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双子姉妹と異世界  作者: ひろろ
冬 バーイン道中編
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第十章:元の世界の孵化と、不穏な動きの魔族

 

 部屋に重苦しい沈黙が訪れた。それを破ったのはケオンだった。


「……とりあえず、一度卵を取り出して見せてくれないか?」


 唐突なその言葉に、冬はそっと自身の痣に手を当てた。すると、吸い込まれるように消えていた卵が再び姿を現す。冬から受け取った卵を、ケオンは真剣な面持ちで優しく扱い、隅々まで状態を確認し始めた。


 それを見守っていたクレアが、ぽつりと冬に提案する。


「……最悪、妾の魔力をその痣に流し込めば孵化するのではないか? もし魔力によって育つ卵なのだとしたら、だが」


 その言葉を聞き咎め、ケオンが即座に否定的な視線を向けた。


「可能か不可能かで言えば、できるかもしれない。だが、魔王の魔力なんて代物が、孵化にどんな影響を与えるか分かったもんじゃないぞ……。最悪、その強大すぎる魔力に耐えきれず、中で絶命する可能性だってある。だから、俺は絶対にやめるべきだと思う」


「そうか……。なら、どうする?」


 再び部屋を沈黙が支配する。冬はしばらく考え込んだ末に、ひとつの可能性を口にした。


「……私たちがいた世界ではね、卵は暖めることで孵化するの。だから、1日に数回、人の温もりで暖めてあげたら、孵化したりしないかな?」


 突拍子もないようだが、筋は通っている。ケオンは顎に手を当てた。


「どうだろうな……。考えてばかりいても仕方ない、今日から試しに暖めてみたらどうだ? バーイン行きの船は、まだ準備にあと2日ほどかかるみたいだしな」


「今から試してみます。って……2日もかかるの? クレア……大丈夫?」


 冬は心配そうにクレアの顔を覗き込んだ。しかし、クレアは毅然とした態度で首を振る。


「大丈夫だ。妾だってマミーのことは心配だが……ああ見えて、マミーは最上級魔族の中でも別格の存在。だから……大丈夫だ」


「……そう。なら、とりあえずこの2日間はゆっくりできるのね」


 ほっと胸をなでおろす冬に、クレアはニヤリと妖しげな笑みを浮かべた。


「それよりも……冬、忘れてないわよね?」


「えっ? 何を?」


「とぼけても無駄よ。――ケオン、お前には少々刺激が強いかもしれないから、出て行きなさい」


「は? おい、ちょっと――」


 クレアはケオンの反論を無視して強引に部屋から押し出すと、パタンと扉を閉めて鍵をかけた。そして、ゆっくりと冬に向き直る。


「……えっ? あの、私ついさっき起きたばかりなんだけど?」


 後ずさる冬に、クレアは真剣な、どこか切なげな瞳を向けた。


「取り引きをしただろう? 妾は……ずっと我慢していた。けど、正直なことを言うとね、魔力を極限まで使い果たして、今はほぼ空っぽに近いの」


「それ冗談でしょ? さっき魔力はかなり戻ったって言わなかった?」


「嘘よ、本当のことを言えば心配させると思ってな。だから……お前が起きる前に、接吻をして魔力を分けてもらおうとしたのだ」


「……本当の本当に? だって、それじゃケオンがいたのに接吻しようとしたってことになるよ?」


「……本当だ。それだけ焦っていて、周りを気にする余裕がなかった。だが、お前が起きてしまったから、まずは話を聞きたいと思って我慢していたのだ」


 潤んだ瞳で見つめられ、冬の胸に罪悪感が込み上げる。


「……ごめん」


 冬がそっと目を瞑ると、クレアは待ってましたとばかりに、その唇を優しく重ね合わせるのだった。


 しばらくして、冬は顔を真っ赤に火照らせた状態で、机の上の卵を取り上げた。


「……さて、これから卵を暖めてみようかしら」


 照れ隠しのようにそう言うと、すっかり元気を取り戻したクレアが身を乗り出してきた。


「よし、妾が暖めてやろう! 火の魔法を使って、殻を絶妙な温度で暖め続けてやる。さあ、卵を貸せ!」


