第十三章:解呪の秘匿と、暴かれた力
現場に到着したマルコスは、速やかに生徒たちを散開させ、目撃者全員に記憶操作の魔法を施した。
「またか……これで何度目だ。シルクから話は聞いたが、まさか桜が被害を受けるとは。夏も相当落ち込んでいるようね」
苦々しく呟きながら、マルコスは気絶している生徒たちに回復魔法をかけ、意識の浮上を待った。
一番に目を覚ました眼鏡の女は、呆然と周囲を見渡した。
「ここは……? あれ、マルコス先生、なぜ私はこんなところに? 何かあったのですか?」
「覚えていないのか。自分たちが何をしたのかを」
「えっ……何を、ですか?」
(記憶を消されたか。これだけの人数を同時に操作するとは……。相当な手練れの仕業か、あるいは他の手段か。シルクが言っていた『不可視の首輪』が関係しているのか)
マルコスは女の首元に手を触れた。目には見えないが、そこには確かな異物の感触があった。
「この首輪は誰に付けられたか、覚えているかしら?」
「首輪? 知りませんそんなの。あの……これ、取れるんですよね?」
不安げな女の問いに、マルコスは「……やってみる」と答え、魔力による強引な解除を試みた。
その瞬間――。
「い、ぎゃあああああああッ!!」
女が身悶えし、喉を掻きむしる。マルコスは咄嗟に術を中断した。
(……間違いない。これは異世界人の『刻印』と同じ術式だ。無理に外せば命に関わる)
ふと、マルコスの脳裏に夏の顔が浮かんだ。
(刻印と酷似しているのなら、あの子の力なら外せるのではないか? ……確証はないが、理事長に相談してみよう)
マルコスは女に「必ず外すから今は我慢して」と言い含めると、別の教師に後を任せ、理事長室へと急いだ。
シルクの部屋。夏はベッドの上の桜に、沈痛な面持ちで語りかけていた。
「桜……私ね、あのサークルの噂を今朝ククリスから聞いていたの。その時にすぐ警告しに行けばよかった。……ごめん」
「夏、違うよ」
桜は優しく首を振った。
「私がサークルに興味を持って、話を聞きに行ったのが間違いだったの。警告されていても、きっと私はついて行ったと思う。だから、夏のせいじゃないよ」
「でも……っ!」
「いいの。もう気にしないで。それよりも夏、授業に行って。今からなら最後の授業に間に合うから。……お願い、行って」
桜の強い眼差しに押され、夏は「また後で来るから」と言い残し、部屋を後にした。
足音が遠ざかるのを確認すると、桜は布団に深く潜り込んだ。
「……夏のせいじゃない。私が不注意だったんだ。学校に通えることに、浮かれすぎてたんだ……。だから、夏のせいじゃない……っ」
自責の念に駆られていると、静かに扉が開いた。顔を上げた桜の前に立っていたのは、ククリスだった。
「桜。シルクから全て聞いたわ。私がもっとはっきり話すべきだった。ごめんね」
「ククリスさん……。いえ、もういいんです。それよりも……ククリスさんは、この学園で一番強いんですよね?」
「急にどうしたの?」
「……私を強くしてください! 全ては私に力がなかったからです。捕まる前に、抗える力があれば……。だから、ククリスさんに鍛えてもらいたいんです!」
ククリスは一瞬、目を閉じて沈黙したが、やがて静かに告げた。
「条件があるわ」
「条件?」
「私が鍛えていることを、誰にも話さないと約束できる? 夏にも、茜にもよ」
「……なぜですか?」
「私、こう見えて色々な人から指導を頼まれてるんだけど、全部断り続けてきたの。私が誰かを教え始めたなんて知られたら、面倒なのが押し寄せてくるでしょ? ……沢山の人を相手にするのは面倒なのよ」
「……分かりました。約束します」
「なら、学校が終わったら毎日私の部屋に来なさい」
桜は力強く頷いた。自分の無力さを超えるため、彼女もまた孤独な戦いに身を投じる決意をした。
校内放送で呼び出された夏は、心配して離れようとしない黒魔と紅を伴って、理事長室の扉を叩いた。
「入りなさい」
ママスの声に促されて中に入ると、そこには意外な光景が広がっていた。
シルク、そして服が汚れ、傷だらけになった茜が椅子に座っていたのだ。
(えっ……どういう状況? まさか茜が何かしたの?)
夏は咄嗟に茜に詰め寄った。
「茜! 何をしでかしたの!?」
「えっ!? 主様? 私は何も……」
「けど、その服の汚れと傷は何!? 何か事件でも起こしたんじゃないの?」
茜が言葉に詰まると、隣でシルクが涼しい顔をして口を開いた。
「夏、これは私がやったこと。少し模擬戦をしてね」
「模擬戦? なんでそんなことに……」
困惑する夏を遮るように、ママスが溜息をついた。
「……シルク、だから言ったでしょう。話がややこしくなるから去りなさいと」
「突然の呼び出しを無視するなんてできないでしょう? 茜がね」
「えっ……シルクが『行く』って言ったんでしょう!」
「茜、もう鍛えてあげないわよ?」
「酷い……っ」
二人の掛け合いに、マルコスが割って入った。
「……はぁ、とりあえず二人とも、夏のことが心配だったということだ。その話は終わりにしましょう。理事長、本題を」
ママスが静かに指を鳴らすと、部屋の空気が一変した。
「……今からここで話すことは、他言無用。――夏の、『異世界人専用の刻印』を消し去る能力についてだ」
「理事長!! なんでその話を、今ここで……!」
夏が焦燥に駆られて叫ぶが、もう遅かった。その場にいたシルク、黒魔、紅の三人が絶句し、目を見開く。
「聞き間違いかしら……刻印を消し去る力?」
「待てよ、そんなのあり得ないだろ!」
「それって……教会の人間が血眼になって探していた能力……。こんな場所にいるなんて……」
ママスは揺るぎない視線で続けた。
「ここにいる面々は信頼に値すると判断した。シルクはこの場を離れる気もなさそうだし、黒魔と紅もあなたを案じて離れようとはしなかったからね。……さて夏、本題だ。その刻印を消す力が、あの『不可視の首輪』にも有効かどうかを尋ねたくて、あなたを呼んだのよ」




