十一章:孵化と、出発
船の準備が整うまでの間、冬は卵を暖めながら、街に出て聞き込みを行っていた。自分と同じ顔をした人物――姉の夏をどこかで見かけなかったか、それを突き止めるために。
しかし、街に出ると妙なことばかりが起きた。
かつて冬を取り巻いていた男たちが、彼女の姿を見るなりその場に跪いたのだ。まるで何かの事情を知っているかのように、彼らは血相を変えて言う。
「冬様と同じ顔をした人物をお探しなのですね!? なんということだ、冬様のためにもすぐに情報をかき集めなければ!」
「そうだ! よし、俺たちも冬様のために全力で情報を集めるぞ!」
男たちは言うが早いか、脱兎のごとく街へと散っていった。その様子を呆然と見送りながら、冬は首を傾げる。
「……なに、冬様って? でも……情報を集めてくれるのはありがたいな」
その場を離れようとすると、今度は女性たちが集まってきた。
「冬お嬢様! 人をお探しになっているとお聞きしました。私たちも伝手を使い、情報を集めますので任せてくださいませ!」
「冬お嬢様のためなら、私たちは何でもいたしますわ!」
彼女たちもまた、言うだけ言って一斉に駆け出していった。
「はは……何がなにやら。異世界って、こんなことばかり起こるのかしら。バーインでもこんな調子だったら心配になるわね」
冬はそれ以上の聞き込みを諦め、船の準備が整うまでは部屋に籠もり、卵を暖めることに専念した。
それからというもの、部屋には取り巻きたちのリーダーや、彼女をお嬢様と呼ぶ女性たちが代わる代わる集まった情報を届けにやってきた。
肝心の姉・夏に直結する情報は得られなかったが、その中で冬の耳を捉えた噂がいくつかあった。
ひとつは「平等平和学園」という場所の存在。そしてもうひとつは、この世界で有名だった「ハクレン」という人物がいた拠点が魔族に襲撃されて滅ぼされ、ハクレン自身も死亡したという事件。
――そしてそこには、異世界人がいたというのだ。
その日の夜。冬はベッドの中で、隣にいるクレアに不安を吐露した。
「……魔族に滅ぼされた場所にいたっていう異世界人、夏じゃないよね? それに、平等平和学園には異世界人もいるっていうのが、どうしても気になるの……」
クレアは冬の表情を見つめ、静かに告げた。
「……そちらに向かっても、妾は構わぬぞ?」
しかし、冬は小さく首を振った。
「大丈夫です……。まずはバーインに行って、サンボルト・マミーの件を片付けるのが先。それからでも……」
言葉を濁す冬の、その不安そうな横顔を、クレアは愛おしそうに引き寄せて抱きしめた。
「冬……妾のことばかりではなく、もっと自分の方を大切にしても良いのだぞ。お前がそんな悲しそうな顔をすると、妾の胸も痛む。……今の妾にできるのは、こうしてお前を抱きしめることくらいだが」
耳元で囁かれる優しい声に、冬もそっと腕を回し、クレアを抱きしめ返した。
「大丈夫です……。心配なのは本当だけど、クレアが私を心配してくれるのと同じように、私もクレアが心配なんです。一緒に行動しているから分かるけれど、クレアが時折見せるその心配そうな表情を見る方が、私は悲しい。だから……こうして、抱きしめてくれるだけで十分です」
二人はそれ以上言葉を交わさず、静かに互いの体温を確かめ合うように、しばらくの間そのままでいた。
バーインへの行く船の支度が出来、出発する日の朝。冬は予定よりも早く目が覚めた。まだ健やかに眠っているクレアの寝顔を確認し、彼女はひとりで部屋を後にした。
外はまだ薄暗く、街灯の明かりもほとんど灯っていない。
ふらふらと行く当てもなく散歩しているうちに、足は自然と船乗り場へと向かっていた。出港の準備を進めていた船乗りたちが、冬の姿に気づいて慌てて駆け寄ってくる。
「冬様! どうなされたのです? まだ出港の時間には早いですが……」
「冬様、何かトラブルでもありましたか?」
敬意の籠もった視線に、冬は苦笑しながら手を振った。
「特に何もないわ。ちょっと散歩がてらに寄ってみただけよ」
「そうですか。もし何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください!」
