第三章:仲間達の拒絶と始まる魔族の密会
食堂の騒がしさから隔離された「遮断の結界」の中で、夏たちは沈黙していた。
紅と黒魔が語った、「見た者が次々と病に倒れるドス紫色の痣」という奇妙な噂。ただの生徒間のいじめにしては、あまりにも不可解で不気味だった。
「……その痣、本当にただの病気なのかな」
夏の呟きは、重苦しい空気に吸い込まれて消えた。
夏は、自身の心の中にいる鈴に意識を向け、問いかける。
(そんなことがあり得ると思う? 鈴、何か心当たりはある?)
すると、脳裏に響く鈴の声は、どこか重く躊躇うようだった。
『……あると言えばあるが。だが、本当にそんなことがあり得るのか……』
(知っているの? なら教えて)
『そのドス紫色の痣はな……私が生きていた頃、禁忌とされていた実験の跡だ。赤子にあらゆる毒を魔法で移植し、人為的に毒人間を作り上げる実験……通称ベノムヒューマン計画』
(えっ……!?)
『だが、その計画はとうの昔に廃止され、禁止されているはずだ。それに、ベノムヒューマンの毒は体内に蓄積されるもの。本人が意図的に撒き散らさない限り、ただ見ただけの人間が病気になるようなことはないはずなのだが……』
(……ちなみに、普通の人に戻す方法はあるの?)
『ない。だが、普通に生活する分には問題ない。もっとも、ここではすでに「疫病神」と呼ばれてしまっている。周囲と普通に接するのは難しいだろうがな』
(……鈴、ありがとう)
深く息を吐き、夏は意識を現実の世界へと戻した。
目の前では、桜や茜、黒魔、紅の四人が、眉をひそめて話し合っているところだった。
「……やっぱり、あの人には関わらない方がいいですかね?」
桜が不安そうに言うと、茜が同意する。
「そうかも」
「俺も関わって、病気にでもなれば大変だからな」
黒魔が現実的な意見を口にすると、紅も真剣な面持ちで頷いた。
「……勇者である私も、その意見には賛成ですわ」
四人の意見が「関わらない」ことで一致しようとした、その時。夏が静かに割り込んだ。
「あのさ……この件、私に任せてくれないかしら?」
「――えっ!?」
四人は一斉にびっくりした様子で、夏を見た。
真っ先に声を荒らげたのは、普段は冷静な茜だった。
「主様、危険です! もし病気にでもなったら、私は……!」
必死に訴える茜に続き、桜も懇願するように夏を遮る。
「茜の言う通りです。だから、今回は辞めてください」
黒魔と紅も、二人の言葉に深く頷いて夏を引き留めようとする。
「……みんなが心配してくれているのは分かったけど、大丈夫だから」
夏が微笑んでなだめようとするが、食卓には重苦しい沈黙が訪れてしまった。
その沈黙を破ったのは、紅だった。
「……だったら、私が『勇者育成本部』の理事にこの件を相談して、何か案を聞いてくるわ。動くのは、それからでもいいかしら?」
仲間をこれ以上心配させないためにも、断る理由はなかった。
夏は真っ直ぐに紅を見つめ、静かに頷いた。
「分かった」
こうして夏は提案を受け入れ、ひとまず様子を見ることにしたのだった。
そして昼食が終わり、それぞれ午後の授業のためにその場を後にするのであった。
夏が教室に戻ると、ククリスとシルクが食堂に行く前と同じ場所で待っており、再び手招きをしてくる。夏は、一緒に教室に入った紅と黒魔に声をかけた。
「呼ばれてるから行くね。けど、二人もどう?」
夏の誘いに、黒魔と紅はそれぞれ首を振った。
「俺は、大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
二人を見送り、夏はそのままククリスとシルクがいる席へと移動した。黒魔と紅も、自分たちの空いている席へと向かう。
