注意したんです」
「――っ、冗談でしょう!?」
まさかの身内からの大裏切りに、夏は叫んだ。
「二人が話しかけてきたんじゃないですか! 先生、わかりますよね!? だって私はこの二人と初めて関わりました。自分から話すなんてあり得ません!」
必死に身の潔白を主張する夏。すると、シルクとククリスはわざとらしく「ハッ」とした表情を作り、夏を指さした。
「なっ……そんな事を言って逃げるつもりね!」
「夏、そんな嘘はいけない」
夏とシルク、ククリスの三人が顔を見合わせ、バチバチと火花を散らす。
その様子を見かねた先生が、深いため息をつきながら、冷酷な宣告を下した。
「はぁ……。とりあえず、三人とも授業が終わるまで立ってなさい。それと逃げ出せないよう、魔法が使えないように封印させてもらいます」
先生がパチンと指を鳴らすと、魔法の光が三人の手首に絡みつき、魔力を遮断する枷が取り付けられた。こうして、三人は教室の外へと立たされるのであった。
静まり返った廊下。手首の枷のせいで魔法も使えず、三人は並んで壁際に立っていた。
夏は未だに納得がいかない様子で、隣の二人をジロリと睨みつける。
「シルク、ククリス……貴方達のせいだからね」
すると、シルクはふてくされたように唇を尖らせて反論した。
「いやいや、そこは夏だけが立たされれば良かったんだ!!」
「……シルクが元は悪いよ」
ククリスが深くため息をつきながら、ぼそりとシルクを咎める。そして、手首の枷を見つめて心底うんざりしたように呟いた。
「はぁ、何でこんな事に……」
やがて授業が終わり、三人はみっちりと教師から注意を受けた後、ようやく魔法の枷を外された。
解放された夏は、呆れ顔でシルクとククリスを見つめて言った。
「……大変な目に遭ったわ。次からは辞めてよ、二人とも」
すると、シルクがクスリと笑いながら言い放つ。
「本当に、本当にやめてもいいのかな~?」
その言葉に乗っかるように、ククリスまでもが真顔で言った。
「確かに。辞めてもいいの?」
思いもよらない二人の反応に、夏は目を丸くした。
「えっ? なにそれ?」
「いや、別にね。ククリス」
「そうね、シルク」
二人は顔を見合わせて意味深に微笑むばかりで、何も教えてくれない。
すっかり弄ばれていることに気づいた夏は、顔を赤くして叫んだ。
「なんなんですか!!」
そう吐き捨てると、夏はプンプンと怒りながら一足先に教室へ戻って行くのであった。
残されたククリスとシルクは、去っていく夏の背中を見送りながら顔を見合わせる。
「からかいがいあるよね、夏って」
「確かにね。けど、程々にしないと嫌われるよ」
「分かってるよ」
そう言葉を交わすと、二人もまた仲良く教室へと戻って行くのだった。
その一方で――学園のとある密室では、異常な光景が広がっていた。
室内で倒れている者たちは皆意識を失っており、ただ一人、NO5の藤拓海だけが意識を保ったまま、目の前に立つ一人の女性を鋭く睨みつけていた。
「……あんた何者だよ? 何が目的だ?」
問い詰められた女性は、クスリと余裕の笑みを浮かべる。
「何者かは今はどうでもいいのよ。貴方に少し手伝って欲しい事があるのよ」
「手伝って欲しい事だと?」
拓海が警戒を強めると、女性は追い打ちをかけるように本題を口にした。
「ええ。貴方達は異世界人に不可視の首輪を嵌めてから、異世界人の能力を略奪してるわよね? それをバラされたくなければ、手伝う事をオススメするけれど」
「何の事やら。言いがかりはよせ」
拓海は即座に白を切ろうとしたが、女性はすっと懐から一つの首輪を取り出して見せた。
「これ、何だ?」
不気味に輝く首輪を目にした瞬間、拓海は内心(ヤバい……!)と青ざめた。だが、必死に表情を押し殺して強張る。
「知らねえよ、そんなの」
「そう。なら、貴方につけて差し上げますよ」
女性が冷たくそう言い放ち、首輪を手に一歩近づいてきた。
拓海は恐怖のあまり慌ててその場から立ち去ろうと身を引こうとしたが、なぜか全身が金縛りに遭ったようにピクリとも動かない。
「やめろ! やめろ、来るな!! 手伝う、手伝うから辞めてくれ!」
プライドも投げ捨てて必死に叫ぶ拓海を見下ろし、女性は満足そうに口元を歪めた。
「始めからそう言えばいいのよ」
女性は手にしていた首輪を引くと、淡々と命令を下し始める。
「貴方にして欲しい事は、夏と言う女の監視と、アイリーンの動向を私に伝えてくれればいい。……それと、貴方は力が欲しいからこんな愚かな事をしてるのよね? 力が欲しいかしら?」
命の危険を感じている拓海は、言われるがままにコクコクと頷いた。
「……二人の事はちゃんと報告します。それと……力が欲しいと言えば、くれるのか?」
「そうね、ならこの力を貴方に差し上げましょう。ただし……適応できればの話ですがね」
そう言った瞬間、女性の手のひらにドス黒い魔力の球体が出現した。
女性は邪悪な笑みを深めると、その球体をそのまま拓海のお腹へと容赦なく押し当てた。
「――ぐああああっ!?」
球体が身体にめり込むと同時に、拓海はあまりの激痛に絶叫を上げ、床へと転がり落ちた。
球体が少しずつ拓海の体内に吸い込まれて消えていく中、女性は地面を這いずり回って暴れる拓海を冷ややかに見下ろす。
「抗ってみなさい。そうすれば、力がみなぎるはずだから。……では、約束は守ってくださいね」
地獄のような苦しみに身を悶えさせる拓海を残し、女性は影の中に溶け込むように、その場を後にするのであった。




