第十一章:不穏な胎動と、結集する力
授業の合間の休憩時間。夏は、隣で熱烈な視線を送り続けてくる学園No.2に対し、意を決して声をかけた。
「あの……授業中ずっと見られていると、集中できないのですが」
シルクは悪びれる様子もなく、夏の頭をポンポンと叩いた。
「ごめんごめん。私のことは気にしないで」
「気にしないで、って無理ですよ。それに、頭を叩かないでください」
「わかった、わかった。……あ、そうだった。私、この後マルコス先生に呼ばれてたんだった。お昼には戻ってくるから、食堂で待っててよ」
シルクは嵐のように去っていった。
それを見送る夏の元へ、先ほど言い争っていた「混血の少年」と「自称勇者の少女」が歩み寄ってくる。
「……大丈夫やったか? 凄い気に入られてるな、あんた」
「……あなた何者なの? あの気難しいシルクの側にいられるなんて。もしかして、あなたも勇者?」
(また魔族に話しかけられた……。それに、この女の人は一体何なの?)
夏は複雑な思いを抱えつつも、努めて冷静に答えた。
「大丈夫よ。少し変わった人だとは思ったけど……。あ、お名前を聞いてもいい? 私は藤木夏、夏って呼んで」
「俺は西黒魔。母親が魔族で父親が人間の混血だ。黒魔って呼んでくれ。よろしくな、夏」
「私は、勇者の響野紅と申します。好きに呼んで構わないわ。ところで夏、あなたはどこの教会の勇者ですの?」
「紅……それ、どういう意味? 教会の勇者って?」
夏の問いに、黒魔が「あんまり気にしない方がいい」と苦笑するが、紅は得意げに説明を始めた。
「教会の勇者っていうのはね、幼い頃に教会のお偉いさんに選ばれ、厳しい訓練を乗り越えた者だけがなれるのよ。その証がこれよ!」
紅が手の甲をかざすと、そこには赤く脈打つような不気味な紋章が現れた。
(異世界人専用の刻印と酷似してる……。でも、それじゃないの?)
「それ、大丈夫なの? 痛んだり、能力が制限されたりしない?」
「刻まれた時は酷く痛んだけど、今は問題ないわ。制限なんて聞いたこともないわよ」
紅が証を消した後、夏は心の中で鈴に問いかけた。
(鈴さん、あれは異世界人の刻印ではないのですか?)
『……分からぬ。酷似しているが、教会の勇者などという話、私の生きていた頃には無かった』
その時、目の前で黒魔が手を振った。
「大丈夫か? 聞いてる?」
「やめなさい黒魔!」
紅の叱咤で我に返った夏は、慌てて二人を促した。
「ごめんなさい、考え事をしてて。……さあ、授業が始まるから席に戻って」
「まあ、これも何かの縁だ。近くに座らせてもらうぜ。シルクもいないことだしな」
「私もそうさせてもらうわ」
(一人にはなれそうにないわね……)
夏は溜息をつきつつも、午前中の授業を今度こそ真面目に受けることができた。
昼休み。夏は黒魔と紅を連れて食堂にやってきた。席に着くと同時、茜が血相を変えて駆け寄ってくる。
「主様、お待たせしました!」
「あ、茜。……あれ、桜はどうしたの?」
「桜なら、朝に出会った人にサークルの勧誘をされて、話を聞きに行きましたよ」
その瞬間、夏の脳裏にククリスの言葉――能力を奪われる異世界人の噂――がよぎった。
嫌な予感が全身を駆け巡る。夏は椅子を蹴るように立ち上がり、一目散に駆け出した。
「主様!?」
「ちょっと夏、どこ行くのよ!」
「おい、追いかけなくていいのか?」
呆然とする茜に黒魔たちが声をかける。茜はハッとして、全力で夏を追い始めた。
「……私らも行くわよ」
「ああ、あんなに深刻な顔されたら放っておけねえ」
黒魔と紅もまた、夏の背中を追って走り出した。
夏は当てどなく校内を走り、叫んだ。
「桜! どこにいるの!!」
しかし返事はない。焦りが恐怖に変わろうとしたその時――どこからか、何かが倒れるような鈍い音が響いた。夏は迷わず、その音のした方向へ牙を剥くように向かった。
一方、夏を見失った茜は絶望しかけていた。
「主様! どこですか、主様!」
そこへ黒魔と紅が合流する。
(この人たちは……主様の友達? 今は頼るしかない!)
「一緒に探してくれますか? 私はもう一度、食堂付近を探します!」
「分かった、ならまたここに集合だ」
「混血に従うのは癪だけど、今は協力するわ」
三人は手分けして捜索を開始した。
その頃、用事を終えたシルクが上機嫌で食堂に到着していた。
「さてさて、夏はどこかしら?」
しかし夏の姿はない。代わりに、夏を探して右往左往する生徒たちが目に入る。
「何かあったのかしら? ……って、それより、何か用?」
一人の生徒がシルクに近づいてきた。
「ええとこにおった。人目のない場所で、人攫いみたいなことがあったんや。跡をつけようと思ったけど、一人じゃ危ないと思ってな。シルク、手伝ってくれ」
「嫌よ。私は夏と食事をするんだから、他の人に頼んで」
「そうか……。あんな可愛い転入生の女の子、大丈夫やろか」
その言葉を聞いた瞬間、シルクの手がその生徒の肩を掴んだ。
「転入生の女? ……待ちなさい。そこへ案内できるのね? 気が変わったわ、案内して。それと――」
シルクがパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、遠くで夏を探していたはずの茜が、一瞬にしてシルクの目の前に現れた。
「えっ……? 何が、一体何が……」
混乱する茜に、シルクが冷徹に言い放つ。
「あんた、夏を探してるんでしょ? なら一緒に来なさい。場所、分かったから」
「なっ……」
「聞こえないの? 夏のところに行くよ! 置いていくよ!」
シルクの圧倒的な覇気に押され、茜は必死にその背を追った。