「ええ、ありがとう」
冬は船乗り場を離れ、そろそろ戻ろうかと思いながら、来た道を歩き始めた。
宿の前に差し掛かると、そこにはすでに起きていたクレアが腕を組んで待っていた。
「冬、おかえり。散歩か?」
「……うん、そんな感じ。もしかして、私がいなくなってて心配した?」
からかうように言うと、クレアはぷいと顔を背けた。
「馬鹿を言うでない。この妾が心配など――それよりも、そろそろ食事の時間なのだが……って、冬、その痣、光っておるぞ?」
「えっ?」
冬が慌てて自身の痣を確認すると、そこは確かに目も眩むような輝きを放っていた。
「どうしよう!? とりあえず部屋に戻って、卵を確認してみた方がいいよね!」
二人は慌てて部屋へと駆け込み、冬が痣から卵を取り出した。すると、光を纏った卵の殻に、ピキピキとひび割れが走っていく。
「孵化するのか!?」
「そうみたい……!」
次の瞬間、眩い光とともに卵から姿を現したのは、透き通るように美しい白色の小さなドラゴンだった。
幼いドラゴンは冬とクレアを見つめると、「キュキュキュキュ!」と愛らしく鳴き、まっすぐに冬の胸へと飛び込んできた。
冬が咄嗟に抱きかかえると、ドラゴンは嬉しそうに冬の胸元に頭を擦り付け始める。
「……産まれたは良いが、コヤツは何を食べるのだ? 妾は子育てなどしたことがないから、何も分からんぞ」
クレアが物珍しそうに、冬に懐くドラゴンの頭を撫でながら言った。
「私も知らないわよ。どうしようかしら……って、待って、そこは、ちょっと! 動かないで!」
「どうした、冬? うん……? うんん……!? って、コヤツ、乳を探しておるのか!?」
ドラゴンは冬の衣服を引っ張り、胸元へ潜り込もうと必死に口を動かしている。
「えっ!? 待って、待って、私、そんなの出ないから! そんなところ触らないで!」
「コヤツ、羨ま……げふん、いや! 冬が困っておるだろう! 離れよ!」
クレアは慌ててドラゴンの首根っこを摘み上げ、冬から引き離した。急に引き剥がされたドラゴンは、手足をバタつかせて大暴れする。
「キュアア――!!」
激しく鳴き叫ぶ我が子を前に、冬は途方に暮れてクレアを見た。
「……クレア、どうしたらいい?」
「……分からん。だが、言えることは一つ……乳を吸わせて落ち着かせるしかないのかもしれぬ」
「えっ!? 嫌よ……そんなの、キスするよりも恥ずかしいわよ!」
「しかし、鳴き止ませねば何も始まらんぞ」
摘ままれたまま、涙目を浮かべて暴れる小さなドラゴン。その姿を見つめ、冬は大きくため息をついた。
「……はぁ。なんで私ばかりこんな目に。……クレア、この子と二人きりにさせて」
「なっ!? 冬、まさか……!? それは狡いぞ!」
「クレア? ……どういう意味かな? キス、お預けにしようか?」
冬の冷たい視線に、クレアは一瞬で背筋を伸ばした。
「……いや、その、何でもない! 何でもないから! 離れておれば良いのだな! 終わったら、下に降りてきてくれれば良いからな!」
焦ったクレアは、暴れるドラゴンを大慌てで冬の腕に戻すと、逃げるように部屋を出ていった。
静かになった部屋で、冬は腕の中の幼い命を見つめる。
「……私、一体何をしてるんだか」
ぽつりと呟き、冬は覚悟を決めて、小さなドラゴンにそっと胸を含ませるのだった。
ゴタゴタした後に冬は生まれたばかりの小さなドラゴンを抱き、クレアと共に港へと向かった。
港には、驚くほどたくさんの街の人々が集まり、彼女たちの出発を見送ろうとしていた。
「冬様! またいつでもここに戻ってきてください! みんな、お待ちしておりますから!」
「冬お嬢様、私たちもお帰りをお待ちしております!」
あちこちから上がる歓声に、冬は目を丸くしながらも、嬉しそうに手を振り返した。
「あ、はい! ありがとうございます! また戻ってきたときは、よろしくお願いしますね!」
温かい見送りの声に背を押されながら、二人は船へと乗り込んだ。
錨が上げられ、船はゆっくりと動き出す。目指すは、最上級魔族サンボルト・マミーが囚われているという、未知の都市「バーイン」。
波をかき分ける船の上で、冬は新たな旅立ちへと思いを馳せるのだった。
