1章:解呪の光と動き出す影
「不可視の首輪」の存在が発覚してから、四日の月日が流れていた。
夏は、精神世界にある「広い何もない空間」の中で、鈴と二人きりで向かい合っていた。
「鈴、解呪はできそうですか? ママス学園長やマルコス先生から進捗を尋ねられたので、とりあえず『もう少し待ってほしい』とは伝えてあるのですが……」
それまで静かに瞑想していた鈴が、ゆっくりと目を開けた。
「先程、解呪の術式を創造した。……それにしても、こんなにも複雑に作り込まれた呪具は、私が生きていた時代には無かったな。一体どこの誰が作り上げたものやら」
「そうなんですか……?」
「あぁ。とりあえず学園長たちには、解呪の目処が立ったと伝えてくれ。そして、首輪をつけられている者たちを集めてもらうのだ。やり方は簡単だ、私が夏の手を通して首輪に触れ、こちらから解呪の魔法を直接叩き込む。それで確実に外せるはずだ。……だがな」
鈴がふと言葉を濁す。
「鈴……? どうしたの?」
「……問題が一つある。首輪が外れると同時に、そいつが持っている『誰に首輪をつけられたか』という記憶が消滅してしまうのだ」
「えっ!? 記憶が消える……? それがなくても、犯人の名前を話そうとすれば電流が流れる仕組みのせいで、誰がやったか分からずにいるのに……」
「……考えても始まらぬな。とりあえず、学園長とマルコス先生にありのままを話し、指示を仰ごう」
「そうだね」と頷き、夏は精神世界から現実の肉体へと意識を戻した。そして、真相を報告すべく学園長室へと急いだ。
一方その頃、人影のない静かな狙撃演習場には、桜とククリスの姿があった。
「桜、とりあえずあの遠くにある的を狙撃してみましょうか」
「えっ? いきなりですか!?」
「そうよ。それから、昨日渡した『スナイパーライフルを収納する指輪』から武器を取り出して。弾の放ち方は昨日教えた通り、銃身に自分の魔力を込めて放つのよ」
桜は緊張しながらも、言われた通り指輪に魔力を流し込んだ。すると、空間がわずかに歪み、一丁のスナイパーライフルが姿を現す。
桜は地面に這いつくばるようにして銃を構え、スコープ越しに標的へと照準を合わせようとした。しかし、その動きを見たククリスから鋭い声が飛ぶ。
「桜、照準を合わせるのが遅い! 何度も言っているでしょう。もう、私に教えを乞うのを辞める?」
「ご、ごめんなさい! もう一度よろしくお願いします!」
「なら、次はアソコ」
ククリスが別の的を指さす。桜は焦る気持ちを抑えながら銃身をスライドさせ、魔力弾を放った。パァンと乾いた音が響き、弾は的に命中したものの、中心からは僅かにズレていた。
「もう一度、アソコ」
「はいっ!」
その後も容赦のない指導は続き、桜が魔力を使い果たして激しく息を切らせたところで、ようやく終了の合図がかかった。
「今日の特訓はここまで。スナイパーライフルを使ってみて、どう?」
「はぁ、はぁ、はぁ……む、難しいです……っ」
「……そうね、桜の体格には少し荷が重いかしら。なら、次はもう少し小型の銃にしましょう。また用意しておくわ」
「ええと、あの、その……このスナイパーライフルはどうしたらいいですか?」
「それは念のために持っていなさい。もしかしたら使う機会があるかもしれないから。それよりも桜、もうすぐ授業が始まるわよ。急ぎなさい」
「はっ!」として腕時計を見た桜は、慌てて立ち上がった。
「ククリスさん、ありがとうございました!」
桜はペコリと頭を下げると、風のようにその場を走り去っていった。
桜の姿が見えなくなるのを見届けてから、ククリスは誰もいないはずの空間に向かって声をかけた。
「シルク、そこにいるのは知っているわよ。別に隠れなくてもいいのに」
気配を消していたシルクが、音もなく姿を現した。その表情には驚きが混じっている。