「何言ってるの!?」


 とんでもない提案に、冬の顔は一瞬で凍りついた。


「そんなことしたら、中身が蒸し焼きになって死んじゃうわよ! だから絶対にかさない!」


「うぇっ!? なら、どうやって暖めるのだ?」


「……優しく卵を撫でたり、例えば、布団で一緒に寝たり、とか」


 それを聞いたクレアの目が輝く。


「なら、布団で一緒に寝るのが一番良いと思う! 妾も冬の布団に潜り込んでやろう!」


「クレア? ……真面目に言ってる? あなた、私と一緒に寝たいだけじゃないの? ふざけるなら、今は1人にして欲しいんだけど」


 冬が本気でジト目を向けて怒ると、クレアは慌てて両手を振った。


「違う、違う、違うから!! ふざけてない、ふざけてないから怒るな! 分かった、分かったから! なら妾は、何か他に良い暖め方がないか、皆に聞いてくる!」


 そう言い残し、クレアは脱兎のごとく部屋から逃げ出して行った。


 静まり返った部屋で、冬はぽつりと呟く。


「全く、クレアは……」


 ため息をつきながら、冬は窓の外を見つめた。遠い世界にいる夏(なつ)のことに想いを馳せながら、その手は優しく、愛おしそうに卵を撫で続けていた。


 一方、その頃。


 左目に眼帯をつけた人物に「冬の痣」のことを報告した男は、とある薄暗い玉座の間に到着していた。王が座るような豪奢な椅子に深く腰掛け、男は不敵な笑みを浮かべる。


「中々に面白いものが見えた。今、私はすこぶる機嫌が良い。まさか、あの魔王様が生きておられたとは思いもしませんでしたからね」


 その言葉に、傍らに控えていたメイド姿の魔族が嬉しそうに微笑んだ。


「本当でございますね! 貴方様がそのように機嫌を良くされている姿を見るのは、一体いつ以来でしょうか」


 すると、影から現れた別の魔族が、余計な口を挟んだ。


「あの時だろ? サンボルト・マミーを騙し、貴族と王に売って『バーイン』の動力源として提供した時以来だ」


 その瞬間、室内の空気が一変した。


 先ほどまで肉食獣のように睦まじく笑っていた男の目が、凍りつくような冷徹さに染まる。


「おいおい……その話はするなと、約束しなかったか? 何故わざわざ思い出させる? 貴様は――私の機嫌を損ねた。殺せ」


「ひっ――!?」


 男が言い放つと同時に、メイド姿の魔族が音もなくその魔族の背後に転移した。そして、躊躇なくその細い腕を、男の腹部へと深く突き刺す。


「当然の報いだ。死して自分の愚かさを呪いなさい」


 心臓を貫かれた魔族は、声も上げられずに崩れ落ち、絶命した。


「死体をこちらへ渡せ」


 メイドが言われた通りに骸を差し出すと、機嫌を損ねた男は、その死体を両手で凄まじい力で捏ねくり回し始めた。


 バキバキ、ボキボキと、骨が文字通り粉砕されるおぞましい音が室内に響き渡る。肉と骨はまたたく間に圧縮され、やがて、小さな丸い泥団子のような「玉」へと変形した。


 男はそれを躊躇なく口に放り込み、ガリリ、と噛み砕いて飲み込んだ。


「……これから、どうするおつもりでしょうか?」


 メイドの魔族が何事もなかったかのように尋ねる。男は口元を拭い、冷酷な笑みを戻した。


「ふむ。とりあえずバーインの貴族どもに、『厄介な者がそちらに向かうかもしれん』とだけ報告しておけ。それと、サンボルト・マミーを時折装置から外して、生態を調べるのはもうやめろと伝えておけ。奴はそこらの魔族とは次元が違う。何かあってからでは手遅れになる、とな」


「畏まりました」


 メイドの魔族が静かに退室し、一人残された男は、暗がりの玉座でクククと低く笑った。


「魔界に『魔王様が生きていた』と知らせれば、未だ表に出てきていない、本当の最上級魔族達はどんな反応をするのか……。それを見るのも楽しそうだな。なんなら……この俺が、次の最上級魔族に成り上がる可能性だってあるわけだ。ククク……」


 男の口から漏れ出た「本当の最上級魔族」という不気味な言葉が、誰もいない暗闇にいつまでも響いていた。


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