第九章:天才の告白と、届かぬ魔力
冬が目を覚ますと、視界いっぱいに見慣れない天井が広がっていた。体を起こそうとした瞬間、至近距離にクレアの顔がぬっと現れる。
「目が覚めたのか、冬。全く起きぬから……接吻にて起こそうかと思っておったところだ。ちぃ……もう少し遅ければできておったのに」
「クレア? 『ちぃ』ってどういう事かな? それに遅ければって……貴方は何を言ってるのよ!! まさか、まさか気絶している間にしたの? もう、約束は無しだよ!!!」
飛び起きて叫ぶ冬に、傍らにいたケオンが困ったように咳払いをした。
「‥待て、冬。クレアは、お前が起きるまでのこの一日半、何もしてない。それどころか、ずっと側をウロウロして心配してたんだぞ」
「‥そうなの?」
冬が毒気を抜かれたように聞き返すと、クレアはバツが悪そうに顔を逸らした。
「ふん、妾だって‥それくらいの節度は持ち合わせておる。それよりも‥冬、酷い言いようだったわね?」
(ヤバい‥また交渉してきそう。けど今回は私が悪かったから‥仕方ない)
冬はペナルティを覚悟したが、クレアの口から出たのは別の報告だった。
「今は、それよりも‥冬が気絶している間に船乗り場は解放され、ケオン達が引き継ぐ事となった。住人達も、前のボスのやり方にはうんざりしていたようで、すぐに決まったわ。それと、ボスの取り巻き共だが……冬の事を何故か『冬様には大変な事をしてしまい申し訳ありません。我々は冬様によって目が覚めました。冬様の為に忠義を示します』と改心しておるぞ」
「‥何それ? 冬様って何? 私はただ殺さずに制圧しただけなのになんでこうなったの? もしかして異世界人の男性って、こんな人ばかりなの?」
冬の困惑に、ケオンが肩をすくめる。
「俺を一緒にするな。それに、知らないかもしれないが、その場にいた女性達も『冬お嬢様のあの姿に惚れました。私達は間違った事をしていた。冬お嬢様の様に強く、正しい心を研ぎ澄まさねば』とも言ってたぞ。どうなってんだ」
「それはこっちが聞きたいわよ!!」
ひとしきり騒いだ後、クレアが居住まいを正した。
「とりあえず、それが冬が気絶していた後の話だ。それと冬、お前は何か隠している事があるだろう? あれだけの人数を制圧したのだ。どうやってそれを成した?」
その問いに、冬の顔つきから幼さが消えた。
「‥‥やっぱり、気になりますか?」
重い口を開こうとしたその時、部屋にタロスとリナスが入ってきた。
「捕まってた人物達を全員確認したが、冬と同じ顔の奴はいなかったぞ」
「って何何、この場違いな空気? 私達、まずった?」
「‥‥そうだな。出来ればノックして入ってくるべきだったな」
ケオンが苦笑いするが、冬は首を振った。
「いえ、姉がいない事が分かったので、それはそれで良かったです」
タロスとリナスも腰を下ろし、話を聞く流れになった。
冬は深く息を吐き、自らの過去を語り始める。
「実は、実力を隠していたのです。私は幼い頃から『天才』と言われていました。スポーツも勉強も、一度見てしまえば覚えられますし、即座に真似をすることができるほどでした。だけど‥‥天才が故に、姉の夏は私と比較され、『出来が悪い』『妹はあんなにも出来るのに』と周りから言われ続け……姉は悲しそうにして、ついには一度、自殺しようとしたんです」
部屋に沈黙が流れる。冬は言葉を継いだ。
「その時‥私は夏に言ったの。夏がそんな事をするなら、もう天才だと言う事を隠して生活する。悲しそうな顔をさせたくないから、と。それからは、わざとミスをして、たまたま出来ただけだと思わせてきたわ。夏はそんな事しなくて良いと言ったけど、私は普通の子を演じ続けてきました。けど今回は‥目の前の犠牲を見て、隠すのを辞めたの。この世界で生き抜くために、そして姉と再会を果たすには、この力が必要だと思ったから」
(なるほど‥通りであの数の取り巻き共を制圧できたのか。サザレやレオルドリッチの動きをあの城で見ていたから、それを真似したのだな)
クレアが納得する傍ら、三人はそれぞれの言葉をかけた。
「‥そんな事があったのか。だが、ここは冬がいた世界じゃない。もう隠さなくて正解だろ。元の世界に戻ったなんて話は聞かないし、誰に遠慮することもない」
「天才か‥俺も呼ばれたかったぜ。すげえ能力だな。それに姉思いな所が可愛いぜ」
「タロス‥口説く相手を間違えてる。クレアが睨んでるわよ。冬、私はあなたが思った通りにしたら良いと思うわ」
「‥はい。そうさせて貰います」
タロスとリナスが部屋を後にし、冬はケオンに向き直った。
「ケオン、あの件はちゃんと話してくれるのですか?」
「孵化のさせ方か? 簡単さ。手の痣に魔力を流せばそれでいい」
「それだけ? だけど‥私、魔力なんて持ってないから流せないのだけど?」
「はぁ? だが、ドラゴンに認められ、痣が発現するには魔力が必要なはずだ。魔力がなければ痣は出ない。どういうことだ?」
ケオンの疑問に、クレアが顔を曇らせた。
「‥もしかすると、妾の魔力が冬の体内で生成されており、それを本人の魔力と勘違いして痣が発現したのやもしれん」
「‥なら、えっ? 孵化できないの? え、どうしよう、約束したのに!」
冬は、せっかく手に入れた希望が指の間から零れ落ちるような感覚に、真っ青になるのだった。




