第七章:覚醒する天才、冬の断罪
冬たちは今、作戦通りケオンによって拘束魔法をかけられ、船着き場の支配者が待ち構える部屋の前に立っていた。
ケオンが重々しく扉をノックする。
「ボス、例の女を捕縛してきました」
「入れ」
左目眼帯の男――ボスの低く濁った声が応じた。
中へ足を踏み入れると、部屋には吐き気を催すほどの酒臭さが充満していた。顔を真っ赤にして酔い潰れている者たちの傍ら、奥にあるベッドからは、隠しきれていない喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。
冬は(酒臭いし‥それに‥‥あっちの方で絶対にいやらしい事が‥‥)と嫌悪感を抱きながら、正面に座る男と目を合わせた。
「そいつにドラゴンの卵を収納する痣があるんだな? ケオン」
「はい、ボス」
男の合図で取り巻きたちが冬の腕を荒々しく掴み上げた。
「痛いわよ、そんなに荒々しくしないで」
と冬は顔を歪める。
「確かに痣があります、ボス」
男は満足げに頷いた。
「そうか。ならこっちに連れてこい」
拘束されたまま引き立てられる冬。だがその途中で、ケオンが意を決してボスに詰め寄った。
「ボス、約束は果たしました。人質の解放の件はどうなる? 俺の配下達がそれを聞きたがってる」
男は鼻で笑った。
「あぁ、そんな話しもしてたな。だが、少し遅かったな。男の異世界人は地下の魔物養殖所の餌箱に置いてきた。それと、女の異世界人はアソコのベッドで無理やり犯されてるだろ」
「約束が違う! 連れて来ただろ!」
と叫ぶケオンを、男は冷酷に突き放す。
「契約書にでも守ると書いたか? 書いてねぇだろ。話は以上だ、消えろ。刻印を刻まれたくなければな」
それを聞いた冬の堪忍袋の緒が切れた。拘束されたまま駆け出し、男を押し倒す。
「ふざけるな!! 何で、何でそんな事が出来るのよ。約束したなら、守りなさいよ!」
激昂する冬。だが男は顔を歪ませた。
「おい、お前こそ俺にこんな事をしてただで済むと思うなよ。――今日連れて来た異世界人をここに連れてこい。ケオン、貴様は部屋から連れ出せ」
ケオンが引きずり出され、冬は取り巻きたちによって冷たい床に押し倒された。
奥の部屋から連れて来られたのは、口枷を嵌められ、後ろ手で拘束された幼い子供だった。
「何を、何をする気なの、その幼い子に!」
冬の髪を乱暴に持ち上げ、男が耳元で囁く。
「お前が機嫌を損ねたんだ。今からこの異世界人を、ここで魔物の餌にする」
子供が逃げられぬよう杭に繋がれる。男が指を鳴らした瞬間、天井から巨大な蜘蛛が落下してきた。
「嘘でしょ? そんな事が許されるとでも思ってるの。やめて、やめさせて!」
冬は必死にもがくが、大人数に押さえつけられた体は動かない。
子供は口枷のせいで「ふぅ、ふぅ、ふぐぅ」と恐怖に怯える声を漏らすことしかできない。
そして、冬の目の前で、その子は蜘蛛の餌食となった。クチャクチャという惨たらしい音が部屋に響き渡る。
その絶望の音を聞いた瞬間、冬の中で何かが決壊した。
「夏、もういいよね‥‥私、本気出しても? こんな事をしてる奴らを許せない。だから、もう隠さなくてもいいよね?」
冬の瞳から温度が消えていく。
「夏が‥‥一度みただけで真似が出来てしまい、何をしても上手くやれる天才と呼ばれた私ばかり注目を浴び、それで夏が悲しみ‥‥私はそれが嫌で本気を出すのを辞めて隠してた。けどもう、この世界では隠してなんかいられない」
男は嘲笑った。
「何を言ってる? 何もできないくせにな」
だが次の瞬間、冬は押し倒されたまま、自らの意思で腕の関節を外した。
「なっ!?」
異様な動きに怯んだ取り巻きたちが手を離す。その隙に冬は立ち上がり、関節を嵌め直して男たちを睨みつけた。
襲いかかるナイフを最小限の動きで見切り、急所の股間へ蹴りを入れ瞬殺する。
「‥その程度の動きなんて見え見えなのよ。次はいっぺんに来たら?」
挑発に乗り、一斉に襲いかかる男たち。放たれた魔法を、冬はあの城でレオルドリッチが見せたように短剣で切り裂いた。さらに迫る者たちの攻撃をサザレの動きで躱し、迷いなく腱を切り裂き、動けなくしていく。
「‥なんだお前のその動きは!? 実力を隠してたのか?」
うろたえるボスが、巨大な蜘蛛に命じた。
「やれ!」
蜘蛛が糸を吐き出す。だが、冬は一瞥しただけで言い放つ。
「だから‥見え見えなのよ」
冬はレオルドリッチの戦い方を模倣し、蜘蛛の脚を全て切り落とすと、倒れ込んだ頭部へ短剣を深く突き立てた。
「‥本気にさせたのは貴方達なの。この程度では終わらないでしょう? 私、許さないから。本当なら話し合いとかで解決したかった。けど、あんた達みたいな奴は生きてちゃダメなんだ。だから、ここで始末する。逃げれると思わないで」
冬の冷たい宣告は、恐怖に凍りつく男たちの耳に、死神の囁きのように響いた。




