第八章:魔王の逆鱗、断罪の真の姿
冬は取り巻きたちを殺すことはせず、腱を断ち切ることで無力化した。部屋に立っているのは、もはや左目眼帯の男――ボス一人だけとなった。
「糞が!! 使えねえ奴らだな!」
悪態をつく男を、冬は凍てつくような冷たい目で見据えた。
「‥本当に愚かな人。私、実は貴方がもし心を改めてくれるならと信じて、あえて取り巻きの人たちを殺さずに生かしていた。本当に最後のチャンスだったのに‥‥。けど、やっぱりこうも悪に染まっている人はダメなのね。悪いけど、始末するわ」
冬が男に肉薄したその瞬間、男はなりふり構わずその場に土下座した。
「‥待ってくれ!! 許してくれ! 改心するから、頼む。お前が知りたいことは何でも話す、だから殺さないでくれ!」
冬はその懇願を聞き、わずかに手を止めて短剣を収めようとした。だが、それが命取りとなる。
男は豹変し、冬を押し倒して短剣を蹴飛ばした。
「そんなわけねえだろが!! 頼みの短剣はもうない、関節を外されても困るからな!」
男は隠し持っていたナイフを突き立て、冬の両手を床に貫通させて固定した。
「ひぐぅ……!」
冬は苦悶に顔を歪める。
「最低な奴!! こんな卑劣なことしかできないなんて……最低な男!」
「何度でも言えよ。さて、この状況で何をされるか理解しているよな?」
男は冬の抵抗を嘲笑い、その服に手をかけ始めた。
「離して、汚い手で触らないで! 触らないで!!」
冬は絶叫し、必死に抗おうとするが、両手は貫通したナイフで縫い付けられ、馬乗りになった男の重圧で身動きが取れない。
「うるせえ女だな!! 少しは黙ってろ!」
逆上した男は、あろうことか冬の顔面を殴りつけた。冬は血を吐き、意識が遠のき始める。だが男は手を緩めず、非道な言葉を吐き捨てた。
「気絶しても、やれるから関係ないか」
男が再び服を裂こうとしたその時――。
突如として、部屋の空気が物質的な重さを伴う圧へと変わった。とてつもない重圧が空間を支配する。
「冬に何をしたのかな?」
静かだが、底知れぬ怒りに満ちた声と共に、クレアが姿を現した。その後ろにはケオン、タロス、リナスの三人がいたが、彼らはクレアが放つ重圧に耐えきれず、絶望したような表情でその場に座り込んでいた。
ボスの男は、目の前の人物が最上級魔族すら凌駕する存在だと直感し、慌てて冬から飛び退いた。
「いや、あの、これは……取り巻きどもにやられていた所を手厚く介抱しようとしていただけで……」
「嘘だな。その手の血がそれを証明している」
クレアが言い放つと同時、一瞬の交錯で男の片腕がもぎ取られた。男は少し遅れて自分の失われた腕に気づき、噴き出す血を見て絶叫した。
「いぎゃあぁああぁあ!!」
「必要ないでしょう、もうこの手は」
クレアはもぎ取った腕を塵にするように焼き尽くし、一瞬で冬の傍らへ移動した。
「‥タロスとリナスと共に他を制圧していて遅くなった。酷い状態だ……。後のことは妾に任せて、今はゆっくり傷を癒して」
クレアが放つ緑色の靄が冬を包み込み、傷を癒しながら彼女の体をケオンたちの前へと転送した。
「ケオン、タロス、リナス。冬を頼む。妾は冬をこんな目に合わせた愚か者に、絶望を味わわせる。それを冬、そしてお前たちに見せたくない。だから、離れなさい」
三人はようやく体が動くようになり、冬を抱えてその場を後にした。
扉が独りでに閉まり、部屋は外界から遮断された別空間へと変貌した。
コツ、コツ、コツ……。
片腕を失い、恐怖に震える男の前で、クレアは歩みを止めない。一歩ごとに彼女の姿は変貌し、真の姿――伝説の魔王としての威容を露わにしていく。
男は痛みすら忘れ、その神々しくも禍々しい姿に絶望した。
「魔王エリーズ・クレア‥‥なんだよその姿は? それが真の姿かよ‥‥最強と呼ばれる所以はそこか……」
「消えなさい、塵も残さずに」
クレアの言葉一つで、眼帯の男は存在そのものを抹消された。その場には、彼が身につけていた物だけが虚しく転がっている。
クレアは元の姿に戻り、ふらりとよろめいた。
「この姿になるにも‥まだ魔力が足りないな。その姿にはならないと決めていたのに‥冬があんな目にあったから、頭に血が上っていたか。魔力を使いすぎてしまった。二日おきの交渉をしておいて良かったわ」
クレアは静まり返った部屋で、冬が戦った跡を見つめた。
「‥‥それにしても、冬が周りを殺さずに制圧していたとは。サザレとレオルドリッチの言っていた通り、冬は何かを隠しているようだな。一度、本人に聞かねばな」
独り言を漏らすと、彼女は冬たちが待つ場所へと静かに移動を開始した。




