第ニ章:竜の遺言と、魔王の寿命
「‥わ、わ、私がクレアの代わりにはならないでしょうか?」
震える声でそう告げた冬に、竜は凄まじい威圧感を叩きつけた。
「弱き者がふざけているのか!!」
冬はその圧力に耐えきれず、その場に腰を抜かしてしまう。
「ほら見たことか。この程度の威圧感で腰を抜かすような弱き者よ。そんな者を血肉にしたところで意味がないのだ。さあ、引き渡すと断言せよ」
だが、冬は引かなかった。
「‥渡せない!! 渡せないよ。わ、わ‥私を殺して取ればいいでしょ!」
(この弱き者‥‥なぜそこまで魔王を庇う? 絶望しているはずなのに、なぜ抗うのだ)
竜は心に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。
「弱き者よ、なぜそこまでしてエリーズ・クレアを庇う? 何故そこまで抗う」
冬は恐怖に震えながら、叫ぶように答えた。
「今、クレアを失えば何か、何か取り返しのつかないことが起きる気がするから! それに‥‥彼女は、私の、私の、初めてを奪ったの!!」
極限の恐怖から、口が勝手に「いらないこと」まで喋ってしまった。
「‥始めに言った理由は分からんでもないが、後半の『初めてを奪った』とはどういう事だ?」
竜は、なぜか興味津々な様子で身を乗り出した。
「いや、あの‥その、えっ? えっ!? あの、今のは聞かなかったことにできませんか?」
「出来ぬ。言わなければ、魔王を血肉に変える。話せ」
冬は(何で馬鹿なことを言ったのよ、私の馬鹿!)と心の中で絶叫しながら、顔を真っ赤にして打ち明けた。
「それは‥その、あの、奪われたのは‥‥その、初めての、その、キスなの」
「なんだ、接吻のことか。てっきり、初体――」
「うわぁあぁあ!!! なに、何を言おうとしてるのですか!! 竜がそんな事を言わないで!! イメージが壊れるから!!」
「なるほどな‥。弱き者よ。いや、『初の子』よ」
「‥‥あの、弱き者でいいです。なんかその呼び方恥ずかしいので、弱き者でお願いします」
「うむ。なら弱き者よ‥‥話を聞いてなお主に、私の願いを託そうかと思う。私が生きねばならぬ理由だ」
竜の空気が一変し、真剣なものとなった。冬もまた、居住まいを正す。
「‥聞いてみないことには分かりませんが、話してもらえませんか?」
「私が生きねばならぬ理由。それは――」
竜は背後から、大切そうに一つの白い卵を取り出した。
「‥この子が生まれ、成長を見届けねばならぬのだ。だから、強い者の血肉が必要だった」
(‥凄く大切な理由。もし血肉を得られなければ、それは叶わない‥‥)
冬が言葉を失っていると、竜はその表情を読み取ったように言った。
「その表情、迷っているのか? だが、私は決めたのだ。――弱き者よ、お主にこの卵を育ててもらおうとな」
「はぁっ!?」
冬は素っ頓狂な声を上げた。
「いや、いや、何でそうなるのです!? 無理です、無理です! だって竜の卵ですよね? 私、人間ですよ!?」
「そっちの方がおも‥いや、良いのではないかと思ってな」
「今、面白いって言おうとしてませんでしたか!?」
「何を言う弱気者よ。私がそんな事を言おうはずがなかろう。さて、どうする?」
冬は(普通に考えて無理だよ‥。でも、そうしなきゃ間違いなくクレアが食べられちゃう)と葛藤し、決断を下した。
「‥分かりました。その提案、受け入れます。けど、貴方も私達と一緒に来てもらいますからね。いいですか?」
しかし竜は、無言のまま卵を冬の前に置き、眠っているクレアを掴み上げた。
「待って、話が違う!! 嘘だったの!?」
腰が抜けて立ち上がれない冬は、叫ぶことしかできない。
「‥嘘ではない。魔王エリーズ・クレアは、このままでは確実に死ぬ。だから、私の残された生命を彼女に注ぎ込む」
「どういう事です‥? クレアが死ぬ? 冗談でしょう?」
「‥弱き者よ、何も分かっていないのだな。お前は異世界人か。教えてやろう。魔族は常に魔力の残量に気を配っている。なぜなら、魔族は魔力を使い切れば死亡するからだ」
冬は衝撃を受けた。
「えっ? でもクレアは、魔力を吸い取り続ける封印の中に長い間いたんです。その時に死んでいるはずじゃ‥?」
「‥お前は彼女が何故最強と呼ばれているかを知らぬ。彼女は無限に近い魔力を保有しておる。だが、その魔力も封印で吸い取られ続ければいずれは底をつく。そして、今がその時だ」
竜は冬を真っ直ぐに見つめ、残酷な、しかし温かな真実を告げた。
「異世界人よ。お前を守るために‥‥彼女は魔力を使い果たしたのだ」
と。