「……あんたが人にものを教えるなんて、今でも信じられないわ。桜は、夏や茜に比べると、その……」
「確かに、現時点では劣るかもね」
ククリスはあっさりと認めた。
「現時点で? 桜には、何か秘められた力でもあるの?」
「さぁね。それよりも私、今日の授業はパスするわ。眠くて眠くてたまらないの」
ククリスがその場を離れようと背を向けた瞬間、シルクが素早く回り込み、彼女の首元をがしっと掴んだ。
「ククリス、ダメよ。あんた、最近全然授業に出てないじゃない。それに、桜のこともっと詳しく教えなさい」
「……くぅ、桜が離れた瞬間に話し込むんじゃなくて、すぐに逃げれば良かったわ。……分かったわよ、授業には出る。だけど、桜のことについては話せないわ。こう見えても、彼女は私の可愛い『教え子』だからね」
ククリスはシルクに首根っこを掴まれたまま、観念したように演習場を後にするのだった。
場面は戻り、学園長室。
到着した夏は、デスクに腰掛けるママス学園長と、その傍らに佇むマルコス先生に向かって報告を終えていた。
「学園長、とりあえず『不可視の首輪』を解呪することは可能です。……ただ、その。解呪した瞬間、被害者は『誰に首輪をつけられたか』という記憶を失ってしまうのです」
夏の言葉に、ママスとマルコスは一瞬顔を見合わせた。
「……そうか。犯人を特定する手がかりが得られれば最高だったのだがな。だが、背に腹は変えられん。呪縛から解放される方が先決だ」
「そうですね、学園長。……夏、今から早速、解呪を行ってもらえるかしら?」
夏が力強く頷くと、一同は被害にあった生徒たちが横たわる救護室へと移動した。
ベッドの並ぶ部屋の入り口で、学園長が「頼む」と短く告げる。
「分かりました」
夏は静かに歩み寄り、ベッドで横になっている生徒の一人の首元にそっと手をかざした。
ほんの数秒の後、夏の手に魔力が宿る。すると、それまで見えなかった「不可視の首輪」が実体化して淡い色を帯び、カランと音を立てて床へと転がり落ちた。
その鮮やかな解呪の手際を見つめながら、ママス学園長はマルコスの耳元で密かに囁いた。
「マルコス、我が陰の護衛よ。夏に監視をつけ、彼女の安全を確保しなさい。これほどの技術、王国の権力者や質の悪い輩に目をつけられたら非常に厄介なことになる」
「仰せのままに。後ほど適任の者を選び、彼女の学園生活に支障が出ないよう、裏から手を回しておきます」
マルコスは冷徹な眼差しで、静かに一礼した。
同じ頃、とある薄暗い一室。
「No.5」と呼ばれる少年拓海は、自身が仕掛けた術式の変動を感知し、驚愕の声をあげていた。
「……何者かによって『不可視の首輪』が解呪されただと!? マルコス先生か、それとも学園長の手によるものか? くそっ、今まで誰にも解呪できなかったはずなのに、なぜだ……!」
焦燥に駆られる拓海に、周囲を囲む取り巻きの生徒たちが揉み手をするように声をかける。
「拓海様、落ち着いてください。あの方も言っていたでしょう? 万が一解呪されても、仕掛けられた記憶は消えると」
「そうです、証拠は残りませんよ」
その言葉に、拓海はふぅと荒い息を吐き、冷静さを取り戻した。
「……そうだな。とりあえず、しばらくは大人しく様子を見る。この件は父上に報告し、指示を仰ぐとしよう。それからお前たち、例の女――『桜』の監視は引き続きバレないように続けろ。頃合いを見て勧誘できそうなら引き込むんだ。あの女の能力は利用価値がある。必ず、俺たちの手中に収めるぞ」
「了解いたしました」
取り巻きたちは一斉に頭を下げると、闇に紛れるように部屋から退出していった。
静まり返った部屋で一人残された拓海は、苛立たしげに頭を抱えた。そして、机の引き出しから通信用と思われる怪しげな水晶を取り出し、父親へと連絡を入れるために魔力を込め始めるのだった。