船の準備が整うまでの間、冬は卵を暖めながら、街に出て聞き込みを行っていた。自分と同じ顔をした人物――姉の夏をどこかで見かけなかったか、それを突き止めるために。
しかし、街に出ると妙なことばかりが起きた。
かつて冬を取り巻いていた男たちが、彼女の姿を見るなりその場に跪いたのだ。まるで何かの事情を知っているかのように、彼らは血相を変えて言う。
「冬様と同じ顔をした人物をお探しなのですね!? なんということだ、冬様のためにもすぐに情報をかき集めなければ!」
「そうだ! よし、俺たちも冬様のために全力で情報を集めるぞ!」
男たちは言うが早いか、脱兎のごとく街へと散っていった。その様子を呆然と見送りながら、冬は首を傾げる。
「……なに、冬様って? でも……情報を集めてくれるのはありがたいな」
その場を離れようとすると、今度は女性たちが集まってきた。
「冬お嬢様! 人をお探しになっているとお聞きしました。私たちも伝手を使い、情報を集めますので任せてくださいませ!」
「冬お嬢様のためなら、私たちは何でもいたしますわ!」
彼女たちもまた、言うだけ言って一斉に駆け出していった。
「はは……何がなにやら。異世界って、こんなことばかり起こるのかしら。バーインでもこんな調子だったら心配になるわね」
冬はそれ以上の聞き込みを諦め、船の準備が整うまでは部屋に籠もり、卵を暖めることに専念した。
それからというもの、部屋には取り巻きたちのリーダーや、彼女をお嬢様と呼ぶ女性たちが代わる代わる集まった情報を届けにやってきた。
肝心の姉・夏に直結する情報は得られなかったが、その中で冬の耳を捉えた噂がいくつかあった。
ひとつは「平等平和学園」という場所の存在。そしてもうひとつは、この世界で有名だった「ハクレン」という人物がいた拠点が魔族に襲撃されて滅ぼされ、ハクレン自身も死亡したという事件。
――そしてそこには、異世界人がいたというのだ。
その日の夜。冬はベッドの中で、隣にいるクレアに不安を吐露した。
「……魔族に滅ぼされた場所にいたっていう異世界人、夏じゃないよね? それに、平等平和学園には異世界人もいるっていうのが、どうしても気になるの……」
クレアは冬の表情を見つめ、静かに告げた。
「……そちらに向かっても、妾は構わぬぞ?」
しかし、冬は小さく首を振った。
「大丈夫です……。まずはバーインに行って、サンボルト・マミーの件を片付けるのが先。それからでも……」
言葉を濁す冬の、その不安そうな横顔を、クレアは愛おしそうに引き寄せて抱きしめた。
「冬……妾のことばかりではなく、もっと自分の方を大切にしても良いのだぞ。お前がそんな悲しそうな顔をすると、妾の胸も痛む。……今の妾にできるのは、こうしてお前を抱きしめることくらいだが」
耳元で囁かれる優しい声に、冬もそっと腕を回し、クレアを抱きしめ返した。
「大丈夫です……。心配なのは本当だけど、クレアが私を心配してくれるのと同じように、私もクレアが心配なんです。一緒に行動しているから分かるけれど、クレアが時折見せるその心配そうな表情を見る方が、私は悲しい。だから……こうして、抱きしめてくれるだけで十分です」
二人はそれ以上言葉を交わさず、静かに互いの体温を確かめ合うように、しばらくの間そのままでいた。
バーインへの行く船の支度が出来、出発する日の朝。冬は予定よりも早く目が覚めた。まだ健やかに眠っているクレアの寝顔を確認し、彼女はひとりで部屋を後にした。
外はまだ薄暗く、街灯の明かりもほとんど灯っていない。
ふらふらと行く当てもなく散歩しているうちに、足は自然と船乗り場へと向かっていた。出港の準備を進めていた船乗りたちが、冬の姿に気づいて慌てて駆け寄ってくる。
「冬様! どうなされたのです? まだ出港の時間には早いですが……」
「冬様、何かトラブルでもありましたか?」
敬意の籠もった視線に、冬は苦笑しながら手を振った。
「特に何もないわ。ちょっと散歩がてらに寄ってみただけよ」
「そうですか。もし何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください!」
「ええ、ありがとう」
