第十章:蹂躙される尊厳と、暴発する怒り
「さて、行きましょうか」
昼休み。予定通り姿を現した眼鏡の女性と男子生徒に促され、桜は茜と分かれた。
「じゃあ、行ってくるね!」
手を振る桜を見送る茜の胸には、かすかな違和感が芽生えていたが、今は主様に報告することが先決だった。
桜は二人の案内に従い、学園のメインエリアから遠く離れた別棟へと足を踏み入れる。
「あの、ずいぶん離れた場所なんですね。どんなサークルなんですか?」
「それは部長からお話しします。私たちが勝手に口にすることは禁じられていますので」
眼鏡の女性の冷ややかな返答に、桜の背筋に冷たいものが走った。隣の男子生徒は、先ほどからずっと小刻みに震えている。サークル名すら明かさない不自然さ。
(……おかしい。やっぱり、引き返そうかな)
不安が限界に達し、桜はその場に立ち止まった。
「あの、やっぱり遠慮させてもらいます。お話を聞くと言ったんですけど、気が変わりました」
「あら、そうなの?」
女性が足を止め、ゆっくりと振り返る。その瞳に宿ったのは、隠そうともしない「悪意」だった。
「けど、ここまで来て『辞める』なんてことが許されると思う? ……ほら、捕まえなさい」
女性の合図と同時に、物陰から多数の生徒が這い出してきた。叫ぼうとした桜の口が力任せに塞がれ、腕を後ろにねじ上げられる。
(嫌……助けて、夏! 助けて……!)
抵抗虚しく、桜は暗い校舎の奥へと連行されていった。
その様子を、人目のない柱の影から見つめる視線があった。
「なんや? こんな物騒なことしてる生徒がおるんか。……とりあえず、様子を見るか」
謎の人物が呟くと同時に、その姿が空気の中に溶けるように透明になり、連行される一行を追い始めた。
桜が連れてこられたのは、寂れた一室だった。椅子に縛り付けられ、周囲を見渡すと、同じように拘束された生徒たちが何人も並んでいる。
「ようこそ、異世界人サークルへ。あなたたちには、ここへ勧誘されるだけの価値がある」
眼鏡の女性が、厳重な箱の中から「首輪」を取り出した。
「私たちが聞きたいのは『入ります』の一言だけ。……では、一人ずつ始めましょうか」
一人目の生徒の猿ぐつわが外される。
「ふざけるな! こんな横暴が認められるか!」
「……躾が必要なようね」
女性が首輪を装着した瞬間、それは魔法の隠蔽により姿を消した。直後、その生徒は喉を掻きむしり、椅子ごと転げ回って悶絶し始めた。
声にならない悲鳴。ガタガタと震える椅子。その惨状に、桜の脳裏に「奴隷」としての記憶がフラッシュバックする。
(こ、刻印……!? いや、あんな思い、もう二度と嫌……!)
恐怖に支配された他の生徒たちが次々と「入ります」と涙ながらに屈服していく。だが、女性は容赦しなかった。従った者にも首輪をはめ、気絶するまで苦痛を与えて「躾」を完了させていく。
ついに桜の番が来た。猿ぐつわが外され、女性が歪んだ笑みを向ける。
「ふふふ。あなたは直前で逃げようとしたわね。余計な手間をかけさせてくれたわ……一際入念な『躾』が必要かしら?」
桜がガタガタと震え上がると、女性はその反応を逃さなかった。
「その過剰な反応……もしや、あんた『異世界人専用の刻印』を刻まれているわね? ――この女の服を引き裂きなさい。体の隅々まで確認するわよ」
「やめて!!」
桜の絶叫が部屋に響き渡る。無慈悲な手が彼女の服にかけられた、その時――。
「何をしてるのよッ!!!」
轟音と共に扉が蹴り破られ、怒りに燃える夏が飛び込んできた。
だが、眼鏡の女性は動じない。
「編入生か。見ての通りよ。……動かないことね、さもなくば、この者たちがどうなるか」
女性が指を鳴らすと、首輪をはめられた生徒たちが一斉に激痛に襲われ始めた。
(異世界人専用の刻印……? そんなはずは)
一瞬の困惑。その隙に、背後から迫った複数の生徒により、夏は床に押し伏せられた。
「さて、続きをしましょう。早くその女の服を引き裂いて、刻印を暴きなさい」
「ふざけないで! そんなのあるわけないじゃない!」
夏は叫ぶ。刻印を消した事実は伏せたまま、必死に抵抗する。
「しらばっくれても無駄よ。この子の『躾』という言葉への怯え方は、刻印持ち特有のものだわ」
桜の服は無残にも引き裂かれ、肌が露出した。だが、女性がいくら探しても、そこにあるはずの「呪いの証」は見当たらない。
「……おかしい。ないわね」
ボロボロになり、涙を流す桜の姿。夏の中で、何かが音を立てて切れた。
(また桜を泣かせた……。私が守るって言ったのに。……鈴、あれを使うわ)
『ダメだ! 夏、踏みとどまれ!』
鈴の制止を無視し、夏が禁忌の力を解放しようとした、その瞬間。
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
肺が潰れるほどの圧倒的な重圧。コツ、コツ、と静かな足音が廊下から響く。
「……何をしてるのかな?」
低く、底の知れない声が部屋に響き渡った。
「夏の姿が見えなくて、この子が慌ててたから探しに来たんだけど……この状況、どういうことか説明してくれる?」
そこに立っていたのは、怒りすら超えた「無」の表情を浮かべる、あの人物だった。