席についた紅は、授業が始まるまでの僅かな時間を利用して、自身の行動を起こした。手の甲にそっと魔力を流し、心の中で念じる。
(勇者紅です。お聞きしたいことがあるので、理事に繋いで)
すぐに、頭の中に返答が響いた。
『勇者様、了解しました。少しお待ちください』
しかし、繋がるのを待っている間に予鈴が鳴り、無情にも授業の時間となってしまう。紅は心の中で告げた。
(授業が始まりますので、後程また連絡します)
そう言い残し、紅は一度連絡を切るのであった。
一方、通信が切れたのを確認した「勇者育成本部」の部屋では、一人の年老いた人物――理事が、不機嫌そうに呟いていた。
「連絡は、急用でない限りするなと言い付けたのに。わざわざ連絡してくるとは、やれやれ……。だが、私も夏について聞きたいことがあったからな。再び連絡が来るのを待つとしよう」
理事は冷酷な目を細め、傍らに控える部下に命令を下した。
「それと、夏という人物をこちらの『勇者育成本部』に移送する準備を整えろ。王には既に許可を得ているからな。理事長には、後程私から連絡する」
「了解しました」
部下は慇懃に一礼する。夏の本人のあずかり知らぬところで、不穏な強制移送の手が伸びようとしていた。
またその一方で、学園のどこかにある閉ざされた一室では、陰惨な光景が広がっていた。
「もう……無理です……」
床に四つん這いになり、息も絶え絶えに懇願する一人の男。その男の背中の上には、優雅に腰掛けた一人の女性――学園NO6のアイリーンがいた。彼女は楽しそうに、男を見下ろす。
「あらあら、まだ半刻しか経っていませんよ。情けありませんね。……なら、あの者に薬物を投与しますよ」
アイリーンが冷たく視線を向けた先、壁際には一人の女性が固く拘束されていた。アイリーンの言葉に合わせ、一人の手下が怪しく光る注射器のようなものを持って、拘束された女性へと近づいていく。女性は恐怖に激しく身体を震わせ、必死に抵抗した。
背中に乗られている男は、必死に床に頭をこすりつける。
「辞めてください、アイリーン様! まだ、まだやれますから!」
男の必死な命乞いを聞き、アイリーンは満足そうに嗜虐的な笑みを浮かべた。
「それならそうと言いなさい、可愛い下僕よ」
その時、部屋の扉が小さくノックされた。
「……来たわね」
アイリーンが呟くと同時に扉が開き、一人の人物が中に入ってくるなり告げた。
「チルチット様から、アイリーン様に連絡です」
その報告を聞いた瞬間、アイリーンは退屈そうに指をパチンと鳴らした。
――パンッ!
突如として、アイリーンが座っていた男の顔面が内側から激しく破裂した。それだけに留まらず、壁に拘束されていた女性の顔もまた、同じように無残に破裂する。肉飛沫と鮮血が部屋中に激しく飛び散った。
「興が醒めたわ。……チルチット、何用かしら?復活したのは知ってたけど」
自身も返り血を浴び、血塗られた状態のままでアイリーンが淡々と言い放つ。すると、部屋の上空の空間が歪み、魔力によってチルチットの姿が映し出された。
チルチットは画面越しに室内の惨状を一瞥し、鼻で笑う。
「つまらぬ事をまだしているか、アイリーン」
「で要件は何かしら?」
アイリーンは表情一つ変えずに問い返す。チルチットは傲慢な態度で告げた。
「近いうちに、その学園に乗り込むつもりだ。なので、その際は学園の結界を解除しろ」
あまりにも身勝手な命令に、アイリーンの目に不快な光が宿る。
「何様かしら、チルチット? 誰に向かって言っているの?」
チルチットの顔から余裕が消え、威圧的なオーラが画面越しに膨れ上がる。
「その物乞いは喧嘩を売っているのか、アイリーン……?」
冷酷な二人の強者が、画面越しに激しく睨み合う。学園の崩壊を予感させる、最悪の会談が始まろうとしていた。