冬は船乗り場を離れ、そろそろ戻ろうかと思いながら、来た道を歩き始めた。
宿の前に差し掛かると、そこにはすでに起きていたクレアが腕を組んで待っていた。
「冬、おかえり。散歩か?」
「……うん、そんな感じ。もしかして、私がいなくなってて心配した?」
からかうように言うと、クレアはぷいと顔を背けた。
「馬鹿を言うでない。この妾が心配など――それよりも、そろそろ食事の時間なのだが……って、冬、その痣、光っておるぞ?」
「えっ?」
冬が慌てて自身の痣を確認すると、そこは確かに目も眩むような輝きを放っていた。
「どうしよう!? とりあえず部屋に戻って、卵を確認してみた方がいいよね!」
二人は慌てて部屋へと駆け込み、冬が痣から卵を取り出した。すると、光を纏った卵の殻に、ピキピキとひび割れが走っていく。
「孵化するのか!?」
「そうみたい……!」
次の瞬間、眩い光とともに卵から姿を現したのは、透き通るように美しい白色の小さなドラゴンだった。
幼いドラゴンは冬とクレアを見つめると、「キュキュキュキュ!」と愛らしく鳴き、まっすぐに冬の胸へと飛び込んできた。
冬が咄嗟に抱きかかえると、ドラゴンは嬉しそうに冬の胸元に頭を擦り付け始める。
「……産まれたは良いが、コヤツは何を食べるのだ? 妾は子育てなどしたことがないから、何も分からんぞ」
クレアが物珍しそうに、冬に懐くドラゴンの頭を撫でながら言った。
「私も知らないわよ。どうしようかしら……って、待って、そこは、ちょっと! 動かないで!」
「どうした、冬? うん……? うんん……!? って、コヤツ、乳を探しておるのか!?」
ドラゴンは冬の衣服を引っ張り、胸元へ潜り込もうと必死に口を動かしている。
「えっ!? 待って、待って、私、そんなの出ないから! そんなところ触らないで!」
「コヤツ、羨ま……げふん、いや! 冬が困っておるだろう! 離れよ!」
クレアは慌ててドラゴンの首根っこを摘み上げ、冬から引き離した。急に引き剥がされたドラゴンは、手足をバタつかせて大暴れする。
「キュアア――!!」
激しく鳴き叫ぶ我が子を前に、冬は途方に暮れてクレアを見た。
「……クレア、どうしたらいい?」
「……分からん。だが、言えることは一つ……乳を吸わせて落ち着かせるしかないのかもしれぬ」
「えっ!? 嫌よ……そんなの、キスするよりも恥ずかしいわよ!」
「しかし、鳴き止ませねば何も始まらんぞ」
摘ままれたまま、涙目を浮かべて暴れる小さなドラゴン。その姿を見つめ、冬は大きくため息をついた。
「……はぁ。なんで私ばかりこんな目に。……クレア、この子と二人きりにさせて」
「なっ!? 冬、まさか……!? それは狡いぞ!」
「クレア? ……どういう意味かな? キス、お預けにしようか?」
冬の冷たい視線に、クレアは一瞬で背筋を伸ばした。
「……いや、その、何でもない! 何でもないから! 離れておれば良いのだな! 終わったら、下に降りてきてくれれば良いからな!」
焦ったクレアは、暴れるドラゴンを大慌てで冬の腕に戻すと、逃げるように部屋を出ていった。
静かになった部屋で、冬は腕の中の幼い命を見つめる。
「……私、一体何をしてるんだか」
ぽつりと呟き、冬は覚悟を決めて、小さなドラゴンにそっと胸を含ませるのだった。
ゴタゴタした後に冬は生まれたばかりの小さなドラゴンを抱き、クレアと共に港へと向かった。
港には、驚くほどたくさんの街の人々が集まり、彼女たちの出発を見送ろうとしていた。
「冬様! またいつでもここに戻ってきてください! みんな、お待ちしておりますから!」
「冬お嬢様、私たちもお帰りをお待ちしております!」
あちこちから上がる歓声に、冬は目を丸くしながらも、嬉しそうに手を振り返した。
「あ、はい! ありがとうございます! また戻ってきたときは、よろしくお願いしますね!」
温かい見送りの声に背を押されながら、二人は船へと乗り込んだ。
錨が上げられ、船はゆっくりと動き出す。目指すは、最上級魔族サンボルト・マミーが囚われているという、未知の都市「バーイン」。
波をかき分ける船の上で、冬は新たな旅立ちへと思いを馳せるのだった。




